WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

悲しき若者たちのバラード

2006年11月19日 | 今日の一枚(K-L)

●今日の一枚 87●

Keith Jarrett     Tribute

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 今日の2枚目。またもキース・ジャレットだ。1989年のケルンでの2枚組ライブ盤で、キースが10人のジャズ・ジャイアンツに曲を捧げるという趣向だ。

 80年代に入ってからのキースは、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとスタンダーズ・トリオを結成し、スタンダード曲の斬新な解釈による演奏を繰り広げるようになった。このアルバムもそのひとつ。どの曲も緊密なインタープレイによって密度の濃い演奏である。しかし、私がこのアルバムを極私的名盤に数える理由はただ1つ、Disk-2-④ Ballad of The Sad Young Men の存在によってである。すばらしい。何といえばよいのだろう。かつて、こんな素敵な曲がこんな美しいタッチで奏でられたことがあっただろうか。壊れ易いガラス細工を優しく扱うかのように、キースは繊細なタッチで注意深く弾きはじめる。音と音の間の絶妙な空白。途中からキースに寄り添うように入ってくるゲイリーの温かい音色のベース。ジャックはともに歌うかのように静かなブラッシュ・ワークを展開しつつ、時折絶妙のシンバル・ワークでアクセントをつける。次第に3人の演奏はインタープレイとなっていっていくが、決して美しさを損なうことはない。そして、最後のテーマでキースは、再びリリカルなタッチでピアノを奏でる。

 私の知っているバラードプレイの中で、どんなことがあろうと間違いなく、10本の指に数えられる演奏だ。たまたま手元にある『ジャズ・バラード・ブック』(別冊Swing journal)に、「このかすかな悲哀にぬれたメロディーの美しさこそ真のバラードというものだ。ピーコックのベース・ソロも素晴らしいの一語。キースのバラードのうちで最高のプレイだと思う。」とあった。その通り。付け加えるべき言葉はない。

 熱い夏の午後だった。古いアパートの一室で、私は買ってきたばかりの『トリビュート』の封を切り、再生装置にのせた。Ballad of The Sad Young Men がはじまった時、あけていた窓から風が入ってきた。本当に気持ちの良い、涼しい風だった。いまでも、この曲を聴くと、その風の涼しさを想いだす。特にドラマチックな背景があるわけでもないのに、その風の涼しさだけを想いだすのは一体どうしてなのだろう。


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