1978年リリースのアルバム『海が泣いている』収録の佳曲「茉莉の結婚」である。1978年の太田裕美は、『背中合わせのランデブー』『エレガンス』『海が泣いている』と3枚のアルバムを発表しており、精力的に音楽活動をしていたことがわかる。音楽的にも質が向上し、アイドルから脱皮しつつあった。TVへの露出も、バラエティーなどが減り、音楽番組に出演することが多くなったように記憶している。したがって、この「茉莉の結婚」も、ユニークな佳曲ながら、初期の太田裕美ファンには意外となじみがないかもしれない。
* * * *
最初のスピーチは小夜子
ちょっぴり翳のある小夜子
あのころ名うてのおしゃれ狂いで
グッチのバッグを粋に抱いていた
男は毎日変えるのよって
めまいがするほど美しかった
それなのに小夜子 笑わなくなったね
逢えない二年に何があったの
オルガンに導かれ 花嫁がやってくる
おめでとう 茉莉
うらやむほど 今夜綺麗ね
二番目のスピーチは繭子
めがねがよく似合う繭子
哀しいくらいに秀才だった
原書を斜めに読み飛ばしていた
雑誌のページを切り抜くように
女の生き方リブの走りね
変わらずね 繭子 今でも独身?
心の裏では 淋しいはずよ
ケーキへとナイフ入れ 花嫁がほほえむの
おめでとう 茉莉
うらやむほど すてきな彼ね
最後のスピーチは私
ちょっぴり皮肉言う私
「どちらが最初に結婚するか
競争しようって指切りしたのに
人は流されて光と影に・・・
私は今でも失恋上手」
仲良しの四人 あのころの友情
こんなに遠くに離れるなんて
拍手へと囲まれて 花嫁が花を抱く
おめでとう 茉莉
羨むほどしあわせそうね
* * * *
詞の構成が凄い。独創的なアイディアである。こういうことを思いつく松本隆は、やはり只者ではないというべきだろう。
茉莉の結婚式に「仲良しの四人」が2年ぶりに集まり、結婚した茉莉に対して「おめでとう茉莉」と祝福の言葉を送る一方、それぞれのスピーチを契機に、語り手が他の2人と自身について、学生時代の人となりと2年を経た現在の様子を語たり、「こんなに遠くに離れるなんて」と軽いノスタルジーが表出される。時の流れの前で、どうすることもできずにただ佇む、その感慨と、失ってしまったものへの愛惜の念がこの詞の本質である。
「哀しいくらいに秀才だった」繭子について、「変わらずね 繭子 今でも独身? 心の裏では 淋しいはずよ」と一方的にいってしまうところが、ステレオタイプでやや鼻につくが、1970年代にはそのようにいってしまう一般的土壌があったのだろう。あるいは、「ちょっぴり皮肉言う私」だからこんなことをいってしまったのだろうか。まあいい。
花嫁の女友達が入れ替わりいピーチする光景は、しばしば結婚式で見かけるが、その心の動きは男性には想像しがたいものであり、その意味では、太田裕美が男の子相手のアイドルから脱皮し、大人になった女性として、女性たちの共感をも喚起するような作品をつくり始めたということもできよう。
wikipediaの年譜などをみると、この1978年が、音楽的にも、また芸能界におけるその存在形態としても、太田裕美にとって大きな転換期になったように思えてならない。
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