高梨沙羅、やっと届いた日本女子初の銅「涙止まらない」
昨日12日夜遅くジャンプ女子ノーマルヒルの決勝戦が行われ高梨沙羅選手が銅メダルを獲得しました。
オメデトウございます!!
銅メダルと言いながらこの種目は女子では五輪史上初となる快挙でした。
長い事ソチ五輪の「リベンジ」をマスコミから義務付けられその後のWカップでは連続優勝の実績を上げながらこのシーズンは全く不調で勝ちに恵まれない時間が続いていました。
TVのCMで「キュウリのQちゃん」とか「小さい頃7-11で育ちました」なんて映像を見るとそんな事してる場合じゃないだろう?! と思わず思ってしまった愚かな浜爺でした。
沙羅ちゃんの意志でCMが流れるわけでなくスポンサーの暖かい?応援のあらわれなのでしょう!?
それはとも角2本飛んで彼女は2本とも満足と語っていました。
又上位2人とは明らかに得点差がありましたから表彰台に立てて何よりでした。
表彰台から引き上げる映像を見ると上位2名とは大人と子供ほどの体格差があり本当に厳しい戦いである事が良く分かります。
これでソチ五輪の呪縛が解け新たな沙羅さんが出て来るのもよし、例えば指導者の道を選んで行くのも良し若いのですからいろんな道を考えて活躍して欲しいと思います。
写真:満面の笑みの高梨沙羅選手
スポーツ報知:
平昌五輪第4日 ▽ジャンプ女子ノーマルヒル(12日、アルペンシア・ジャンプセンター)
女子個人ノーマルヒル決勝(HS109メートル、K点98メートル)が行われ、昨季W杯個人総合女王の高梨沙羅(21)=クラレ=が103・5メートルを2本そろえて合計243・8点で、この種目では日本勢初となる銅メダルに輝いた。ジャンプ女子が初採用された14年ソチ五輪で4位に終わった悔しさを晴らした。伊藤有希(23)=土屋ホーム=は9位、岩渕香里(24)=北野建設=は12位、勢藤優花(20)=北海道ハイテクAC=は17位。マーレン・ルンビ(23)=ノルウェー=が264・6点で金メダルに輝いた。
もう重荷は背負わなくていい。2回目を終えた沙羅は、無意識に胸の前で両手を合わせた。ホッとしていた。「いいジャンプができたと、瞬間的に分かった。自分を信じて、無心で飛べた」。ルンビとアルトハウスに次ぐ銅。願った色ではなかったが、日本勢女子初のメダル。「これでソチの悔しさをはね返せた」。観客席はたくさんの日の丸、そして「沙羅ちゃ〜ん」の声。まるで日本のようだ。支えてもらうありがたみを感じ、涙腺は崩壊した。記憶に残る、うれし涙だ。
昨春のハワイ合宿。TBS記者の兄・寛大(かんた)さん(25)の取材に「(平昌の)金メダル」を宣言した。「カメラや記者の前で金といったのは、そこが初めて。どんなに格好つけても取りたいんだから、金って言っても良いんじゃない?とは話していた」と寛大さんは明かす。今季W杯10戦未勝利。勝てなくても、2月12日をピークにすると定め、気持ちはぶれなかった。
絶対的な優勝候補として臨んだソチはまさかの4位。表彰台を逃したジャンプを夢で見て、夜中にガバッと起きた。自分は大一番に弱いのか―。4歳から中学2年まで北海道・上川町のバレエ教室で指導した板谷敏枝さん(50)は「むしろ大舞台で緊張をしない方。小学生の時の発表会では、大人の男性と組んで演じる重要なキュービッド役を、たった2〜3回の練習だけでこなしたこともあります」と証言する。W杯男女歴代最多53勝。力は示した。それでも、何かまだ足りない。
沙羅の答えはこうだった。「自分と話し合う時間が、ソチの頃は足りなかった」。昨春から、1センチほどの厚さのメモ帳を持ち歩くようになった。良かった点、悪かった点、指導された内容を書き留め、行き詰まった時に見返す。メモは1月末で3冊。牧野講平トレーナー(38)は「書き出すことで整理して課題を見つけやすい。メンタル的にも落ち着くのでは」と推し量る。平昌入りした沙羅に、山田いずみコーチは「ソチの時より、今の顔が好きだよ」と言った。見た目からして、成長は明らかだった。乗るべくして表彰台に乗った。
キャリアの先には、22年北京五輪、そして26年五輪は札幌開催の可能性がある。究極の目標は、男子と同じゲートから飛んで勝つこと。牧野トレーナーは「(実現すれば)力じゃない、と示すことになる。ジャンプの常識が覆るかな」と楽しげだ。「まだ自分は金メダルの器じゃないと分かった。新たな目標ができたので、北京で今度こそ金メダルをとりたい」。沙羅のとびきりの笑顔が、吹雪の夜空に輝いていた。(細野 友司)
(引用終わり)
昨日12日夜遅くジャンプ女子ノーマルヒルの決勝戦が行われ高梨沙羅選手が銅メダルを獲得しました。
オメデトウございます!!
銅メダルと言いながらこの種目は女子では五輪史上初となる快挙でした。
長い事ソチ五輪の「リベンジ」をマスコミから義務付けられその後のWカップでは連続優勝の実績を上げながらこのシーズンは全く不調で勝ちに恵まれない時間が続いていました。
TVのCMで「キュウリのQちゃん」とか「小さい頃7-11で育ちました」なんて映像を見るとそんな事してる場合じゃないだろう?! と思わず思ってしまった愚かな浜爺でした。
沙羅ちゃんの意志でCMが流れるわけでなくスポンサーの暖かい?応援のあらわれなのでしょう!?
それはとも角2本飛んで彼女は2本とも満足と語っていました。
又上位2人とは明らかに得点差がありましたから表彰台に立てて何よりでした。
表彰台から引き上げる映像を見ると上位2名とは大人と子供ほどの体格差があり本当に厳しい戦いである事が良く分かります。
これでソチ五輪の呪縛が解け新たな沙羅さんが出て来るのもよし、例えば指導者の道を選んで行くのも良し若いのですからいろんな道を考えて活躍して欲しいと思います。
写真:満面の笑みの高梨沙羅選手
スポーツ報知:
平昌五輪第4日 ▽ジャンプ女子ノーマルヒル(12日、アルペンシア・ジャンプセンター)
女子個人ノーマルヒル決勝(HS109メートル、K点98メートル)が行われ、昨季W杯個人総合女王の高梨沙羅(21)=クラレ=が103・5メートルを2本そろえて合計243・8点で、この種目では日本勢初となる銅メダルに輝いた。ジャンプ女子が初採用された14年ソチ五輪で4位に終わった悔しさを晴らした。伊藤有希(23)=土屋ホーム=は9位、岩渕香里(24)=北野建設=は12位、勢藤優花(20)=北海道ハイテクAC=は17位。マーレン・ルンビ(23)=ノルウェー=が264・6点で金メダルに輝いた。
もう重荷は背負わなくていい。2回目を終えた沙羅は、無意識に胸の前で両手を合わせた。ホッとしていた。「いいジャンプができたと、瞬間的に分かった。自分を信じて、無心で飛べた」。ルンビとアルトハウスに次ぐ銅。願った色ではなかったが、日本勢女子初のメダル。「これでソチの悔しさをはね返せた」。観客席はたくさんの日の丸、そして「沙羅ちゃ〜ん」の声。まるで日本のようだ。支えてもらうありがたみを感じ、涙腺は崩壊した。記憶に残る、うれし涙だ。
昨春のハワイ合宿。TBS記者の兄・寛大(かんた)さん(25)の取材に「(平昌の)金メダル」を宣言した。「カメラや記者の前で金といったのは、そこが初めて。どんなに格好つけても取りたいんだから、金って言っても良いんじゃない?とは話していた」と寛大さんは明かす。今季W杯10戦未勝利。勝てなくても、2月12日をピークにすると定め、気持ちはぶれなかった。
絶対的な優勝候補として臨んだソチはまさかの4位。表彰台を逃したジャンプを夢で見て、夜中にガバッと起きた。自分は大一番に弱いのか―。4歳から中学2年まで北海道・上川町のバレエ教室で指導した板谷敏枝さん(50)は「むしろ大舞台で緊張をしない方。小学生の時の発表会では、大人の男性と組んで演じる重要なキュービッド役を、たった2〜3回の練習だけでこなしたこともあります」と証言する。W杯男女歴代最多53勝。力は示した。それでも、何かまだ足りない。
沙羅の答えはこうだった。「自分と話し合う時間が、ソチの頃は足りなかった」。昨春から、1センチほどの厚さのメモ帳を持ち歩くようになった。良かった点、悪かった点、指導された内容を書き留め、行き詰まった時に見返す。メモは1月末で3冊。牧野講平トレーナー(38)は「書き出すことで整理して課題を見つけやすい。メンタル的にも落ち着くのでは」と推し量る。平昌入りした沙羅に、山田いずみコーチは「ソチの時より、今の顔が好きだよ」と言った。見た目からして、成長は明らかだった。乗るべくして表彰台に乗った。
キャリアの先には、22年北京五輪、そして26年五輪は札幌開催の可能性がある。究極の目標は、男子と同じゲートから飛んで勝つこと。牧野トレーナーは「(実現すれば)力じゃない、と示すことになる。ジャンプの常識が覆るかな」と楽しげだ。「まだ自分は金メダルの器じゃないと分かった。新たな目標ができたので、北京で今度こそ金メダルをとりたい」。沙羅のとびきりの笑顔が、吹雪の夜空に輝いていた。(細野 友司)
(引用終わり)