学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

伊東深水の怪談話

2021-08-07 11:40:03 | 読書感想
伊東深水、といえば、大正から昭和にかけての美人画の名手。今日にいたるまで「江戸浮世絵の伝統をうけついだ最後の人」との評価がなされ、私の場合には版画作品のイメージが強い作家です。特に《対鏡》の感情の動きを想像させる女性の表情や『現代美人集』《初浴衣》の女性の色気、さらに《羽子板》の構図の面白さなどが思い起こされます。

昨夜は、その伊東深水が若い頃に体験した怪談話を読みました。深水が学生時代の夏休み、先輩や仲間たちとある避暑地へやってきて、妙な家を借りることになります。それは、手前から三畳、四畳半、六畳、そして八畳と奥に行くに従って広くなっていくという建物。広い八畳の部屋は先輩が独占することになり、深水たちはその手前の部屋に分かれて過ごすことになるのですが、数日後に先輩がその部屋を譲ると言ってくる。そして、その代わりに入った人も。実は夜中になると、その八畳の間でおかしな現象が起こることがわかり…。

話自体は短いのですが、さすがに怪談話とあって、背筋がぞっとしますし、最後にその部屋で幽霊が出る原因も記されていて、ますます怖くなります。

「八畳に近い六畳にさえも居るのをいやがって、四畳半と三畳へ皆が固まって暑い思いをしていた。」

彼らにとって、よほど怖い体験であったことがわかります。そして、それを読んでいる私も怖くなり、さすが怪談話。大変涼しい夜となりました…。

※この話は『文豪たちの怪談ライブ』(東雅夫編著、ちくま文庫、2019年)に収められています。

ウィルキー・コリンズ『恐怖のベッド』

2021-08-06 21:00:53 | 読書感想
毎日、暑い日が続いています。夏を涼しく過ごすには、扇風機やクーラーを使うか、怖い話を聞いて背筋を寒くするのが良いというもの。そこで、昨夜はミステリー小説の名手、ウィルキー・コリンズの『恐怖のベッド』(中島賢二訳、岩波文庫)を読みました。

大学を卒業して、パリに滞在していた「私」は、友人と共に、刺激を求めて、いかがわしい賭博場へ入り込みます。ふだんはギャンブルに興味のない「私」でしたが、そこで連戦戦勝を重ねることで有頂天。話がうまくいきすぎる、と警告した友人を追い出すと、何も目に入らなくなってしまいます。賭博場がお開きになったころには、たくさんの金貨を手にすることができました。ところが、祝いのシャンパンと酔い覚ましのコーヒーを飲んだところ、体の調子がおかしくなり、部屋に案内されるものの…。

「君はこれまでの勝ちでよしとしてここは引き上げた方が無難だぞ。」

私も子どもの付き合いでゲームセンターに行き、見境なくのめり込むと、ときどき妻から同じことを言われます(笑)

上手い話には裏がある、ということですね。最後に事件自体は無事に解決して、一安心となりますが、どこまで犯人のシナリオ通りだったのか、そして何人の犠牲者がいたのかは、結論めいたところがぼかされていて、背筋がすぅーと寒くなります。幽霊こそ出てきませんが、夏には最適な一冊です。

『英国生活誌』を読む

2021-08-04 22:10:24 | 読書感想
私が子どもの時分、晩御飯を作り終えた母と一緒に見ていたのが、NHKで放送されていた『シャーロック・ホームズの冒険』でした。そのなかで、ホームズ演じる主演のジェレミー・ブレットが、子供ながらにとてもかっこよく見えたものです。彼の知性のある表情と、ユーモアとアイロニーの混じる言葉に加え、舞台俳優らしいメリハリのある動作が素敵で、私の憧れの大人の姿でした。

このドラマがきっかけで、私はこの名探偵を生んだイギリスという国、とくにその生活様式に興味がわき、書店でそうした本を見かけると、ついつい買い求めるのです。先日は、出口保夫さんの『英国生活誌Ⅰ』(中公文庫、1994年)を読みました。著者は1963年に大英博物館の研究員としてイギリスに留学し、それから日本とイギリスの間を何度も往復する生活を続けたそう。

この本が面白いのは、イギリスでの生活を通して、その背後にある社会にまで目を向けている点にあります。例えば、十人十色の国民性の項目では、作家プリーストリーの言葉を引用したり、他国と何が違うのかを歴史から考えたり、最後に毎日図書館に現れる謎の老婦人の振る舞い(彼女はエジプトの研究者であった)について紹介しています。イギリスで暮らす人々が立体的に見えてくるのですね。

現在、ちょうど東京オリンピックが開催されていることもあり、最後にイギリスのプロとアマチュアの位置づけからの引用を紹介します。

「オリンピックのような世界大会に参加する選手も、イギリスのような国では、あくまでもアマチュアの精神にもとづいて、好きで余暇にスポーツを楽しんでいるような人びとが選ばれて出てくるのである。オリンピックなんて弱くったってよい。金銭を目指さないアマチュアの精神は、プロよりもはるかに高貴なのであるから。」

『ほしとんで』

2021-06-30 22:24:18 | 読書感想
梅雨に入り、紫陽花が美しい花を咲かせています。言葉と自然の関係を考えると、頭に浮かぶのが俳句。かつて私は俳句に夢中になったことがあり、でたらめな句を詠んでは新聞や雑誌に投稿していました。俳句は限られた文字数のなかで、イメージをいかに膨らますことができるかがポイントです。私の場合は状況説明になりがちで、そこから離れるのが難しかった覚えがあります。さて、このごろ『ほしとんで』という漫画を読んでいます。これは大学の俳句ゼミの話で、俳句に縁のなかった学生たちが、先生の指導や経験を重ね、少しずつ理解していくストーリー。私は特に鎌倉へ「吟行」に行くところが好きで、みんなで同じ体験をしても、それぞれ琴線にふれるところが違い、それが俳句の表現となって出てくるところに面白さを感じます。今は色々なテーマの漫画があるものですね。コロナ禍のなか、サブカルチャーに心の拠り所のひとつを求めているこの頃の私です。

『名画を見る眼』

2021-04-29 22:27:58 | 読書感想
このところ、またバタバタと仕事が忙しく、家に帰ってくると、ただ晩御飯をかきこんで寝るだけの毎日が続いています。そんな毎日のなかで、楽しみのひとつが、お風呂にゆっくり浸かることと、高階秀爾先生が書かれた『名画を見る眼』を読むこと。以前、コラボを試みて、お風呂に浸かりながら『名画を見る眼』を読んでいたけれど、本を読むのに夢中になって、体がのぼせるからやめておいた(笑)。

『名画を見る眼』は、西洋美術を代表する作家数名と各1作品にスポットを当てた本です。その作家のその絵のどこがスゴイのか、を謎解きをするように話が進んでいきます。初めてこの本を読んだとき、1つの絵からこんなに世界が広がるんだと驚き、心がときめいたことを覚えています。丸谷才一が、小説の行間と行間の間には社会が書かれていなければならない、というようなことを書いていたと記憶していますが、絵を読み解くのも同じことで、ただ1つの絵があるのではなく、その絵にどんな社会が描かれているのか、あるいはその絵が生まれたときにはどんな社会があったのかを文章で記すことも大切な要素と私は考えています。

学芸員の私にとって『名画を見る眼』は、今でも作品を読み解くためのテキストです。と同時に、夜、仕事に疲れた体と頭を抱えながらでも、気楽に絵と向き合うことのできる本でもあります。今夜もまた本を開いて楽しみたいですね!

TOKYO STYLE

2021-03-19 18:41:30 | 読書感想
都築響一さんの『TOKYO STYLE』(ちくま文庫)を読んで(見て)いると、もっと人生を楽しんでいいんだよ、と言われている気がします。この本は1991年、92年頃の東京の古いアパートの部屋をひたすら写真に収めたもの。住む人が変われば部屋の中も変わる。と思いきや、みんなの部屋はとにかくモノにあふれています。洋服、本、ビデオ、カセットテープ、レコード、そして各人のお気に入りのものなど。それらが人によっては足の踏み場もないほどあるわけです。

面白いことに、部屋の写真をじっくり眺めていると、それぞれにストーリーがあることに気づきます。この部屋の住人はこんな顔をしていて、普段こんな生活をしているのかな、とか、この部屋でいつもどんな会話が交わされているんだろうか、などと、どんどん想像が膨らむのです。

これらの写真が撮られてから、30年後の未来に生きる私たちは「断捨離」という言葉があるように、とにかくモノを減らすことがよい考えがちな世の中に生きています。それに比べれば、90年代はなんて人間味あふれる部屋なのだろうか。自分の好きなものにたくさん囲まれて暮らすということは、とても幸せなことだったのかもしれないと、ふと思うのです。

それに比べて私の部屋は…と考えてみたところ、我が家にはそもそも私の部屋がなかった(笑)それはいいとして、自分の趣味というものを部屋のなかに上手に取り入れて、自分の好きなものに囲まれて暮らす生活に、人生の楽しみのひとつがあるような気がしました。

スローライフでいこう

2021-03-02 20:11:32 | 読書感想
先日、古本屋をのぞいたら『スローライフで行こう』(エクナット・イーシュワラン著、早川書房)という本を見かけ、面白そうだったので、買って読んでみました。

スローライフ、つまり、ゆっくり生きよう、というテーマの本は、書店に行くとたくさん見かけますね。それだけ、生活が忙しくなりすぎている、と自覚している人が多い社会になっているのでしょう。この本は奥付に2001年発行とありますから、今から20年前において、すでに私たちの生活はスローライフを欲していたようです(私の感覚としては2001年なんて、まだ緩やかな時代だった印象があるのですが)。

著者のエクナット・イーシュワランは、インド出身で、大学の先生。彼はスローライフのための8つのポイントを説明してくれます。

1.スローダウン
2.一点集中
3.感覚器官の制御
4.人を優先させる
5.精神的な仲間をつくる
6.啓発的な本を読む
7.マントラ
8.瞑想

このポイントは、著者が自分の経験から挙げた項目です。ですから、科学的な根拠があるというわけではありません。しかし、少なくとも、私にはとても素晴らしい本でした。参考までに、いくつかの彼のアドバイスを要約して載せてみます。

・過去や未来ではなく今に目をむけること。もし、意識が別な方向へ行ったら、マントラを唱えること。
・自分が読んだもの、見たもの、聞いたものが心の中に入り、自分を形作ることを忘れてはいけない。
・毎朝または毎夜、30分(以内)で瞑想する時間や啓発的な本を読む時間をつくりなさい。

著者は、これらに取り組むことで、心を平穏に保つことの大切さを説きます(そして、スローライフとは怠惰になることではないとも)。早速、私も実践し始めましたが、一点集中と瞑想はとても良く、精神的に安定します。良い本と巡り合うことができたことに感謝したい今日のこの頃です。

追悼のための読書

2021-01-23 21:28:22 | 読書感想
今日はみぞれが降る1日でした。このところ、雨がまったく降らなかったので、これで少しは空気が潤うでしょうか。

今月、半藤一利さんが90歳で亡くなりました。お名前は存じ上げていたのですが、これまでその著作は読んだことがなく、故人の追悼の意味も込めて、初めて読んでみることにしました。以前、上司から『ノモンハンの夏』がおすすめと聞いていたのですが、近くの書店にそれがなく、『そして、メディアは日本を戦争に導いた』(文春文庫)を代わりに買ってきました。保阪正康さんとの対談集ですが、かえって、著者の言葉が伝わりやすいかな、と選んだ次第です。内容は、太平洋戦争前後の政府とメディアの動き、そしてそれが現在とどう関わってくるのかについて述べられています。『昭和史』の5つの教訓の話や、メディアはどうしても商業を優先させてしまうこと、そして「歴史から学べ」と何度も繰り返しおっしゃられているのが印象的でした。続けて『ノモンハンの夏』もぜひ読んでみたいです。

今日、明日と寒い日が続きそうです。みなさんも、風邪などひかれませんよう、体に気を付けてお過ごしください。

攻めたい健康法

2021-01-07 22:19:14 | 読書感想
今日は晴れていましたが、少し風が強かったでしょうか。風が強いといつもよりも寒く感じますね。

80歳でエベレストに登頂した三浦雄一郎さんの『攻める健康法』(双葉新書)を読んでいます。私もそれなりの年齢になってきて、ウォーキングはしているものの、日常で体力不足を感じることが多くなりました。たしか一昨年、体力テストを受けたところ、なんと60代後半の体力と言われる始末。子供のころは、小学校まで往復6キロを毎日通い、それなりに持久力があったのですが、今ではすっかり昔の話になりました。

さて、60代の三浦さんは暴食暴飲の生活を送っていましたが、これではいけないと、エベレストに登頂するという目標を立て、「攻める健康法」に乗り出します。リュックや足に重しを付けて歩いたり、食事に気を使ったり。持病に対しては医師の言うことに半分従いつつ、あとはオリジナルで自分の体を作っていきました。本には直接書かれてはいませんでしたが、食事に関しては、その食材の知識も相当勉強されているようです。三浦さんはまずは目標を立てること、そして、その目標に向かってどうしたらいいのかを考えることが大切なのだと説きます。

本を読むだけでも、力の出るようなパワーを持った本です。私も本格的に運動をしてみたくなりました。調べてみると、世の中には「日本百名山」なるものがあるそう。三浦さんのようにエベレストまではいきませんが、そのうちの1つの登頂を目標にして、頑張ってみようかな!


複製画のちから

2021-01-06 22:13:12 | 読書感想
今日はときどき小雪が舞う寒い1日となりました。白い息を吐きながらの通勤です。

さて、先日から読んでいる小林秀雄の『ゴッホの手紙』で気になる箇所がひとつ。それは「絵は複製で見る。誰も彼もが、そうして来たのだ、少くとも、凡そ近代芸術に関する僕等の最初の開眼は、そういう経験に頼ってなされたのである」というところ。文学や美術に精通している小林こそ、複製よりも本物を見ろと言いそうな気がするのですが、調べてみたら、この本が書かれたのは昭和20年代。今でこそ、日本各地に美術館があって、西洋美術を見やすい環境にありますが、この時代はそうではありませんでした。西洋美術は本物よりも、その複製や印刷で学ぶことが多かったのでしょう。考えてみれば、いち早く西洋美術を図版で取り上げた『白樺』の影響力は大きかったし、のちに大川美術館を作ることになる大川栄二氏も画家が描いた週刊誌の表紙を集めることがコレクターのきっかけとなったというし、この小林もゴッホの複製画を見て『ゴッホの手紙』を書くきっかけになったとを考えると、私が思う以上に複製画のちからは大きいのかもしれません。先の言葉は、当時の西洋美術に対する認識のひとつを示唆していて興味深いものでした。

さて、これから週末にかけて寒い日が続くよう。皆さまもどうぞ暖かくして、体調をくずさないよう、気を付けてお過ごしください。