梅雨に入り、紫陽花が美しい花を咲かせています。言葉と自然の関係を考えると、頭に浮かぶのが俳句。かつて私は俳句に夢中になったことがあり、でたらめな句を詠んでは新聞や雑誌に投稿していました。俳句は限られた文字数のなかで、イメージをいかに膨らますことができるかがポイントです。私の場合は状況説明になりがちで、そこから離れるのが難しかった覚えがあります。さて、このごろ『ほしとんで』という漫画を読んでいます。これは大学の俳句ゼミの話で、俳句に縁のなかった学生たちが、先生の指導や経験を重ね、少しずつ理解していくストーリー。私は特に鎌倉へ「吟行」に行くところが好きで、みんなで同じ体験をしても、それぞれ琴線にふれるところが違い、それが俳句の表現となって出てくるところに面白さを感じます。今は色々なテーマの漫画があるものですね。コロナ禍のなか、サブカルチャーに心の拠り所のひとつを求めているこの頃の私です。
私は割と歯ごたえのある食べものが好きなので、休日のおやつにはカルビーの堅あげポテトをよく食べます。先日、お店に行ったところ、そのパッケージが葛飾北斎仕様になっていたので驚き。富嶽三十六景から三図が選んであって、ポテトと北斎の関係性はよくわからないけれど、確かに手に取って見たくなるパッケージに仕上がっています。そういえば、今から15年くらい前、伊藤園だったか、缶コーヒーのパッケージをアルフォンス・ミュシャにしたときがありました。あまりに素敵すぎて、全缶そろえ、部屋のなかに飾っていた覚えがあります。そして遊びに来た友人から、飲み終えた缶コーヒーをどうして家の中に飾っておくのか理解できないと言われたことも(笑)食べものに限らず、例えば本の装幀にしたって、良いデザインのものは手に取りたくなりますよね。パッケージを変えると、消費者の心も変わる。メーカーの狙いどおりに私は買ってしまったわけですね。
仕事柄、私の自宅は本であふれかえっています。もはや本棚には収まりきらず、行き場のない本が床に平積みになっている有様。さすがに片付けようと思いたるも、なかなか捨てる本がないのが困ります。最も頭が痛いのが画集と市史。大きなサイズが多いので、それだけで本棚は埋まります。一時、実家へ持って行ったこともあるのですが、親もあまりいい顔をせず。個人的なものを図書館に寄付するわけにもいかず、にっちもさっちもいきません。私の博物館に勤める友人は、本棚に収まりきらなくなった本を押し入れにため込んでいたものの、それが妻に見つかって大目玉。泣く泣く蔵書を処分したと云います。私はまだ大目玉を食らうところまでは行きませんが、「床の掃除がしにくいんだけど」とか「ものがあふれかえってているよね」などと、妻から少しずつジャブを受け始めているところ。わかってはいるけれど進まない。このブログも積まれた本の隙間で書くほどに。
「親や教師の言うことよりも、自分の進みたい道を歩め!」と16歳の私たちに向かって熱く語ってくれたギタリストがいました。その人の名前は、寺内タケシさん。6月28日、82歳で亡くなられました。私が高校生だったとき、担任の先生が「今回の校外学習のゲストは凄い人だ」と興奮して言いました。どんな人が来るのだろう、そう期待していたのに、発表されたゲストの名前は「寺内タケシ」。誰それ?というのが、私たちの正直な感想でした。いよいよ校外学習のとき。白いスーツ(たしか)に身を包んだ、ダンディなおじさんがステージに上がると、ギターを一気に弾き始めます。そのパワーに私たちはぐいぐいと引き込まれ、終わったときは全員でスタンディングオベーション!寺内さんは演奏を終えると、観客席にまで降りてきて、件の熱い言葉を語ってくれたのでした。今となっては大切な思い出。寺内タケシさんに感謝すると共に、心からご冥福をお祈りします。
みなさんは何か夢を持っていますか?私には、新人のときからお世話になっている業者さんがいました。初老の男性で、仕事の合間に必ずと言って良いほど「君の夢はなんだ?」と聞いてくるのです。そうして「俺の夢はベンツに乗ることだ!」と言い、なぜベンツにあこがれるのかを延々と話します。私は、学芸員になるのが夢でしたから、人生は充分満足なのですが、その後の展開に悩み、次の夢を探しているうちに、随分と時が経ちました。先の業者さんも亡くなり、「君の夢はなんだ?」と聞いてくれる人もいません。近頃、メディアに接すると、夢をつかめ、かなえろ、という論調が多く見受けられます。夢があれば、人生に張り合いがでますよね。私の夢探しのゴールは、1日を大切に生きること。社会のために仕事をし、家庭のためにやるべきことをやる。大きなことを成し遂げることだけが夢ではないはず。地味ではありますが、大切にしていきたい私の夢です。
いつの間にか、梅雨の季節になりました。とはいえ、私の住む場所は、雨こそ降れど、まだジメジメとしてはおらず、過ごしやすい毎日が続いています。さて、先日、友人が子供を連れて遊びに来ました。子供はまだ生まれて数か月の赤ちゃんです。それはそれはかわいらしい。友人いわく、この頃、目でモノを追うことができるようになったとのこと。そこで私はちょっとふざけ心もあり、家にあるアンリ・ルソーの画集を開き、赤ちゃんに見せて上げました。すると、手足をばたばたさせて、興奮して見ているではありませんか。私は面白くなってきて、友人に断り、ターナー、モネ、ゴッホ、カンディンスキー、クリムト、葛飾北斎などの画集をかわるがわる見せてあげました。なかでも赤ちゃんが最も喜んだのは、カンディンスキー!赤ちゃんが画集を笑いながら見ている姿に、友人も私も爆笑してしまいました(笑)そんな笑いに包まれた梅雨の一幕。心が温まりました。