学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

実習生の指導担当

2010-08-31 21:04:22 | 仕事
毎日暑い日が続きますが、夜になるとだいぶ涼しくなりました。窓を開けると、涼しい風とともに虫の鳴き声が聞こえて、とても気持ちが良いです。少し遅れてですが、だんだん秋が近づいてきたようですね。

今日は博物館実習生の指導担当でした。現在開催中の展覧会を見てもらい、看板の位置、作品の高さ、温度湿度の管理などについて説明。博物館概論などの講義や書籍で得る知識とは違って、生の舞台を前にした学習ですので、実習生にもよく理解してもらえたのではないかと思います。他の人に教えるということ。これは自分自身の勉強にもなります。知識を相手に伝えながら自分でも確認できるためなんですね。そういうこともあって、指導する時には、私もピシッと背筋が伸びます。

明日は展覧会のパンフレットやポスターを街中に配る営業活動です。外回り、明日は少し気温が低いといいな…と淡い期待をこめて(笑)

滝で涼をとる

2010-08-26 19:32:21 | その他
暑い…。ここ数日、あまりの暑さにバテていました。お盆を過ぎたというのに、連日30℃を超える猛暑が続いています。地球温暖化を切実な問題として実感する今夏ですね。

ブログのテンプレートを「滝」に変更してみました。滝、といえば、先日涼を取りたくて、栃木県那須烏山市にある「龍門の滝」へ行って来ました。旧烏山市の中心市街地からちょっとだけ離れたところにありますが、かなり大きな滝です。さすがに滝の近くは涼しく、水しぶきが少し顔にかかるくらいまで近寄ってみると、なんと気持ちの良いこと!ただ、見終えて、ふと気付くと、服もけっこうぬれていました(苦笑)

いつまでこの暑さが続くことやら。暑さには強いと自負していた私も、もうさすがにうんざりしてきました。早く秋の涼しさが欲しいところです。



心の底から涼しく…

2010-08-19 20:35:27 | 読書感想
ここ数日はひどい暑さでした。自宅にいるときはクーラーを使わない私も、今年の暑さにはすっかりまいってしまい、とうとうクーラーをつけて生活していました。この暑さ、地球温暖化が身近なところに迫っている、ということなのでしょうか。

クーラーをつけて涼しくなるのも良いですが、夏といえば怪談。心の底から寒くなろうと、『百物語怪談会』(ちくま文庫)を買ってきました。小説家泉鏡花、画家鏑木清方らが体験したり、あるいは聞いたという不思議で怖い話を収録しています。江戸末期、明治初期の幽霊。かなり怖いです…。読みすぎると涼しくなりすぎるかもしれません。

明日から暑さも一段落するようです。早く秋の涼しさが欲しい今日この頃です。

国立西洋美術館「オノレ・ドーミエ版画展」

2010-08-14 20:47:42 | 展覧会感想
現在、東京・上野にある国立西洋美術館で開催されている「オノレ・ドーミエ版画展」を見てきました。オノレ・ドーミエ(1808~1879)はフランスの画家です。一般的にドーミエの名は、19世紀の風刺画家として名高いものがあります。ドーミエの目は市民の目。風刺新聞『ラ・カリカチュール』などでフランス国王ルイ・フィリップや側近たちを痛烈に皮肉る一方、19世紀初頭のパリ風俗を生き生きと描きました。作品はリトグラフで制作され、複数性という版画の特長が活きて、ドーミエの絵は多くの人々の目にふれました。

「風刺」の視点で、フランスのドーミエと江戸の浮世絵を比較してみると面白い。ドーミエの風刺は個人名を打ち出しての攻撃です。その対象は、前述したように国王から側近たちにまで及びます。人物たちはギャグ漫画の一場面のように描かれて、見るものに笑いをもたらします。これは相当強い風刺といえるでしょう。一方、浮世絵の場合は、ある特定の人物を差していること明らかなのですが、とにかくぼかしてあります。例えば、歌川国芳(1797~1861)の《源頼光公館土蜘作妖怪図》は一見すると、武士源頼光とその家来たちが妖怪土蜘蛛を退治するという歴史的な画題が描かれています。ところが、より深く見ていくと、源頼光は徳川家慶、卜部李武は水野忠邦…と要するに天保の改革に対する民衆の恨みを歴史的な画題に見立てて描いた作品と考えることができるのです(直接描くと幕府の取り締まり対象になるため、どうしてもぼかして描かざるえなかった事情もあります)ドーミエの直接的な風刺と浮世絵の間接的な風刺といったところでしょうか。それぞれの視点の違いを見るようで興味深いですね。

ドーミエの風刺を見ていきますと、今日の、しかも日本人である我々には当時の政治事情がよくわからず、何を風刺しているのかはっきりわからない作品もありますが、相当痛烈な風刺であることだけはよく伝わってきます。ブログでは浮世絵との比較で感じたことを書いて見ました。観覧のご参考にいただけたら、と思います。


民俗学と私

2010-08-09 20:41:17 | 読書感想
大学時代、私は「民俗学」の講義を受講していました。講義のなかで、先生から本を多く読むことを薦められましたが、特に柳田国男の『遠野物語』、宮本常一の『忘れられた日本人』の2冊は特に強く薦められました。さっそく購入して読んでみた私。あまりの面白さにあっという間に読み終えてしまいました。それまで民俗学についての関心はさほどなかったのですが、それからはこの学問に興味を持つようになりました。

講義では、夏休みの課題として、地元の「お盆」がどのように行われているのか調べてくるように指示を受けました。私は山形県の生まれですので、休み中に祖父母に聞いてみたんですね。

まず先祖の眠るお墓へ行き、ろうそくに火をともしておがむ。それから、火を提灯のなかに移し変えて、家に帰宅。仏壇のろうそくに火を移して、お盆中は火が消えないようにする。仏壇には瓜に4本の爪楊枝を差して、足をつくり、それを供える。(私の手元にあった本には茄子で作ると書いてあったので、祖父に聞いてみたところ、この地方では茄子は使わないとのこと)お盆中は親戚一同が集まって、仏壇の前でお餅などの食事をとる。お盆が終わりになると、送り火を焚く。およそ、そのようなことを聞きました。身内の、しかも簡単な調査ではありましたが、民俗学、というものを肌で触れた、そんな夏でした。

今日は書店で宮本常一の『民俗学の旅』を購入してきました。宮本常一の自叙伝というだけでなく、日本人とはかつてどう生きていて、これからどう生きるべきなのか、そうしたものも示唆してくれるような本です。これからまたじっくりと読んで見たいと思います。

劉生晩年について

2010-08-04 21:32:43 | その他
一週間ほど前から、岸田劉生の作品について勉強をしています。どんな特徴があるのか、何から影響を受けているのか。机の上に画集を開き、その脇にルーズリーフを置いて、メモを取りながら進めています。劉生は意外に調べやすいかもしれません。なぜなら、彼の克明な日記と随筆が残されているから。自らがゴッホやセザンヌ、北方ルネッサンス、デューラーなど、影響を受けた画家たちを述べているのです。ただ、よくわからないことが…。そう、晩年に描いた一連の麗子像、於松像です。

大正6年、肺結核と診断された劉生は神奈川県の鵠沼に住まいを移します。劉生は医師から外出をひかえるよう言われていたため、家の中で静物画をかなり描きました。(体調が良くなってからは戸外写生もしたようです)そして翌年から、自分の娘麗子と友達於松をモデルに絵を描き始めます。これが劉生の代表作でもある麗子像ですね。

この麗子像について、どの画集のコメントを読んでも、釈然とせず。劉生は麗子や於松をモデルにして何を表現したかったのかなと。作品解説にはきまって「東洋の美」、「デカダンスの美」などと書いてありますが、どうもいまいちわからず。もっと根本的なところがあるような気がして。これは私の当てにならないカンですが…。この疑問を解消するために、さきほどから劉生の日記をひっくり返しているところです。劉生の言葉を足がかりに、私自身で考えてみたいと思います。果たして答えがでますことやら?

明日も暑い一日になりそうです。体調には気をつけて過したいものですね!

旅行のゆく先は

2010-08-03 22:21:26 | その他
毎日暑い日が続いていますね。美術館のなかは温湿度管理がなされていますが、事務室はそこまで徹底していませんので、室内で少し汗ばむ調子です。

今月、急遽3連休が取れることになりました。せっかくの連休、どこか旅に出ようかと考えています。候補地は2つ。「瀬戸内国際芸術祭」か「新潟妻有 大地の祭り」です。どちらもとても楽しそうで、旅先を決めるのにインターネットや雑誌で情報を集めているところです。それぞれに良いところがあって、とても悩みますね。

昨年は北陸旅行を満喫してきました。瀬戸内にしろ、新潟にしろ、今回も素晴らしい土地の雰囲気を味わえそう。今からとても楽しみな気分です。