学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

夏目漱石『草枕』を読む 1

2008-06-30 08:58:09 | 読書感想
昨夜、ブログを更新した後、床に入って夏目漱石の『草枕』を読んでいました。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を張れば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」の冒頭が印象的です。

漱石が『草枕』を発表したのは1906年(明治39)、39歳のときでした。すでに明治の人も「人の世は住みにくい」と思っていたことに驚かされます。少なくとも今の世よりは明治時代のほうが随分ましだろう、などと私は思ってしまいますが、明治と平成を簡単に比較すると危ういですし、そのころにはそのころなりの住みにくさがあったのでしょう。そういえば、江戸時代に住んでいた人たちは「人の世は住みにくい」なんて考えたことはあったのでしょうか。あったでしょうね。人間を常に「住みにくさ」を感じながら、歴史を積み重ねてきたのかもしれません。

さて、冒頭の言葉があまりにも心にとどまっているために、なんだか先に進む気にもならず、昨夜はいつの間にか本を開いたまま眠ってしまいました。本を開いたまま寝ると、カバーが変にめくれあがったりして、少し悲しくなります。今日は少し先に進んで、『草枕』の世界に入ってみたいと思います。



展示は2日目

2008-06-29 21:17:01 | 仕事
ここのところブログを休んでいたので、何をどう書いたらいいのか、なぜか少し戸惑っています。

展示は2日目。朝からどしゃぶりで、あまり入館者はいないかな、と思いきや、天気の良かった昨日よりも沢山のお客さんに来ていただけました。とてもうれしかったです。展示が始まったばかりなので自分が作品監視に立って、お客さんの様子を伺っていましたが、じっくりとご覧下さる方がいらっしゃったり、メモを取られていく方がいらっしゃったり、この作家と生前お付き合いがあった方がいらっしゃりと、様々な反応やお話を伺うことができました。大変だったけれど、展示を企画したかいがありました!

明日はお休みです。久しぶりに一日じっくりと休めるので、今日は少し夜更かしして、朝寝坊と行きますか(笑)

展示が終わり

2008-06-28 19:47:00 | 仕事
ご無沙汰をしておりました。ようやく新しい展示が立ち上がりました。ここ一週間は疲れ果て、ブログを更新する力もなく、家へただ寝に帰ってくるような毎日でした。しかし、そんなことも新しい展覧会が立ち上がれば、達成感に変わります。

今回の展示、私にとって生涯忘れられない企画になりました。作家の生涯から得るものが多かったですし、企画を構成していくうえで、素晴らしい方々と知り合うことができました。

「自分は好きな絵画を描いているのに、それが楽な道だったら申し訳がない。」

自分の好きなことは苦にならない、それは違うのではないかと、生前この作家は述べていたそうです。なるほどと考えさせられました。

明日も仕事!それが終われば悲願の3連休が待っています。最後の力をふりしぼって明日は頑張ってまいります。

昨日、今日、明日

2008-06-24 21:45:04 | 仕事
今日から展示替え期間です。一日、動き回って足がもう動きません…。でも、予定よりも早く進み、一安心です。

近頃、夜になると今日という日が名残惜しく。体は早く眠りたいと訴えるのですが、早く眠ると一日がもったいない気がして、ついつい夜更かししてしまうのです。いつもその繰り返し。どこまでいくのやら。

明日も展示替え。今日よりは楽かな?明日も頑張ります。

正念場

2008-06-23 18:40:30 | 仕事
長らくご無沙汰していました。こんなにブログを休んだのは、パソコンが故障して以来でしょうか。展覧会の開催が近く、その準備に追われて更新できませんでした。家にただ寝に帰るような生活で…。

昨日は頭痛と吐気に襲われながらも、何とか乗り切り、今日は一休みと言いたいところでしたが、やはり最後の調査へ出かけてしまいました。そろそろ体力が…展示替えが近いというのに情けないことではありますが。

このところ、忙しくて生活サイクルが乱れに乱れているので、生活改善。ご飯を3食きっちりととって、部屋も綺麗に片付ける。これだけでも心がだいぶ違う気がしてくる。

明日から一週間、正念場!何とか頑張ります!!

月夜

2008-06-16 20:37:35 | その他
今夜は月が出ています。月明かりに照らされて、夜だというのに、戸外はまだぼんやり明るいのです。ときおり南の窓から風が入り、部屋は大変に涼しい。蛙の鳴き声がまた良い。6月は雨が多く、じめじめする季節ですが、もう終わりに差し掛かるというのに、そんな気配がまるでないですね。過ごしやすいのでありがたいものの、地球の環境問題もからんでいると思うと、素直には喜べなくて。

先日『奇想の系譜』を読んでおりましたが、今日はその姉妹版ともいうべき『奇想の図譜』を再読しています。葛飾北斎の銅版画の影響、伊藤若冲の『動植綵絵』(どうしょくさいえ)、東洲斎写楽の正体など…とても興味深い話が盛りだくさんにつまっています。やはり同書もオススメの1冊です。

こんな夜は月明かりでのんびりと読書などいかが?

ロシア文学ブームで私は蚊帳の外

2008-06-15 20:50:38 | その他
今日はとても素晴らしい天気でした。6月のわりには風が涼しい気もしないでもありませんが、それもまた一興。

朝食を取りながら、新聞に目を通すと、ロシア文学ブームの記事が目に入りました。美術や文学関係の記事が目に飛び込むと、思わず夢中になってしまう自分。光文社古典新訳文庫の『カラマーゾフの兄弟』が売れているニュースは知っていましたが、ドストエフスキーだけではなくて、そのほかの作家たちも注目されているようです。

ロシア文学に憧れを感じながらも、どうもなじめない私は、何だか蚊帳の外。そういえば、5年ほど前に仲間内で飲み会をしたとき、飲み屋になんと『罪と罰』を持ってきた人が居ました。「ロシアが好きでたまらないから」と言っていました。いくら好きでもわざわざ飲み会に持ってくる?と思いましたが…。

記事によれば、トルストイの『アンナ・カレーニナ』も近々新訳が出るとか。どこまで行くのか、このブーム。嫌なわけではないけれど、個人的にはドイツ文学が好きだから、ホフマンの新訳が出てくれないかな、と小さく願う私なのでした。

『奇想の系譜』

2008-06-10 21:00:57 | 読書感想
蛙の鳴き声に誘われて、浴衣で河原を散歩したら、さぞかし愉快に相違ない。そんな気持ちのよい夜です。

近頃『奇想の系譜』を読み直しています。美術を扱う学芸員でこの本を知らない方はいないでしょう。それほど著名な本。著者は辻惟雄先生です。私は「ちくま学芸文庫」から出された同本を持っていますが、読み過ぎと、書き込み過ぎで、表紙がすっかり黄ばんでしまいました(泣)

この本で紹介されている画家は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6名。どの名も一度は聞いたことがあると思います。でも、本が書かれた昭和40年代。彼らの評価は非常に低いものであったり、ほとんど知られていなかったといいます。彼らが注目されるようになったのは、まさに『奇想の系譜』で紹介されてから、とのこと。まさに再評価ですね。

これから日本美術を学ぶ方、ぜひオススメです!

学問なら南方熊楠に学べ?

2008-06-09 20:32:04 | 読書感想
最近、気になる人物がいます。博物学の南方熊楠です。博物学、とは申しましたが、幅広い学問を修めており、あらゆる知識を持っていたそうです。前にブログでも書いたことがあったかと思いますが、天才とは彼のような人のことを言うのでしょうか。

学問に対するエピソード

①古本屋に積み上げられていた『太平記』を、立ち読みしながら暗記し、家で筆写して、まったく同じものを仕上げてしまった。

②百科事典を5年かけて、筆写して、やはり同じものを仕上げてしまった。(書きながら覚えているので、百科事典の知識がそのまま頭に入ったことになる)

③読書量が半端ではなかった。学生時代は図書館に入り浸って、専門知識を見につけ、その知識量は大英博物館の職員も看破するほどだったとか。

④語学が堪能。二十ヶ国語を自由に読み書きが出来たとされる。酒場に行って、酒を酌み交わしながら、相手の言葉を学んでマスターしたという。

⑤本を読むだけではだめ、必ず筆写して覚える、が彼の読書哲学だった。

そのほか、色々なエピソードがあったようです。私も南方熊楠のように…とは絶対にいきませんが、学問に対する姿勢。学ぶところが多いような気がする、と思いました。


死に対する一言

2008-06-08 18:31:40 | その他
なんと言えばよいのでしょうか。今、私の周りを「死」の霧が舞っているような気がしてならないのです。

凄惨なニュース。素晴らしい天気であった今日のような日でさえ。何のために人をあやめるのでしょう。一体、この国はどうしてしまったのか。理性を少しずつ失ってゆく恐怖。私はすぐにテレビを消して、天井を眺める。深いため息をつきながら。

「自分は生きている意味などない気がする」と、先日友人が言いました。私も、自身、生きている意味などないと思っています。けれど、反面、私は友人に生きていて欲しいと強く願っているのです。何という矛盾!ずっと近くに居てやりたいけれど、それが出来ない苦しみ。希望があるとするなら、友人を救うだけの強さを私が見に付けることでしょう。永続的な強さではなく、一時的な強さでも。

芸術で人を救うことは出来るのでしょうか。絵画を見て、そこに生きる希望を見出せるのでしょうか。美術の存在する意義が私の頭を堂々巡りします。

「死」が霧であることを願います。霧ならいつかは晴れてくれるから。




今日は…自分で書いておいて、ちょっと重い内容でしたね…。この数日間、私自身ではなく(私のことであればどれだけよいか!)、私の周りで色々なことが重なってしまい。友人を救えない(亡くなってしまったわけではありませんが)ことに歯がゆさを感じ、友人を心配しているうちに、自分も同じようなことになってしまったのです。嗚呼、明日こそは晴れてくれればいい!!