語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【大岡昇平ノート】本をタダで入手する法 ~『パルムの僧院』と文体~

2011年11月06日 | ●大岡昇平
 毎年11月の今頃、わが市では2日間にわたって「本の市」が開催される。図書館の蔵書が放出され、併せて市民の蔵書が提供される。もちろん無料。それどころか、手提げ袋から段ボール箱まで、主催者は用意している。毎回、押すな押すなの盛況だ。高齢者が多く、幼児連れや若い女性も少なくない。ネクタイにスーツ姿は稀だ。
 一昨年の収穫は動物行動学で、昨年のそれはE・S・ガードナーだった【注1】。
 今年は、東南アジアブックスの10册。鶴見良行も著者の一人だ。

 『パルムの僧院』(「世界の文学 第9巻」、中央公論社、1965)も、本の市で入手した1冊。
 『僧院』は、角川文庫(1951年版および1970年改版【注2】)しか読んでない。「世界の文学 第9巻」をめくると、貴重な付録5点【注3】が添付されていることに気づく。もっと早く読んでいたら、『僧院』理解がもっと深まっただろうか。たぶん、そうだろう。しかし、そんなに深まらなかったような気もする。確かなことは、10代の終わりに初めて読んでから今日までに『僧院』を9回読み返したことだ。そして今、10回目の再読の途中だ。
 大震災、原発事故、TPP参加是非、ギリシャ債務危機・・・・世間がこんな時に200年前のフィクションを暢気に読んでいていいのだろうか。
 もちろん、いい。

 大岡昇平は、『僧院』を訳することで文体を確立した(と自分で言う)。
 スタンダールの文体は、彼自らの覚書によれば、「【注3】-(3)」のような文体だ。それは他方、大岡のいわゆる散漫な文体でもある。
 20世紀に生きた大岡は、『花影』で緊密な文体を築いた。そして同時に、『武蔵野夫人』の閉鎖的空間を完成させた。窮屈な、あまりに窮屈な。
 他方、『僧院』の自由闊達は、『武蔵野夫人』と同時平行で書きつがれた『野火』に具現している。『僧院』のロンバルディアを駆けめぐる情熱は、『野火』においてはレイテ島の密林を彷徨しつつ独言つ華麗なレトリックに転化した。しかし、『野火』は構成に問題を残した。
 『レイテ戦記』はれっきとしたノンフィクションだ。それを文学者は文学として評価する。奇妙といえば奇妙だが、『僧院』と近縁性を見れば、解けない謎ではない。『僧院』は、戦記としても読めるのだ。単にワーテルローを描いているだけでなく、専制政治への抵抗という「戦さ」を描いているのだから。一例・・・・初めて謁見したときにエルネスト4世から繰り出される言葉の剣を捌くファブリスの姿と、圧倒的に優勢な米軍の攻撃に力を尽くして耐える、例えばリモン峠の日本の兵士たちと、重なって見える。

 【注1】「【読書余滴】本をタダで入手する法、E・S・ガードナー、プライベート・バンク
 【注2】「世界の文学 第9巻」は1951年版と同じ訳文だ。<例>第14章末尾・・・・<Intelligenti pauca!(慧き者は少しにて足る)と署長は狡猾な様子で叫んだ。>(1951年版)/<Intelligenti pauca!(賢者にはわずかな言葉で通じる)と署長は狡猾な様子で叫んだ。>(1970年版)
 【注3】訳者・大岡昇平の解説等をもとにその内容を記すと、
 (1)参考年譜・・・・スタンダールは事件を実に雑然と語っているので読者の理解を助けるために添えられた。小説のなかの事件と、その背後にある歴史的事実が年代順に整理されている。ピエル・マルチノが初めてつけたボサール版にアンリ・マルチノのガルニエ版の訂正を併用した。
 (2)バルザックへの手紙・・・・バルザックの『パルムの僧院』論に対する礼状だ。よって、先にバルザックの『僧院』論に目を通しておくべきだが、『僧院』論のさわりは解説で紹介されているから、未読でもあまり困らない。<サンセヴェリ-ナ夫人の性格は全部、コレッジオから取りました(私の魂にコレッジオが与えるのと同じ効果を与えるという意味です)>などという打ち明け話があって、興味深い。
 (3)マルジナリア・・・・『僧院』の欄外にスタンダールが書き込んだ覚書、訂正、異文だ。日記も含まれている。例えば、<明晰と理解しやすい対話(後者は感情のニュアンスをよく描き、その一つ一つを跡づけるものである)を愛したため、私は自然に、現代小説の少し誇張した文体とは反対の文体で書くことになった>。
 (4)ファルネーゼ家の興隆の起源・・・・以下、訳注を引く。<これは現在パリの国立図書館にある稿本で、スタンダールが1833-34年に買ったイタリアの写本を筆写させたものである。『カストロの尼』『パリアノ公爵夫人』など『イタリア年代記』と呼ばれる中編小説群の稿本の一つである>うんぬん。
 (5)若き日のアレッサンドロ・ファルナーゼ・・・・スタンダールの最初の下書きと見なされる。
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