●日本外交の対応
米国は、国際経済上の成果を早急に得たいと、GATTやWTOの漸進主義に背を向け、二国間交渉で自由貿易圏をつくろうとした。北米自由貿易協定(NAFTA、1994年発効、米国・カナダ・メキシコ)がそれだ。EUに対抗する経済圏作りが目的だった。ただし、全品目の関税撤廃をうたいながら、米国自身は乳製品、ピーナツバター、砂糖とその関連製品、綿が除外品目とされている。また、「ヒト・モノ・カネ」の自由な移動を実現すると言いながら、米国はメキシコからのヒトの流入を実力で阻んでいる(ダブル・スタンダード)。
その後の米国の国際貿易戦略は、FTAだ。<例>韓国(2006年に34日間の米韓会議)。
他方、日本は経済連携協定(EPA)を各国と結んでいった。日本の利益を守りながら貿易拡大を図った。シンガポール、マレーシア、フィリピン、チリ、タイ、ブルネイ、インドネシア、ベトナム、ASEAN、スイス、そしてインド。
TPP諸国のうちオーストリア、ニュージーランド、米国を除けばEPAを結んでいるのだ(締結していないペルーとは締結可能)。なにも二重にTPPを結ぶ必要はない。そして、アジア諸国と広く連携ができあがっているのだ。インドとも。
インドの2つの意味で重要性だ。(1)中国とともに発展段階に入った世界二大市場の一つだ。(2)ドーハ・ラウンドの行方は米国とインドにかかっている。インドとEPAを締結した(2011年2月16日)一方でTPP参加を検討するのは、公約を曲げて米国の意向に従った沖縄問題と同じく、民主党内対米従属派の意思だ。
●国際経済交渉と米国の変質
戦後の米国は、自らの利害だけで動いたわけではない。むしろ戦後国際社会のリーダーとして、理想を掲げて国際社会をリードしようとした。しかし、国内政治と国際政治の溝を巧みに利用し始めた。米国は大きく変わり、自らの利害で動く力の大国になっていった。
GATTは、米国が力を入れて作ったものだが、米国議会は批准しなかった。そして次第に、国内産業あるいは企業がロビー活動によって議会を動かし、米国政府をしてGATTの原則に反する行動をとらせ始めた。その背景に、世界経済における米国の地位の低下がある。
米国は他国にGATTの原則を守ることを求めた。しかし米国自身のGATT違反が指摘されると、米国は批准していない以上守る義務はないという態度をとる(ダブル・スタンダード)。<例>米国はアルゼンチンからの牛肉輸入を口蹄疫を理由に禁じた。もちろん後者の牛肉が安く、前者の畜産業を脅かすからだ。
ウルグアイ・ラウンド農業合意は、米国とEUの妥協の産物だった。このとき米国は、国際的な自由競争的市場を大きく歪めている輸出補助金制度ではなく、国内価格支持政策を削減させ、米国に有利な市場を作りだそうとした。他方、ECの農家への直接所得補償と米国の不足払いはそのまま残された。
●農業における自然的条件の多様性と反グローバリズム
19世紀、自由主義時代の世界経済は、西欧に支配された後進国、植民地をモノカルチャーの国に変えていった。一国が特定品物の生産だけに依存し、多様性を失った。モノカルチャーからの脱出は、第二次大戦後の後進国の目標だった。
グローバリズムは、自然条件の差を調整する関税を廃し、再び新たなモノカルチャーを作りだそうとしている。その力が強ければ強いほど、それに反対する力も強くなるだろう。民主党は、米国の意向に従うことで、この一方の流れをTPP参加という形で実現しようとするのか。
ミニマム・アクセスは最悪の政策だ。関税化という国際ルールに従うべきだ。コメに係る700%超の関税は引き下げ可能であり、これを武器に政策を建て直すのだ。間違えても、ウルグアイ・ラウンド後のように土建業を喜ばせる農業改善事業を行ってはならない。
●ひとつの予測 ~TPPに参加した場合~
輸入される農産物、畜産物への関税がゼロになったと仮定すると、日本の農業はどうなるか。長期的には、日本の米作は4割に減る。
<国土の7割以上を形成する中山間地は打撃を受け、棚田も、森も谷川のきれいな水も消えてなくなる。>【桜井正光・経済同友会終身幹事】
米どころの中心地域でも、農家が虫食い的に無くなっていく。一部が自家消費のために作る。
問題は、稲作のための水の管理が今までのように整備され、維持され続けていくかだ。農業は、米国の経済学が考えている企業とは異なる。水は上の田から流れ、下の田に流れていく。隣同士が協力して、初めて成り立つ。農村として成り立っている。もし稲作放棄が虫食い的に拡大すると、水管理も同時に放棄されることになる。宇沢弘文のいわゆる農村における社会共通資本の崩壊だ。
●農業政策における正義
米国は、国内農業に各種の補助を与え、余った農産物に輸出補助金を与えて輸出し、他国の農業を破壊しようとしている。その国内補助はEUとの妥協の産物で、WTOで許された範囲だ。しかし、その農産物の輸入で国内農業が侵される立場からすれば不当廉売で、正義に反する。、
他方、日本の農村や農業の保護は、他国にマイナスの影響を与えない。
●買う者の権利と市場原理に代わるもの
ウルグアイ・ラウンド農業合意が決めたミニマム・アクセスは米国が考えたのだが、奇妙な制度だ。通常の取引では、買うかどうかは買う側の自由で、売る方は勝ってもらおうと努力する。売る方が威張っていることはありえない。威張るのはその物が不足しているか、供給カルテル(違法)が存在しているかだ。しかし、コメにせよ、韓国に対してミニマム・アクセスを米国が課したジャガイモ・大豆にせよ、過剰農産物だ。
GATTで認められていた輸入制限と関税を一本化して関税化する方向へ誘導するため、こうした奇妙な制度を使ったのだ。
こうした農産物大量供給国の一方的考えを放置してよいはずはない。わが国のような需要国は、対抗力を作りだすべきだ。ガルブレイスのいわゆる Countervailing Power だ。市場は競争力と対抗力の2つが規制メカニズムになる。これがTPPを乗り越える道だ。そのためには米国従属路線を推進する内閣には退場してもらわねばならない。
それまでに私たちにできることは何か。
自分たちで自らを守る体制づくりだ。生産者と消費者を縦につなぎ、適正価格で売買する組織だ(国内フェア・トレード)。それは国際市場で発展途上国を守るフェア・トレードにつらなるものだ。それを米国の市場原理主義に対抗するものにしていかなければならない。
以上、伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(下) ~TTP批判~」(「世界」2011年6月号)に拠る。
【参考】「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判」
「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~」
「【震災】復興利権を狙う米国」
「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題」
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米国は、国際経済上の成果を早急に得たいと、GATTやWTOの漸進主義に背を向け、二国間交渉で自由貿易圏をつくろうとした。北米自由貿易協定(NAFTA、1994年発効、米国・カナダ・メキシコ)がそれだ。EUに対抗する経済圏作りが目的だった。ただし、全品目の関税撤廃をうたいながら、米国自身は乳製品、ピーナツバター、砂糖とその関連製品、綿が除外品目とされている。また、「ヒト・モノ・カネ」の自由な移動を実現すると言いながら、米国はメキシコからのヒトの流入を実力で阻んでいる(ダブル・スタンダード)。
その後の米国の国際貿易戦略は、FTAだ。<例>韓国(2006年に34日間の米韓会議)。
他方、日本は経済連携協定(EPA)を各国と結んでいった。日本の利益を守りながら貿易拡大を図った。シンガポール、マレーシア、フィリピン、チリ、タイ、ブルネイ、インドネシア、ベトナム、ASEAN、スイス、そしてインド。
TPP諸国のうちオーストリア、ニュージーランド、米国を除けばEPAを結んでいるのだ(締結していないペルーとは締結可能)。なにも二重にTPPを結ぶ必要はない。そして、アジア諸国と広く連携ができあがっているのだ。インドとも。
インドの2つの意味で重要性だ。(1)中国とともに発展段階に入った世界二大市場の一つだ。(2)ドーハ・ラウンドの行方は米国とインドにかかっている。インドとEPAを締結した(2011年2月16日)一方でTPP参加を検討するのは、公約を曲げて米国の意向に従った沖縄問題と同じく、民主党内対米従属派の意思だ。
●国際経済交渉と米国の変質
戦後の米国は、自らの利害だけで動いたわけではない。むしろ戦後国際社会のリーダーとして、理想を掲げて国際社会をリードしようとした。しかし、国内政治と国際政治の溝を巧みに利用し始めた。米国は大きく変わり、自らの利害で動く力の大国になっていった。
GATTは、米国が力を入れて作ったものだが、米国議会は批准しなかった。そして次第に、国内産業あるいは企業がロビー活動によって議会を動かし、米国政府をしてGATTの原則に反する行動をとらせ始めた。その背景に、世界経済における米国の地位の低下がある。
米国は他国にGATTの原則を守ることを求めた。しかし米国自身のGATT違反が指摘されると、米国は批准していない以上守る義務はないという態度をとる(ダブル・スタンダード)。<例>米国はアルゼンチンからの牛肉輸入を口蹄疫を理由に禁じた。もちろん後者の牛肉が安く、前者の畜産業を脅かすからだ。
ウルグアイ・ラウンド農業合意は、米国とEUの妥協の産物だった。このとき米国は、国際的な自由競争的市場を大きく歪めている輸出補助金制度ではなく、国内価格支持政策を削減させ、米国に有利な市場を作りだそうとした。他方、ECの農家への直接所得補償と米国の不足払いはそのまま残された。
●農業における自然的条件の多様性と反グローバリズム
19世紀、自由主義時代の世界経済は、西欧に支配された後進国、植民地をモノカルチャーの国に変えていった。一国が特定品物の生産だけに依存し、多様性を失った。モノカルチャーからの脱出は、第二次大戦後の後進国の目標だった。
グローバリズムは、自然条件の差を調整する関税を廃し、再び新たなモノカルチャーを作りだそうとしている。その力が強ければ強いほど、それに反対する力も強くなるだろう。民主党は、米国の意向に従うことで、この一方の流れをTPP参加という形で実現しようとするのか。
ミニマム・アクセスは最悪の政策だ。関税化という国際ルールに従うべきだ。コメに係る700%超の関税は引き下げ可能であり、これを武器に政策を建て直すのだ。間違えても、ウルグアイ・ラウンド後のように土建業を喜ばせる農業改善事業を行ってはならない。
●ひとつの予測 ~TPPに参加した場合~
輸入される農産物、畜産物への関税がゼロになったと仮定すると、日本の農業はどうなるか。長期的には、日本の米作は4割に減る。
<国土の7割以上を形成する中山間地は打撃を受け、棚田も、森も谷川のきれいな水も消えてなくなる。>【桜井正光・経済同友会終身幹事】
米どころの中心地域でも、農家が虫食い的に無くなっていく。一部が自家消費のために作る。
問題は、稲作のための水の管理が今までのように整備され、維持され続けていくかだ。農業は、米国の経済学が考えている企業とは異なる。水は上の田から流れ、下の田に流れていく。隣同士が協力して、初めて成り立つ。農村として成り立っている。もし稲作放棄が虫食い的に拡大すると、水管理も同時に放棄されることになる。宇沢弘文のいわゆる農村における社会共通資本の崩壊だ。
●農業政策における正義
米国は、国内農業に各種の補助を与え、余った農産物に輸出補助金を与えて輸出し、他国の農業を破壊しようとしている。その国内補助はEUとの妥協の産物で、WTOで許された範囲だ。しかし、その農産物の輸入で国内農業が侵される立場からすれば不当廉売で、正義に反する。、
他方、日本の農村や農業の保護は、他国にマイナスの影響を与えない。
●買う者の権利と市場原理に代わるもの
ウルグアイ・ラウンド農業合意が決めたミニマム・アクセスは米国が考えたのだが、奇妙な制度だ。通常の取引では、買うかどうかは買う側の自由で、売る方は勝ってもらおうと努力する。売る方が威張っていることはありえない。威張るのはその物が不足しているか、供給カルテル(違法)が存在しているかだ。しかし、コメにせよ、韓国に対してミニマム・アクセスを米国が課したジャガイモ・大豆にせよ、過剰農産物だ。
GATTで認められていた輸入制限と関税を一本化して関税化する方向へ誘導するため、こうした奇妙な制度を使ったのだ。
こうした農産物大量供給国の一方的考えを放置してよいはずはない。わが国のような需要国は、対抗力を作りだすべきだ。ガルブレイスのいわゆる Countervailing Power だ。市場は競争力と対抗力の2つが規制メカニズムになる。これがTPPを乗り越える道だ。そのためには米国従属路線を推進する内閣には退場してもらわねばならない。
それまでに私たちにできることは何か。
自分たちで自らを守る体制づくりだ。生産者と消費者を縦につなぎ、適正価格で売買する組織だ(国内フェア・トレード)。それは国際市場で発展途上国を守るフェア・トレードにつらなるものだ。それを米国の市場原理主義に対抗するものにしていかなければならない。
以上、伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(下) ~TTP批判~」(「世界」2011年6月号)に拠る。
【参考】「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判」
「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~」
「【震災】復興利権を狙う米国」
「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題」
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