語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~

2011年11月11日 | 社会
●賛成
 TPP賛成派が主張する主なメリットは基本的に市場の拡大だ。人口減少で国内市場は縮小するのだから、アジア太平洋に市場を拡大してアジアの成長を取り込むべきという趣旨だ。
 それ以上にTPPには重要なメリットがある。それは、過去5年にわたって停滞している国内の改革を再度進めるためのドライバーとしての役割だ。
 小泉政権以降、格差が喧伝されてあらゆる改革が停滞する中で、生産性は向上せず、日本の様々な部門に非効率が温存されたままだ。その一方で民主党政権は予算のバラマキを続けているので、政策的には需要面のテコ入ればかりで供給面の改革が進まない。90年代と同じ状況だ。
 農業については、この15年で農業産出額は11兆円から8兆円に、生産農業所得は5兆円から3兆円に縮小している。ずっと衰退を続けている。貿易自由化以前の問題だ。その原因は農政の失敗、農業改革の欠如に他ならない。農協や小規模農家ばかりに配慮した結果、農地の大規模化も進まず、高関税による価格維持から農家の所得補償への政策転換も遅れたのだ。もちろん、野菜など品目によっては低い関税率の下でも競争力を高めているが、コメと農協に関しては明らかに改革が遅れ、非効率が温存されている。
 医療についても同様だ。高齢化が進む中で社会保障負担は膨張の一途を辿っているが、巨額の財政赤字を考えると医療の改革と効率化が不可欠だ。
 TPP反対の急先鋒である農協や医師会は、日本の農業が滅びる、国民皆保険が崩壊すると騒ぎ立てるが、その本音は、非効率な体制の下で享受している既得権益の維持が目的だ。
 すなわち、TPP賛成派と反対派の対立構造の本質は、改革を推進するか、非効率を温存して既得権益を維持するか、なのだ。
 残念ながら、民主党の執行部が、そうした正しい問題意識を持ってTPP交渉参加を目指しているとは思えないが。ちなみに、反対派が叫ぶ米国陰謀論(「米国が日本の市場を食い物にしようとしている」)のごときは、呆れて論評する気も起きない。

 日本は人口減少や少子高齢化、財政赤字の膨張、地方の疲弊、グローバル化への対応の遅れなど、様々な困難に直面しており、良かった時代のやり方を続けて非効率を温存し、既得権益を維持する余裕などもうない。行政改革、公務員制度改革、社会保障改革、農業改革、規制改革、地方分権改革など、改革すべき課題が目白押しだ。
 TPP参加は、日本が再度改革を進められるかを占う日本の将来にとって重要な試金石なのだ。
 もちろん、TPP交渉参加が決まっても、不安材料はたくさんある。現政権が国益を損なわないように交渉できるか、TPP交渉をドライバーにして国内での改革を推進するという戦略的な対応ができるのか、甚だ疑問だ。それでも、ダメ政権でも頑張ってもらわねばならない。

 以上、岸博幸(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)「TPPと大阪W選挙の共通点  ~岸博幸のクリエイティブ国富論【第163回】 2011年11月10日」(DIAMOND online)に拠る。

    *

●反対
 TPP賛成派がメリットとするものには根拠がない。内閣府は、TPPの経済効果として10年間に2.7兆円という数字を出した。年間にわずか2,700億円のために、農業や医療を犠牲にしてよいか。
 政府や推進論者は、TPPでアジアの成長を取りこむ、とまだ言い続けている。しかし、TPP交渉参加国9ヵ国プラス日本のGDPのシェアは、7割が米国、2割が日本だ。しかも、ほとんどの国が日本より輸出依存度が高い。これではTPP加盟アジア諸国がどれだけ成長しようが、日本はアジアの成長を取りこむことはできない。
 TPPには肝心の中国が入っていない。インドネシアも韓国も入っていない。中国は、リーマン・ショック以降、人民元を安値に引き下げて輸出を促進する、という戦略に打って出た。これは自由貿易以前のインチキで、完全な自由貿易をめざすTPPに中国が入るわけがない。
 TPPは、実質的な日米貿易協定だ。
 米国は、輸出倍増戦略を掲げている。米国が狙うのは、もう関税ではない。米国は70年代ぐらいまでにだいぶ関税を下げて、80年代ぐらいからは相手国の制度やルールを政治的な圧力で米国に有利に変えさせる、という戦略に転じた。
 製造業の競争では、米国は日本に勝てない。ところが、政治力の闘いになると米国が勝つ。ルールをどっちに揃えるか、というのは政治力の勝負だ。日米構造協議、その後の年次改革要望書で、圧力をかけ続けてきた。そして、リーマン・ショック以降、余裕がなくなった米国は、彼らが強い農業、銀行、保険、化学肥料、製薬、医薬品といった分野で米国に有利なように日本のルールを変えさせようと圧力をかける戦略を一層強めることにした。それがTPPだ。

 日本は今デフレだ。こんな時に安い農産物を入れて競争を促進すると、デフレがひどくなる。米国産の安い牛肉がどんどん入ってきて牛丼が値下がりする。畜産農家、コメ農家で失業が増えて、牛丼とライバル関係にある外食産業が安値競争に参加せざるをえなくなる。人のクビを切るか賃金を引き下げるしか打つ手がなくなる。失業者が増えると、企業側はさらに賃金を下げる。デフレスパイラルだ。その波は輸出産業にも及ぶ。震災の被災地の農家にも及ぶ。

 世界的に水資源不足だ。食糧が不足してくると、どの国も自国民を食わせるのが先だから平気で禁輸する。農産物は戦略物資だ。そのことがTPP推進派にはわかっていない。

 TPP推進論者がうらやましがっている米韓FTAは、悲惨なぐらいやばい内容だ。
 韓国には何のメリットもない。韓国国民は今になって大騒ぎしている。協定発効後、米国は自動車やテレビの関税を徐々に撤廃するが、両方ともすでにきわめて低かった。韓国企業も米国での現地生産を進めているし、大不況の米国ではほとんど売れない。しかも恐るべきことに、韓国の自動車メーカーが進出して米国の自動車メーカーが脅かされる事態になったら、この関税は復活すると書いてある。だから何の意味もない。
 さらに大きな代償は、米国の自動車を入れるため、韓国が排ガス規制を米国と同じにしたことだ。規制を米国車には緩くし、自動車税制も米国車有利に変えなければならなかった。
 農協共済や漁協共済、日本の簡保にあたる郵便局の保険サービスは、FTA発効3年以内に全部解体する。リーマン・ショックとともに破綻し、国有化された世界最大の保険会社AIGを大不況の米国では立て直せないので、韓国、さらにその先の大市場、日本に狙いを定めたのだ。

 米韓FTAで一番恐ろしいのはISD条項、いわゆる投資家保護条項だ。米国企業が環境規制、労働規制、安全規制などの韓国の政策によって損害を被ったと思った場合、韓国政府を訴えることができるのだ。しかも、その訴え先は韓国の司法機関ではなく、米国にある世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターだ。そこでの審理の観点は、韓国の国民の福祉ではなくて、単に投資家が損害を被ったか否かだけだ。しかも審理は非公開、不満があっても上訴できない。これが米国の推進するグローバル化だ。
 このISD条項は、TPPの中にもある。 

 語り手:中野剛志(京都大学大学院工学研究科准教授)/聞き手:砂糖章(編集部)「TPP参加は詐欺だ」(「AERA」2011年11月14日号)に拠る。

 【参考】「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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