(1)米国が描いていたシナリオ【注1】は崩れた。オバマ大統領が欠席した【注2】ために。
【注1】10月上旬のAPEC首脳会議(インドネシア・バリ島)の合間にTPP参加国首脳による会合を持ち、その後直ちに「年内妥結」を高らかに表明する。
【注2】米国内の財政問題による政府機能停止のため。
(2)の10月8日、TPP参加国首脳会合後、各国は「年内妥結」と表明した。しかし、中身は「年内妥結」にほど遠い。知的財産問題、環境、国有企業問題、市場アクセスなど、各国の対立点の溝は大きい。
特にマレーシアは、ペルー交渉(5月)の頃から、対米姿勢をはっきり打ち出してきた。
(a)知的財産・・・・米国は大手製薬会社の特許保護による利潤追求を主張する。他方、マレーシア/ベトナムは、国内にエイズ患者を多数抱え、特許保護による薬価高騰、ジェネリック薬へのアクセス困難を懸念する。対立は鮮明であり、ここには「利潤か、命か」という本質的な問いが含まれている。
(b)環境・・・・米国・日本などは先進国で確立している高い環境基準を求めている。他方、マレーシア/ベトナム/シンガポールなどは抵抗を示す。
(c)農産品の関税・・・・2国間交渉レベルでしか進んでいない。
(d))ISD条項・・・・最近、ニュージーランドも反対に回った。
(3)交渉は複雑化している。背景に、米国主導で進められてきた「徹底した市場主義」を自国に当てはめると、国内の貧困悪化、不安定化を招く、というアジア・中南米諸国の事情、交渉を我が物顔で牛耳ってきた米国への不満がある。
米国は、こうした対立をすべて覆い隠して「年内妥結」の形式を必死で取り繕う。しかし、「年内妥結など絶対無理」と言う交渉官が多い。
(4)TPPは「徹底した秘密交渉」だ。マレーシアはしかし、自国の判断でさまざまな形での説明、情報公開を国民に対して行っている。
<例1>「29章あるとされる交渉テキストのうち、すでに14章が確定している」と政府発表。
<例2>交渉会合直後、国民の誰もが自由に参加できる説明会を実施。
「マレーシアは、TPP交渉で決してイエスマンにはならない。閣議や国会審議を経て参加を決め、国民に説明責任を果たす。そのために年内妥結ができなくても問題ではない」【ナジブ・マレーシア首相】
政府にはマレー財界からの強い圧力がかかっているが、他方、マレーシアのエイズ患者支援団体、医療団体、NGOなどが政府に粘り強いロビー活動を行っていて、その成果が政府の姿勢に影響を与えている。
(5)マレーシア以外の国々も、米国主導の交渉と極度に秘密裡進められる交渉そのものに対する抵抗を少しずつ示し始めた。
ペルーやチリの国会議員は、自国政府に対し、情報公開を求める動きを起こしている。
ニュージーランドでは、APEC前に、「テキストを公開せよ(Expose Text)」「これは民主主義ではない」というスローガンの大キャンペーンが始まった。「企業の利益か、民主主義か」という重大な問題提起だ。
米国内でも、パブリックシチズンらNGOは、粘り強くTPPに警鐘を鳴らし続ける。
(6)いま米国は「苦境」に直面している。来年の中間選挙までにTPP妥結を成果としてあげたいオバマ政権だが、事態はそれどころではない。
国内財政問題のため、大統領が外遊できないほど深刻化した。
米国通商部(USTR)の公式ウェッブサイトも、更新できなくなった(APEC終了直後の10月9日現在)。
USTRは資金難で、10以上の分野別「中間会合」も、そのほとんどが米国にとってコストのかからない北米(米国、カナダ、メキシコ)で開催されている。
(7)米国政府は、各国と軋みを生んでいるだけではない。米国内の財界と、足並みが乱れつつある。
米国財界は、高い自由度の貿易協定、知的財産分野における特許保護を望んでいる。自分たちの獲得目標が、「形だけの合意」、つまり妥結を急ぐ政府によって二の次にされてしまうことを懸念している。
米政府と財界の間に齟齬が生じている。
□内田聖子(アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長)「「結論ありき」で中身はボロボロ TPP「年内妥結」声明も綻びはじめた米政府と財界」(「週刊金曜日」2013年10月18日号)
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【参考】
「【TPP】は企業権益拡大のための協定 ~リーク文書~」
「【TPP】秘密交渉の裏側/多国籍企業群がTPP妥結に圧力」
「【TPP】数百万人の命を左右するEU・インドのFTA ~対岸の火事?~」
「【食】モンサントの不自然な食べもの」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~」
「【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~」
「【TPP】持続可能な農業を ~いま必要な政策~」
「【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知」
「【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~」
「【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~」
「【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~」
「【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~」
「【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加」
「【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~」
「【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~」
「【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~」
「【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~」
「【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~」
「【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~」
「【経済】中野剛志『TPP亡国論』」
「【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ」
「【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」」
「【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~」
「【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~」
「【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差」
「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~」
「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~」
「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~」
「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~」
「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~」
「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判」
「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~」
「【震災】復興利権を狙う米国」
「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~」
【注1】10月上旬のAPEC首脳会議(インドネシア・バリ島)の合間にTPP参加国首脳による会合を持ち、その後直ちに「年内妥結」を高らかに表明する。
【注2】米国内の財政問題による政府機能停止のため。
(2)の10月8日、TPP参加国首脳会合後、各国は「年内妥結」と表明した。しかし、中身は「年内妥結」にほど遠い。知的財産問題、環境、国有企業問題、市場アクセスなど、各国の対立点の溝は大きい。
特にマレーシアは、ペルー交渉(5月)の頃から、対米姿勢をはっきり打ち出してきた。
(a)知的財産・・・・米国は大手製薬会社の特許保護による利潤追求を主張する。他方、マレーシア/ベトナムは、国内にエイズ患者を多数抱え、特許保護による薬価高騰、ジェネリック薬へのアクセス困難を懸念する。対立は鮮明であり、ここには「利潤か、命か」という本質的な問いが含まれている。
(b)環境・・・・米国・日本などは先進国で確立している高い環境基準を求めている。他方、マレーシア/ベトナム/シンガポールなどは抵抗を示す。
(c)農産品の関税・・・・2国間交渉レベルでしか進んでいない。
(d))ISD条項・・・・最近、ニュージーランドも反対に回った。
(3)交渉は複雑化している。背景に、米国主導で進められてきた「徹底した市場主義」を自国に当てはめると、国内の貧困悪化、不安定化を招く、というアジア・中南米諸国の事情、交渉を我が物顔で牛耳ってきた米国への不満がある。
米国は、こうした対立をすべて覆い隠して「年内妥結」の形式を必死で取り繕う。しかし、「年内妥結など絶対無理」と言う交渉官が多い。
(4)TPPは「徹底した秘密交渉」だ。マレーシアはしかし、自国の判断でさまざまな形での説明、情報公開を国民に対して行っている。
<例1>「29章あるとされる交渉テキストのうち、すでに14章が確定している」と政府発表。
<例2>交渉会合直後、国民の誰もが自由に参加できる説明会を実施。
「マレーシアは、TPP交渉で決してイエスマンにはならない。閣議や国会審議を経て参加を決め、国民に説明責任を果たす。そのために年内妥結ができなくても問題ではない」【ナジブ・マレーシア首相】
政府にはマレー財界からの強い圧力がかかっているが、他方、マレーシアのエイズ患者支援団体、医療団体、NGOなどが政府に粘り強いロビー活動を行っていて、その成果が政府の姿勢に影響を与えている。
(5)マレーシア以外の国々も、米国主導の交渉と極度に秘密裡進められる交渉そのものに対する抵抗を少しずつ示し始めた。
ペルーやチリの国会議員は、自国政府に対し、情報公開を求める動きを起こしている。
ニュージーランドでは、APEC前に、「テキストを公開せよ(Expose Text)」「これは民主主義ではない」というスローガンの大キャンペーンが始まった。「企業の利益か、民主主義か」という重大な問題提起だ。
米国内でも、パブリックシチズンらNGOは、粘り強くTPPに警鐘を鳴らし続ける。
(6)いま米国は「苦境」に直面している。来年の中間選挙までにTPP妥結を成果としてあげたいオバマ政権だが、事態はそれどころではない。
国内財政問題のため、大統領が外遊できないほど深刻化した。
米国通商部(USTR)の公式ウェッブサイトも、更新できなくなった(APEC終了直後の10月9日現在)。
USTRは資金難で、10以上の分野別「中間会合」も、そのほとんどが米国にとってコストのかからない北米(米国、カナダ、メキシコ)で開催されている。
(7)米国政府は、各国と軋みを生んでいるだけではない。米国内の財界と、足並みが乱れつつある。
米国財界は、高い自由度の貿易協定、知的財産分野における特許保護を望んでいる。自分たちの獲得目標が、「形だけの合意」、つまり妥結を急ぐ政府によって二の次にされてしまうことを懸念している。
米政府と財界の間に齟齬が生じている。
□内田聖子(アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長)「「結論ありき」で中身はボロボロ TPP「年内妥結」声明も綻びはじめた米政府と財界」(「週刊金曜日」2013年10月18日号)
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【参考】
「【TPP】は企業権益拡大のための協定 ~リーク文書~」
「【TPP】秘密交渉の裏側/多国籍企業群がTPP妥結に圧力」
「【TPP】数百万人の命を左右するEU・インドのFTA ~対岸の火事?~」
「【食】モンサントの不自然な食べもの」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~」
「【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~」
「【TPP】持続可能な農業を ~いま必要な政策~」
「【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知」
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「【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~」
「【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~」
「【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~」
「【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加」
「【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~」
「【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~」
「【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~」
「【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~」
「【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~」
「【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~」
「【経済】中野剛志『TPP亡国論』」
「【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ」
「【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」」
「【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~」
「【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~」
「【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差」
「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~」
「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~」
「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~」
「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~」
「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~」
「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判」
「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~」
「【震災】復興利権を狙う米国」
「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~」
「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~」