(1)市場に奪われる公教育
企業群の強い要請で、政府は公教育の民営化を推進し始めた。政府は、公教育の予算を減らし続けている。次のの2つによって、公立学校がどんどん廃止されている。
(a)学力テストの結果によって予算に格差をつける教育改革、
(b)バウチャー制度
(b)は、福祉・教育・社会保障などの行政サービスに競争原理を導入する。経済界の強い働きかけによって誕生した。行政が各家庭にバウチャーを配り、「選択の自由」が与えられる仕組みだ。サービス提供側は、選ばれなければ補助金が出ないため、必死に「営業」しなければならない。
(b)によって民間のチャータースクールを選ぶ親が増えたため、公教育予算が次々に民間のチャータースクールに移っていった。むろん、移るのこができるのは、バウチャーとの差額を自己負担できるだけの経済力がある世帯だけだ。
経済力がない世帯は公立を選ぶ。
しかし、学校はただでさえ予算が少ない上に生徒数が減り、その苦しい条件下で全国一斉学力テストでの高い平均点を要求される。国が設定したノルマを達成できなければ、さらに予算が減らされるから、今度は学校設備や人件費を減らさねばならない。こういう悪循環に陥ってしまう。
1960年代に一世を風靡したチャータースクールの目的は、当初、規制緩和によって公立学校に足りない要素を明らかにし、子どもたちのために公教育全体を改善することだった。
だが、多国籍企業(教育ビジネスを含む)の拡大とともに、チャータースクールに資金を出す側の立ち位置は、かつての「慈善事業」から、マネーゲームとしての「投資」に代わりつつある。
教育の目的が利益の最大化となれば、学校全体のレベルをあげるために、富裕層の成績がよい子どもたちばかり入学させるようになる。低所得層やマイノリティの子どもたちが通う公立学校は、平均点が総じて低く、競争に負けて廃校になってしまう。かくして、失業した教師、教育難民となる生徒が増えていった。
教育ビジネス業界は、大々的キャンペーンで公立学校をバッシングし、大口献金を通して教育民営化促進議員を増やし、関連法案を通過させている。同業界から多額の献金を受けたブッシュ、オバマ両政権を筆頭に、公教育民営化が政府によって精力的に推進された。
全米のほとんどの自治体が赤字財政の中、政府は教育予算を賞金にした「学校民営化レース」を開催する。公立学校がチャータースクールに置き換えられるスピードは、年々速度を増している。
「結果」を出せない教師が解雇または非正規社員にされるため、組合は徐々に解体されていく。
2009年以来、米国内では30万人の教師が失職し、4,000校の公立学校が閉鎖された。
質の良い市民を育てることで社会的共通資本という価値をもたらす公教育を、企業の求める短期間で成果を出す商品にすることで、失われるものは少なくない。
(2)手軽で安価な、しかし栄養のない給食
財政難の公立学校は、大幅なコストカットを余儀なくされる。そこにやって来るのが、ファストフードや大手外食チェーン企業の営業マンだ。
彼らが提供するランチメニューは、どれも手がかからない。湯をかけるだけのインスタント食品。電子レンジで1分間温めるだけの冷凍プレートや加工食品。高カロリーなので少量で満腹になり、何と言っても材料費が安い。
地元の食材を栄養士の指導の下に給食のおばちゃんが手をかけて作るランチよりも遙かに費用が安くてすむ。
だが、栄養素のない簡易ランチ(ハンバーガー・ピザ・清涼飲料水など)は、遺伝子組み換え食材や大量の砂糖、質の悪い油分や添加物がたくさん入っている。チキンナゲットなどで使う肉も、抗生物質を大量に投与して効率よく太らせた安い肉だ。規制緩和で業界が寡占化し、零細農家が消滅して、家畜は数社の大企業が大量に詰め込む工場式畜産が主流になった。子どもの肥満率が昔に比べて跳ね上がった。虫歯や糖尿病の発症率も増えた。その子どもたちの集中力は落ちるし、その医療費負担が家計に重くのしかかる。
3人に1人の子どもが健康を著しく損なうレベルの肥満だ。深刻な社会問題となった。ただし、公教育の民間への切り売りが肥満児増大の原因として問題提起されることは決してない。公立学校は、外食チェーン企業にとって「ドル箱」の大市場だからだ。
肥満対策として「もっと体を動かそう」にも、予算カットで経済的に追い詰められた公立学校は、真っ先に体育の授業を廃止する。公教育の予算獲得競争は、対象となる2科目の点数で決まるから、それと直接関係ない体育・絵画・音楽・道徳の授業は次々に切り捨てられてしまうのだ。
給食は、コストのみならず質も落ちた。財政難で選択肢のない公立学校はファストフードや大手安売りチェーン店と契約せざるを得ない。
学校に選択肢はない。公教育の民営化は、学校現場や自治体から教育に関する主権を奪う。資金を融資した投資家が校長でなく民間のマネージャーを置くチャータースクールも、政府の教育予算カットで学校機能を民間に切り売りする公立学校も、そこにいない企業本社に統御され、教育費はそちらに流れてしまう。
企業が競合相手を排除するために、生産工程の異なる企業群を提携、合併、買収などによって統合する(「ピラミッド型支配」)。この手法で世界トップとなった一例がスーパーマーケットの最大手ウォルマートだ。
同社が参入する際、その地域の小規模生産者、街の小売業者は瞬く間に飲み込まれてしまう。大手以外は淘汰され、安売りチェーンに卸してもらわないと生き残れない構図が、全体の価格を下げる。
その結果、地域社会の形骸化が全米を侵食しつつある。その土地特有の文化、伝統、消費者の選択肢や共同体のつながりは喪失する。
小売店の寡占化は、米国内における地方や都市の風景を似かよったフラットなものに変えていく。
株式会社化した国家では、株主と末端労働者の物理的距離が遠く、収入格差もすさまじい。ウォルマートのCEOの年収は20億ドル(2,000億円)だ。他方、従業員のほとんどは福利厚生もなく、時給8.81ドルの低賃金で、とても生活できず、政府の食糧援助に依存せざるを得なくなる。
□堤未果(ジャーナリスト)「株式会社化する国家 奪われる私たちの選択」(「世界」2013年11月号)
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企業群の強い要請で、政府は公教育の民営化を推進し始めた。政府は、公教育の予算を減らし続けている。次のの2つによって、公立学校がどんどん廃止されている。
(a)学力テストの結果によって予算に格差をつける教育改革、
(b)バウチャー制度
(b)は、福祉・教育・社会保障などの行政サービスに競争原理を導入する。経済界の強い働きかけによって誕生した。行政が各家庭にバウチャーを配り、「選択の自由」が与えられる仕組みだ。サービス提供側は、選ばれなければ補助金が出ないため、必死に「営業」しなければならない。
(b)によって民間のチャータースクールを選ぶ親が増えたため、公教育予算が次々に民間のチャータースクールに移っていった。むろん、移るのこができるのは、バウチャーとの差額を自己負担できるだけの経済力がある世帯だけだ。
経済力がない世帯は公立を選ぶ。
しかし、学校はただでさえ予算が少ない上に生徒数が減り、その苦しい条件下で全国一斉学力テストでの高い平均点を要求される。国が設定したノルマを達成できなければ、さらに予算が減らされるから、今度は学校設備や人件費を減らさねばならない。こういう悪循環に陥ってしまう。
1960年代に一世を風靡したチャータースクールの目的は、当初、規制緩和によって公立学校に足りない要素を明らかにし、子どもたちのために公教育全体を改善することだった。
だが、多国籍企業(教育ビジネスを含む)の拡大とともに、チャータースクールに資金を出す側の立ち位置は、かつての「慈善事業」から、マネーゲームとしての「投資」に代わりつつある。
教育の目的が利益の最大化となれば、学校全体のレベルをあげるために、富裕層の成績がよい子どもたちばかり入学させるようになる。低所得層やマイノリティの子どもたちが通う公立学校は、平均点が総じて低く、競争に負けて廃校になってしまう。かくして、失業した教師、教育難民となる生徒が増えていった。
教育ビジネス業界は、大々的キャンペーンで公立学校をバッシングし、大口献金を通して教育民営化促進議員を増やし、関連法案を通過させている。同業界から多額の献金を受けたブッシュ、オバマ両政権を筆頭に、公教育民営化が政府によって精力的に推進された。
全米のほとんどの自治体が赤字財政の中、政府は教育予算を賞金にした「学校民営化レース」を開催する。公立学校がチャータースクールに置き換えられるスピードは、年々速度を増している。
「結果」を出せない教師が解雇または非正規社員にされるため、組合は徐々に解体されていく。
2009年以来、米国内では30万人の教師が失職し、4,000校の公立学校が閉鎖された。
質の良い市民を育てることで社会的共通資本という価値をもたらす公教育を、企業の求める短期間で成果を出す商品にすることで、失われるものは少なくない。
(2)手軽で安価な、しかし栄養のない給食
財政難の公立学校は、大幅なコストカットを余儀なくされる。そこにやって来るのが、ファストフードや大手外食チェーン企業の営業マンだ。
彼らが提供するランチメニューは、どれも手がかからない。湯をかけるだけのインスタント食品。電子レンジで1分間温めるだけの冷凍プレートや加工食品。高カロリーなので少量で満腹になり、何と言っても材料費が安い。
地元の食材を栄養士の指導の下に給食のおばちゃんが手をかけて作るランチよりも遙かに費用が安くてすむ。
だが、栄養素のない簡易ランチ(ハンバーガー・ピザ・清涼飲料水など)は、遺伝子組み換え食材や大量の砂糖、質の悪い油分や添加物がたくさん入っている。チキンナゲットなどで使う肉も、抗生物質を大量に投与して効率よく太らせた安い肉だ。規制緩和で業界が寡占化し、零細農家が消滅して、家畜は数社の大企業が大量に詰め込む工場式畜産が主流になった。子どもの肥満率が昔に比べて跳ね上がった。虫歯や糖尿病の発症率も増えた。その子どもたちの集中力は落ちるし、その医療費負担が家計に重くのしかかる。
3人に1人の子どもが健康を著しく損なうレベルの肥満だ。深刻な社会問題となった。ただし、公教育の民間への切り売りが肥満児増大の原因として問題提起されることは決してない。公立学校は、外食チェーン企業にとって「ドル箱」の大市場だからだ。
肥満対策として「もっと体を動かそう」にも、予算カットで経済的に追い詰められた公立学校は、真っ先に体育の授業を廃止する。公教育の予算獲得競争は、対象となる2科目の点数で決まるから、それと直接関係ない体育・絵画・音楽・道徳の授業は次々に切り捨てられてしまうのだ。
給食は、コストのみならず質も落ちた。財政難で選択肢のない公立学校はファストフードや大手安売りチェーン店と契約せざるを得ない。
学校に選択肢はない。公教育の民営化は、学校現場や自治体から教育に関する主権を奪う。資金を融資した投資家が校長でなく民間のマネージャーを置くチャータースクールも、政府の教育予算カットで学校機能を民間に切り売りする公立学校も、そこにいない企業本社に統御され、教育費はそちらに流れてしまう。
企業が競合相手を排除するために、生産工程の異なる企業群を提携、合併、買収などによって統合する(「ピラミッド型支配」)。この手法で世界トップとなった一例がスーパーマーケットの最大手ウォルマートだ。
同社が参入する際、その地域の小規模生産者、街の小売業者は瞬く間に飲み込まれてしまう。大手以外は淘汰され、安売りチェーンに卸してもらわないと生き残れない構図が、全体の価格を下げる。
その結果、地域社会の形骸化が全米を侵食しつつある。その土地特有の文化、伝統、消費者の選択肢や共同体のつながりは喪失する。
小売店の寡占化は、米国内における地方や都市の風景を似かよったフラットなものに変えていく。
株式会社化した国家では、株主と末端労働者の物理的距離が遠く、収入格差もすさまじい。ウォルマートのCEOの年収は20億ドル(2,000億円)だ。他方、従業員のほとんどは福利厚生もなく、時給8.81ドルの低賃金で、とても生活できず、政府の食糧援助に依存せざるを得なくなる。
□堤未果(ジャーナリスト)「株式会社化する国家 奪われる私たちの選択」(「世界」2013年11月号)
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