【高橋克彦】の立石寺 ~広重殺人事件~
12月24日。クリスマス・イブの日。
仙台から山形に繋がる仙山線。県境にゆったりとした稜線を見せる面白山(おもしろやま)の麓近くにある山寺駅。その駅のホームに、冷たい風を庇(かば)い合い寄り添った二人の男女が下り立った。想像していたよりも雪は少ない。今年は記録的な暖冬だ。二人の暮らしている盛岡にも、まだ雪らしい雪は一度も降っていない。それでも、やはり寒さは相当なものだった。真正面に巨大な烏帽子の形をして聳えている宝珠山(ほうじゅさん)から、夕日を受けて砕けたガラスのように輝いた霙(みぞれ)が二人に襲いかかってきた。山が黒いせいで、そこにだけ霙がはっきりと見えるのだ。二人の吐く息も白く流れる。
津田良平と冴子はしばらく山を眺めた。
「まるでブラック・ホールだな」
実際は霙が山に吸い込まれて行くのではなく、その反対なのだが・・・・
「ここに芭蕉が来たのね」
威圧された顔で冴子は山を見上げた。この宝珠山は全山が一つの寺の境内となっている。正式名は立石寺(りっしゃくじ)。一般には山寺の名で親しまれている、東北きっての名刹だ。およそ三百年前に松尾芭蕉がこの山寺を訪れ--閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉の声--の句を詠んだことで記憶している人間も多いだろう。山そのものが修行の場であるとは耳にしていた冴子だったが、そのあまりにも険(けわ)しい山容にたじろぎを覚えた。太い蝋燭(ろうそく)が地上に突き立てられているという形容が当たっている。霙と夕陽が加わって、まるで山水画の世界だと冴子は感じた。
□高橋克彦『広重殺人事件』(講談社、1989/後に講談社文庫、1992)最初の章「赤い糸」から引用
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12月24日。クリスマス・イブの日。
仙台から山形に繋がる仙山線。県境にゆったりとした稜線を見せる面白山(おもしろやま)の麓近くにある山寺駅。その駅のホームに、冷たい風を庇(かば)い合い寄り添った二人の男女が下り立った。想像していたよりも雪は少ない。今年は記録的な暖冬だ。二人の暮らしている盛岡にも、まだ雪らしい雪は一度も降っていない。それでも、やはり寒さは相当なものだった。真正面に巨大な烏帽子の形をして聳えている宝珠山(ほうじゅさん)から、夕日を受けて砕けたガラスのように輝いた霙(みぞれ)が二人に襲いかかってきた。山が黒いせいで、そこにだけ霙がはっきりと見えるのだ。二人の吐く息も白く流れる。
津田良平と冴子はしばらく山を眺めた。
「まるでブラック・ホールだな」
実際は霙が山に吸い込まれて行くのではなく、その反対なのだが・・・・
「ここに芭蕉が来たのね」
威圧された顔で冴子は山を見上げた。この宝珠山は全山が一つの寺の境内となっている。正式名は立石寺(りっしゃくじ)。一般には山寺の名で親しまれている、東北きっての名刹だ。およそ三百年前に松尾芭蕉がこの山寺を訪れ--閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉の声--の句を詠んだことで記憶している人間も多いだろう。山そのものが修行の場であるとは耳にしていた冴子だったが、そのあまりにも険(けわ)しい山容にたじろぎを覚えた。太い蝋燭(ろうそく)が地上に突き立てられているという形容が当たっている。霙と夕陽が加わって、まるで山水画の世界だと冴子は感じた。
□高橋克彦『広重殺人事件』(講談社、1989/後に講談社文庫、1992)最初の章「赤い糸」から引用
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