★川喜田二郎『発想法 創造性開発のために』(中公新書、1967/改版、2017)
(承前)
(5)本書が刊行された1967年時点では、フィールド・ワークという言葉は一般的でなかった。だから、川喜田はフィールドワークの意味について丁寧に説明する。
<「フィールド」は、おもしろいことに、物理学における電場とか磁場とかいう言葉における「場」にもあたる。つまり野外科学はある意味では「場の科学」なのである。あるいは「現場の科学」だといってもよい。ひとしく経験を基礎にして現実界を研究の対象にするといっても、研究態度によって実験室的科学と現場の科学の双方が成り立つことを、これで理解していただけただろう。>
フィールドで得た情報から内在的論理をつかむための内部探検が重要であると川喜田は指摘する。
<もし問題が個人的な門出会いだとすると、それをはっきり提起するためには、自分の頭の中を探検しなければならない。それゆえ、この手続きを、かりに「内部探検」と呼んでおこう。
問題提起のために内部探検をすることは、はなはだ重要であるにもかかわらず、これを忘れたり軽視したりする人びとがじつに多い。ということはおそらく、特に技術らしい技術もいらないようにみえ、自分の頭の中で多少努力すればそれくらいのことはいわれなくてもわかると、たかをくくっているからであろう。しかしながら、この「内部探検」をごまかしなくやっておくと、おおいに利益をうることがある。最大の功徳は、内部探検によって、その後の努力目標がはっきりし、問題解決に向かって注意力が集中することである。
じっさいに内部探検をやってみると、極端な場合はこういうことすらある。すなわち、はじめは漠然と、問題がただ一つだと思っていたところが、内部探検の結果、じつはぜんぜんちがう問題が二つ重なっていたことがわかることさえある。われわれは自分の問題だから、自分にはよくわかっているように思いこんでいるのだが、じつは上記のように一度外部に表現し、それをフィードバックしないと信用できないのである。>
(6)もっとも川喜田は、どのように内部探検を行い、どうやって内在的論理をとらえるかについて具体的なことを述べていない。
このような「秘儀」に依存する部分がKJ法には多い。職人的技法は経験によって伝授されるしかない、と川喜田が考えているからだろう。また、カードには鍵になる言葉を1行だけで表現しなくてはならないが、ここでは文学的な才能も求められる。KJ法を習得するためには、努力だけでなく、才能が必要とされる。このような川喜田の発想は、英国経験論と親和的だ。このことを川喜田も隠さない。
<英国人は、足もとの経験を重視する点で、どうも西欧の大陸に住むフランス人の理性万能主義プラス・インスピレーション依存型とは、ある意味で対照的である。しかし日本人の「実感信仰」とちがうのは、彼らはこの経験から出発して、それを理論にまで練りあげていく、何重もの複雑な統合化にたいへんな自信を持っていることである。(中略)アダム・スミスの『国富論』における均衡理論や、マルサスの『人口論』における「人口は幾何級数的に、食糧は算術級数的にしかふえない」との理論は、たしかにともに普遍的理論の主張である。そして、すべての理論は、たしかに常に普遍的理論の主張である。また、すべての理論は、例外を認めたがらない傾向がある。
ところが『国富論』も『人口論』も、注意ぶかく読めば、理論に対する例外があるかもしれないことを、経験上暗に許容しているのである。こういうところは、スッキリ好みのフランス人やドイツ人の理論家が耐ええないところであろう。このような「経験から理論まで」の蒸溜能力に、無類の自信をもっているのが、アングロサクソン、ことに英国人だと思われる。つまり、「こういう高等な大脳のシワの深さを持っているのはおれたちだけだろう。くやしければやってみろ」というわけだ。>
(7)「くやしければ、やってみろ」というのは、KJ法を科学ではないと批判する人たちに向けた川喜田の思いでもある。そして、KJ法は英国経験論哲学を実技に移したものであると川喜田は宣言する。
<この見地からいうと、KJ法的な発想法は、まさに英国人のこの経験論哲学を実技に移したもののようである。実技に移すことによって、英国人だけの独占的能力と思われたものを、各国民に解放してしまう手法である。またそれによって、貴族と庶民の垣根をとりはずすにいたるところのなにものかである。逆にいえば、精神においてKJ法とおなじでありながら、それを名人芸として「いうにいわれぬ」伝統に頼って実行していたにすぎない英国人は、KJ法によってもっともショックをうけるだろう。>
KJ法は英国経験論哲学が考えるところの現実をできるだけ素直に受け止めるという方法を日本に土着化させる試みであった。
□佐藤優「総合的思考と英国経験論哲学/川喜多二郎『発想法 創造性開発のために』 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第47回~」(「文藝春秋」2017年8月号)
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【参考】
「
【佐藤優】総合的思考と英国経験論哲学 ~川喜田二郎『発想法』~」