語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>高放射線量の中古車が流通している

2011年11月16日 | 震災・原発事故
 高放射線量で輸出差し止めになった中古車が、国内で再流通している。
 驚くべし、国内市場では放射性物質に汚染された中古車の流通に何の規制もないのだ。110μSv/時という高放射線量が検出されて輸出できなかった中古ミニバンも、国内の業者向けオークション会場に出品されている。
 ある1台の高放射線量の車は、大阪市、神戸市、千葉県と動いたところまで判明したが、最終的に誰の手に渡ったのかは、いまだに不明のままだ。

 海外向けと国内の対策に落差がある。
 (a)国交省は、4月に輸出コンテナのガイドラインを定め、大気中の放射線量の3倍を超える場合は除染を求めた。港湾荷役の労使協定で全台検査が8月から始まり、毎時0.3μSv/時以上の中古車は貨物船に積めなくなった。
 (b)国内のオークション会場では、走行距離や傷の有無などは調べるが、放射線測定は義務づけられていない。

 全国で9月に貨物船への積み荷を拒否された車は、全体の約1%にあたる660台だ。【日本港運協会】
 こうした車は、国内オークションに回されている。【日本中古車輸出業協同組合の幹部】
 110μSv/時の車に妊婦や乳幼児が乗る可能性もあるのだ。

 放射線への知見がなく、うちの省だけではどうにもならない・・・・と、中古車流通を所管する経産省はいう。
 福島県ナンバーの車は「風評被害」にさらされている。中古車業者は、故意にナンバーを外して県外に売るのが常態化している。
 国や業界の無作為は、業者やユーザーの疑心暗鬼を助長している。車が安全な場合、安全であることを証明できれば、風評も生まれまい。

 以上、山田明宏(本紙社会部)「中古車流通 放射線検査を義務づけよ ~記者有論~」(2011年11月16日付け朝日新聞)に拠る。
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【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~

2011年11月16日 | 社会
 TPPの問題点の一つにISD(Investor State Dispute)条項が挙げられることがある。相手国政府の政策で企業が損害を被った場合、政府を提訴して賠償金を請求できる仕組みだ。
 この条項が一方的に米国にだけ有利に働く、とは言えない。日本もまた、米国政府の不当な政策を提訴できるからだ。
 判定は世界銀行傘下の仲裁委員会で行われる。米国企業が自らの利益のために結論を一方的左右できるわけではない。米国議会を相手ににするよりは、公平な結果を期待できるだろう。

 1980年代、日米貿易摩擦の中で「スーパー301条」が登場した。「包括的通商・競争力強化法」の対外制裁に係る条項の一つだ。貿易相手国の不公正な取引慣行に対して当該国と協議し、問題が解決しない場合に報復関税を設定しうる、とした。
 日本政府が教育用コンピュータのOSとして「トロン」を採用しようとした。米国通商代表部は、トロンをスーパー301条に登録した。ために、トロンの市場進出がブロックされた、と言われる。
 ISD条項があれば、日本は米国政府を提訴できた。スーパー301条は、国際的に悪評高い措置だったから、日本が勝てた可能性は十分にある。
 ただし、現在の状況は80年代とはかなり違う。製造業の分野で日本企業が提訴されるような事態は、もう考えにくい。

 現代世界で提訴される可能性が最も高いのは、中国政府だ。
 数年前に、グーグルは中国政府と衝突した。ISDがあれば、グーグルは中国政府を提訴しただろう。
 知的財産権がからむ問題で、中国には問題が多い。

 この点からしても、中国が米国とFTAやTPPを締結しないだろう。
 米国の輸入関税がゼロになったら、その分さらに中国の対米輸出が伸びる、というわけではない。関税率いかんに拘わらず、中国の対米輸出は伸びるのだ。
 ISDという要件が加われば、中国がTPPに入るインセンティブはまったくない。

 以上、野口悠紀雄「タイへの一極集中はFTAによる歪み ~「超」整理日記No.586~」(「週刊ダイヤモンド」2011年11月19日号)に拠る。

 【所見】
 ここで野口は、ISD条項を擁護・・・・とまでいかなくても、否定はしていない。
 しかし、それはIPPに与する意図を表明しているわけではない。否、逆にTPPにはまったく反対だ【注1】。野口がIPPに反対する理由の一つは、TPPによる輸出増加効果はたった0.4%しかない、という点だ。
 その傍証となるデータを前掲「「超」整理日記No.586」で紹介している。10月25日に内閣府から発表された試算がそれで、TPPの実質GDP増大効果は0.54%(金額では2.7兆円)だ。しかも、これは、直ちに発生する効果ではなく、今後10年間程度の期間において生じると期待される効果だ。年間に2,700億円だ。仮にGDP増大効果が10年間等率で進行するとすれば、年平均増加率は0.0539%。金額で2,695億円だ。要するに、事実上、効果がない。
 本旨から逸れるが、野口の「スーパー301条」の取り扱い方が興味深い。
 伊東光晴は、スーパー301条を米国の一方主義の代表的な例としてあげる【注2】。他方、野口は、ISD条項によって対抗しうる例としてスーパー301条をとりあげる。

 【注1】語り手:野口悠紀雄/聞き手:佐藤章(編集部)「「崩壊するのは製造業だ」」(「AERA」2011年11月21日号)
 【注2】「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~

 【参考】「【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
     「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
     「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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【大岡昇平ノート】沢村栄治の悲劇 ~原発・プロ野球創成期・レイテ戦記~

2011年11月15日 | ●大岡昇平
 読売新聞社主・正力松太郎といえば、その政治的野心をCIAに利用されて日本に原発を持ちこみ【注1】、結果として、3・11に東日本の山河に大量のセシウムが降り注ぐ遠因となった人物だ。
 正力は、原発にまだ手を出していないころ、野球少年に手を出した。
 読売新聞の全面ガラス張りの社長室で、17歳の少年とその父親の賢二に、正力は力強く言った。
 「とにかく日本の野球も必ず職業野球の時代がやってくる。だから栄治くんのことは僕に任せてくれないか。そのときだけの面倒をみるというのではなく、先の先まで面倒をみるから、正力を信用して万事お任せください」
 元警察官僚の正力は、この親子の信頼を踏みにじった。少年は後に三度も応召し、最後に海の藻くずと消えた。

 沢村栄治は、京都商業時代、大阪の名門の市岡中との対戦で、延長13回に奪三振31個という超弩級の記録を残している。
 1934年年11月20日、沢村は一躍その名を全国に知られた。アメリカメジャーリーグ選抜軍相手の「日米大野球戦」第9戦で9奪三振の完投を果たしたのだ。1回裏一死からは4連続で三振を奪った。そのなかには、3番ベーブ・ルース、4番ルー・ゲーリックがいた。結果的には、7回に、大リーグで三冠王を達成したゲーリックにホームランを打たれて1対0で敗れはしたものの、17歳にして快投した沢村を大リーガーたちは「スクール・ボーイ」の愛称を捧げた。

 この沢村に目をつけたのが、市岡忠男・読売新聞運動部長だ。
 市岡は、早稲田大学の先輩、政界のフィクサー的な森伝を訪ねた。森は、右翼から宗教関係者まで広く顔のきく秋本元男を京都に送った。
 京都商業の近くに等持院がある。その住職、栂道節は若年時、関精拙・天龍寺管長のもとで修行した。関は、政界のフィクサー的怪僧だった。彼のもとには、戦前の軍人、政治家をはじめ、右翼から左翼まで集まり、さながら梁山泊だった。
 秋本の父、武男は陸軍少将で、関とつながりがあった。その関を媒介にして、栂と秋本が結びついたことが、沢村獲得の大きな決め手となった。
 栂は、沢村が通う京都商業校長の辻本光楠と昵懇の仲なのだった。

 準備中の「大日本東京野球倶楽部」に沢村を参加させる内輪話が行われたのは、嵐山を前にした料亭だった。集まったのは、秋本、市岡、栂、辻本、それに沢村の京都での保証人であり親代わりだった伊東藤四郎の5人だった。
 伊東は、沢村の全日本軍入りに難色を示した。沢村は慶應義塾大学野球部監督の腰本寿のコーチを受けていること、沢村自身が慶大進学を希望していること、が反対の理由だった。
 辻本も、沢村の慶大進学を希望していた。しかし、市岡の説得に翻意し、沢村の身柄を市岡に一任する覚悟を決めた。
 なおも抵抗する伊東に対しては、「不肖この秋本が全責任をもつ」と秋本は話を打ち切った。

 冒頭で記した読売新聞社長室において、沢村の全日本軍入りが正式に決まった。
 1934年12月26日、「大日本東京野球倶楽部」(後の読売ジャイアンツ)が結成され、沢村は京都商業を中退してプロ入りした。
 翌1935年、「大日本東京野球倶楽部」は米国に遠征し、128日間、109試合を戦った。戦績は75勝負33敗1分けだった。生まれてまもない日本プロ野球と沢村の人生の、短い絶頂期だった。

 沢村のもとに最初の召集令状が届いたのは、全日本軍入りからわずか3年後の1937年のことだ。沢村は、その後さらに2度召集を受けた。
 3度も出征するという異常事態は、沢村の学歴と密接に関連していた。プロ野球選手の多くは、兵役延長を狙って、私立大学夜間部に籍を置く便法をとっていた。大学に籍があれば一時的に兵役を先に延ばすことができたし、出征しても幹部候補生の資格があるため激戦地への出征は免れることができた。
 だが、沢村には中学中退の学歴しかなかった。一兵卒として激戦地へ出征せざるをえなかった。
 慶応入りを望んでいた沢村を正力が強引に全日本軍入りさせたことが、沢村の悲劇の始まりだった。

 1938年4月、沢村は中国戦線に赴き、激戦地を転戦した。この時の最後の戦闘地は、78人の部隊中、生還者わずかに22人だった。この戦闘で沢村は、左掌に貫通銃創を受けた。
 1940年春、復員した沢村は再び巨人軍のユニフォームを着た。しかし、全盛期とは別人だった。2年間余の軍隊生活は、沢村の投手生命を完全に奪っていた。
 翌1941年10月、再召集を受け、フィリピン戦線で爆撃を受けて命からがら島に泳ぎ着くような戦闘を経て、1942年秋に復員した。三たび巨人軍のユニフォームを着たが、もはや1勝もあげることのできない体になっていた。
 1944年になって、新婚の妻のつてで兵庫県川西市の工員として働いていた沢村は、他日を期して巨人への復帰を打診すべく、巨人軍事務所を訪ねた。迎えた市岡忠男は、冷酷に馘首を告げた。読売の職員として残る道さえ断ち切った。直後に沢村の来訪を受けた鈴木惣太郎は、その顔はいままで見たことのないほど青ざめていた、という。
 沢村は、巨人軍から解雇されたことを、鈴木以外に、家族にも漏らさなかった。
 沢村の三度目の応召は、それから8ヵ月余の後の1944年10月のことだ。その2ヵ月後の12月2日、門司港からフィリピンに向かった。

 ちなみに、大岡昇平は沢村より5ヵ月早く、同年7月3日に門司港を出港している。当時も戦況は厳しかったが、まだ大岡には船中で生涯を回顧する余裕があった。しかし、その5ヵ月の間に、戦況は激変した。米軍がレイテ島に上陸した(10月20日)。そして、台湾沖航空戦(10月10~14日)があり、比島沖海戦(10月24~26日)があり、制空権を完全に失った。10月19日には神風特別攻撃隊が編成されている。
 「沢村が配属された津33連隊の主力部隊は、すでに比島派遣軍第16師団に編入され、マニラ付近に駐屯していた。沢村もこの部隊に合流し、レイテ島水際作戦に参加することになっていた」と佐野眞一は記す。
 レイテ戦は、投入兵力84,006名、戦没者79,261名。生還者2,500名。生還率は、わずかに3%にすぎない。三度目の応召で沢村の運命は定まった、とも言える。
 しかし、他方、仮に大岡昇平と同じく12日間を要してマニラに辿り着くことができたとすれば、到着は12月14日だ。レイテ島決戦が事実上放棄された日だ【注2】。12月18日には、大本営はレイテ島決戦放棄を決定している。沢村がレイテ島に派遣されずに終戦まで生き延びた可能性は捨てきれない。

 現実には、マニラに到着することさえできなかった。沢村を乗せた輸送船は、台湾沖を過ぎるあたりで魚雷に襲われ、轟沈した。沢村は海没した。
 享年27。長女は、生後3ヵ月にも達していなかった。

 【注1】有馬哲夫『原発・正力・CIA -機密文書で読む昭和裏面史-』(新潮新書、2008)
 【注2】「【大岡昇平ノート】『レイテ戦記』にみる第26師団(3)

 以上、佐野眞一同「沢村栄治の巨人入団と京都人脈 ~新忘れられた日本人171~」(「サンデー毎日」2011年11月6日号)、同「沢村栄治の三度の召集と中学中退の経歴 ~新忘れられた日本人172~」(前掲誌11月13日号)、同「沢村栄治をクビにした巨人の非情 ~新忘れられた日本人173~」(前掲誌11月20日号)に拠る。
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【心理】祝! 楽天・マー君の沢村賞初受賞

2011年11月14日 | 心理
 楽天・マー君が沢村賞を受賞した【注1】。
 ファンの一人【注2】として拍手を送りたい。
 それにつけても思うのは、この賞に名を冠された沢村栄治のことだ。
 その悲劇的な小伝を「沢村栄治の悲劇 ~原発・プロ野球創成期・レイテ戦記~」と題して、明日アップしたい【後注】。
 
 【注1】記事「マー君、沢村賞初受賞!ダルとの一騎打ち僅差で制す…楽天」(2011年11月14日19時15分 スポーツ報知)。
 【注2】「【心理】楽天・マー君に凄みが出た秘訣 ~変わる人は変わる~
 【後注】「【大岡昇平ノート】沢村栄治の悲劇 ~原発・プロ野球創成期・レイテ戦記~
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【震災】原発>セシウムが覆う日本の山河

2011年11月14日 | 震災・原発事故
 福島第一原発が放出した放射能の絶対量は如何ほどか。
 10月に入って、ヨーロッパでは新たな報告書が次々に出た。原子力安全・保安院や東京電力の試算(6月)よりはるかに多い。
 空中に放出された放射性セシウムは、チョエルノブイリ原発事故による放出量の4割(3.58京Bq)。【ノルウェーなど欧米の研究者】
 海洋に放出された放射性セシウム137は、2.71京Bqで、東京電力が推定した940兆Bqのほぼ30倍。【フランス放射線防護原子力安全研究所】

 会津磐梯山の紅葉は美しい。美しい日本の山河が、福島第一原発が放出したセシウムによって汚染された。
 日本列島の脊梁山脈に降り積もったセシウムは、分水嶺にしたがって河口域に移り、危険を拡大する。
 今後、山間に降り積もった放射性物質は、秋の落ち葉に濃縮され、来春の雪解けとともに河川から海へゆっくりと流出していく。河川が、山中のセシウムを集めて流す樋の役割を果たすのだ。そして、河口域の土壌に深く浸透していく。これら放射性物質は、海に拡散して希釈されることなく、沿岸地帯で有機化されて生体内に入りやすくなる。とてつもなく汚染を拡大していく。
 チッソ工場の排水口から海へ流れた有機水銀が、食物連鎖によって人体に対する被害を深刻化させたように。
 1980年代に英国ウィンズケール(現セラフィールド)再処理工場で海洋放出されたプルトニウムが、有機化して海洋を浮游し、波の飛沫にのって内陸に運ばれ、周辺の住宅の掃除機の粉塵から検出されたように。

 福島県に源流がある阿武隈川は北へ流れて宮城県の海に出るのだ。
 日本海側にある新潟県の阿賀野川もまた、源流域は福島県にあり、相当汚染されている。
 山形県の最上川でさえ、源流域はかなり汚染されている。
 福島県から茨城県までを中心とした太平洋側では、それが一層顕著になる。久慈川、那珂川、利根川、江戸川、荒川、多摩川。
 さらに静岡県の富士川と大井川に至るまで、源流を探っていくと不安が高まる。
 これらの河川は、東日本の水道の水源でもある。

 太平洋の汚染は、ついに北海道の南東部の海域まで広がった。その海域をサンマ、サバ、サケが南下してきて、秋の戻りガツオも泳ぎまわる。
 そして、今もなお、福島第一原発から毎日数十億Bqの放射性物質が、空に海に、放出されている。

 以上、広瀬隆「山河にセシウムを降らせたのは誰だ! ~原発破局を阻止せよ33~」(「週刊朝日」2011年11月11日号)に拠る。
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【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差

2011年11月13日 | 医療・保健・福祉・介護
(1)二重の規制が日本国民の健康を守る
 日本の医療には、他国と比べて決定的に違う規制が2つある。
 (1)国民皆保険という「統制経済」が存在する。すべての国民は医療を公的保険によって給付される。
 (2)国民皆保険は、市場をほぼ100%独占する。診療報酬を決める全国一律の保険点数(「全国統一の規制価格」)により、医療費の水準自体を国家が抑え込んでいる(過去10年で言うとマイナス改訂)。
 他国には存在しないこの二重の規制によって、(a)医療機関はたいして利益を上げない一方、(b)世界一安くて質の高い医療がすべての人に平等に給付されてきた。その結果、(c)医療費が払えなくて破産したり、医療費が払えないために十分な医療が受けられないまま命を落としたりする事態は、日本においてはほぼ皆無だ。
 50年以上にわたって日常的に運営されてきたため、日本人には「空気」と同じような存在になり、その恩恵の大きさを認識できていない人がほとんどだ。

(2)TPPの原理
 TPPは、「2015年度までに農作物、工業製品、サービスなどすべての商品について、例外なしに関税その他の貿易障壁を撤廃する」ことが目標とされている。「サービス」には、金融や医療が含まれる。「その他の貿易障壁」には法律や食料安全基準などの制度が含まれる。
 だから、TPPの問題の本質は関税ではない。現在日本に存在するありとあらゆる規制(金融・医療・食糧・法律など)を他国(主として米国)に準じて「現在のグローバルスタンダードである市場原理に任せる」ことだ。

(3)TPPは国民皆保険を崩壊させる
 「すべての規制をなくす」自由市場主義にとって、国民皆保険、全国一律の点数制度は、営利企業が医療サービスで利益を上げる際の「障害」だ。よって、TPP参加は国民皆保険制度を崩壊させる。市場原理が支配するグローバルスタンダードに合わせると、そうなる。
 ちなみに、「自由な市場に委ねれば競争原理が働いて価格が下がる」ことは、医療では起こり得ない。医療は高度な専門性に立脚しており、情報面において患者は圧倒的に不利なため、価格メカニズムが十分に働かないからだ。世界一高い米国の医療費が証明しているように、医療費は国家の価格統制がなければ、とめどなく高騰していく。
 その結果、医療格差が生じる。大金持ちしか満足な医療を受けることができなくなる。中間層以下の人たちは十分な治療を受けられず、命を落とす事態が生じるかもしれない。良質の最新医療を受けるには、多くの家庭では借金しないと支払えないくらいの大金が必要になる。

(4)政府の詭弁
 政府の「現時点では交渉対象ではない」は詭弁だ。「直ちに健康に害はない」と同様に。
 日本がまだ参加していない時点では、「交渉対象にすらなっていない」のは当たり前だ。
 政府は、医療について「現時点では営利企業の参入や混合診療解禁は議論の対象外である」と説明している。しかし、TPP参加国の中で、国民皆保険で株式会社の医療への参入を阻害し、混合診療を禁止して、医療価格を全国一律の保険点数で統制し抑え込んでいる国は、日本以外にはない。
 TPPを巡る交渉の場では、参加国すべてが合意しなければならない。他の国とは全く異なる医療制度を持つ日本がTPP参加表明をするということは、「医療についても現在参加している国々に合わせて変化させることを表明した」のとほぼ同義だ。
 今後の交渉次第とはいえ、政府から日本の「国民皆保険」を守るビジョンが示されることなく、必要な予算措置もなされないのであれば、行く末は見えている。

 以上、多田智裕「明日の医療 日本の医療をグローバルスタンダードに引きずり落とすな TPP参加で確実に生じる医療格差」(JB PRESS)に拠る。

    *

 TPP参加で医療はどうなるか。
 高額で利益率の高い保険外診療が拡大し、公的医療保険の範囲が狭まる。健康保険料を納めながら、医療を受けられないという詐欺まがいのことが起きる。<例>歯科診療については、公的保険適用外のインプラント治療が盛んに進められ、インプラント専門の歯科医が増えて、低所得者層は虫歯の治療を受けにくくなる。
 ただでさえ医療過疎で医師は薄氷の思いの山間部から都会へ医師が流出する。コストに見合わない救急医療、産科、小児科は閉鎖に追い込まれる。

 よい実例は、米韓FTAによって、医療・医薬品分野の自由化が急速に進められている韓国だ。保険適用外特区にある仁川では、600床規模の米系企業の病院が建設中だ。すべて個室、治療費は健康保険で定められた医療費の6~7倍。自由診療の値段は病院経営者が決め、医薬品の価格や医療機器による検査料は言い値になる。

 以上、山田文夫/藤後里子「TPPで日本人の生活は超ピーピー」(「サンデー毎日」2011年11月13日号)に拠る。

    *

 「混合診療」は、今の日本では一部しか認められていない。<例>癌患者が抗癌剤と並行して保険適用外の免疫療法を行うと、両方とも「自由診療」になり保険が適用されなくなる。
 TPPに参加すると、米国の圧力により混合診療が解禁される。その結果、保険適用外の治療を行う医療機関が増える。患者の選択肢が広がる一方、病院や医薬品会社は保険適用にこだわらなくなり、多くの新薬が適用外のままとなる。効果不明な治療や薬が広まってしまう恐れがある。都会には高額な自由診療が増え、田舎からは「街のお医者さん」が姿を消す。国民皆保険制度は崩壊する・・・・。

 以上、記事「シミュレーションしてみました TPP推進派が描く“バラ色の未来”ってホント!?」(「週刊朝日」2011年11月18日号)に拠る。

 【参考】「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
     「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
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     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~ 

2011年11月12日 | 医療・保健・福祉・介護
 米国には、日本の公的医療保険はない。職域保険の政府管掌健康保険などはないし、ましてや地域保険の国民健康保険もない。
 あるのは、職場で加入する医療保険(民間の保険会社が保険者)だ。失職と同時に加入資格を失う。
 失業して職場のグループ保険の加入資格を失った場合でも、保険料をすべて自分で払い、保険を一定期間だけ延長することは可能だ。その場合、月に約600~800ドルの保険料を自腹で払い続けねばならない。収入が絶たれる中、高額の保険料を払い続けられる人は多くない。
 しかも、パート労働者の加入資格も打ち切られるようになった。小売り最大手のウォルマートは、コスト削減のため、週の勤務が24時間以下の新規パート労働者には医療保険を提供しない、と発表したのだ。現段階で保険に加入しているウォルマート社員それぞれの負担も、増加する見こみだ。
 ロサンゼルスでは、失業率が13%に迫ろうとする。カルフォニア州で医療保険に加入していない人は約840万人。ロサンゼルス郡の3割近くが無保険だ。

 低所得者向けに公的医療保険「メディケイド」があるが、利用に際して所得審査があり、失業しても、ある程度の資産があれば利用できない。メディケイドの適用を受けても、給付は限定的だ。歯科診療は特別な場合(<例>抜歯)を除いて給付されない。眼科診療も、緑内障の治療は受けられるが、視力検査は給付されない。かくて、虫歯の痛みや度の合わなくなった眼鏡の不自由さを抱えながら過ごしている人々が増えている。
 ちなみに、学生の医療保険(民間の保険)も、歯科診療は給付しない。自費で虫歯1本でも治せば、数百ドルから数千ドルかかる。
 無保険者でも、急病やケガなどの場合、救急病院を無保険で利用し、治療を受けることは可能だが、数千ドル以上の高額の請求書が届くことが多い。病院と直接交渉し、ローンを組めればよいが、そうでない場合、病院は回収業者に負債を売り、回収業者が取り立てる。その結果、自己破産するケースが増加中だ。マサチューセッツ州で行われた調査によれば、自己破産の原因の5割以上が医療費だった。

 オバマ政権が昨年通した医療保険改革法は、現行のメディケイドの拡大のほか、国民が私企業の医療保険を買うことで、現在無保険の3,000万人以上に保険を提供することを目標としている。今後10年間で約9,400億ドルを要するため、共和党は猛反発している。
 新法の国民の保険加入義務化は憲法違反だ、と提訴され、現在連邦最高裁で係争中だ。

 以上、長野美穂(ジャーナリスト)「歯と眼の治療は贅沢品 仕事と同時に失う医療保険 ~ロサンゼルス・無料クリニック報告~」(「AERA」2011年11月14日号)に拠る。

    *

 米国カルフォニア州のデンタルクリニックのホームページによれば、日本の医療保険自己負担分の3~10倍を支払わねばならない。
 <例1>抜歯1本117ドル(8,892円)
 <例2>麻酔185ドル(14,060円)
 <例3>銀の詰め物116ドル(8,816円)

 以上、山田文夫/藤後里子「TPPで日本人の生活は超ピーピー」(「サンデー毎日」2011年11月13日号)に拠る。

 【参考】「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
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【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~

2011年11月12日 | 社会
 ウォール街の占拠(オキュパイ・ウォール・ストリート、OWS)は、9月に始まった。
 一連のデモは「反格差」が目的と報じられているが、それは本質ではない。
 学生や若者中心と言われたが、実は中流の人たちが相当参加している点に注目すべきだ。主要な労働組合も支持を表明し、デモに参加した。
 これまでの米国のデモは、人種差別、女性問題、労働問題などピンポイントで要求を掲げ、そこに白人の中流層が参加する必要はなかった。しかし、今白人の中流層は失業中か、仕事はあっても教育や医療などの支出が高騰し、その日暮らしをせざるをえないワーキングプアになっている。
 デモ全体は、はっきりとした要求を打ち出していない。個別の要求を掲げれば、メディアによって矮小化されてしまう。要求の優先順序が参加者で異なるから、内紛のもとになる。だから、まずデモで街を占拠し、後から要求を出す。
 「フリーダム」や「99%」のプラカードがよく目に入る。今の米国では「1%の人」だけが政策や国のあり方を決め、「残り99%の国民」の声は政治やメディアに反映されない。その不満が、ワーキングプアの境遇に落とされた中流層を中心に広がっている。政治、仕事、メディアに国民が選択肢をもつ自由を求めているわけだ。

 米国では、大企業が政治に対してあまりに大きな力を持つに至った。二極化が進み、富がごく一部の投資家や金融機関に集中した。「強欲」を規制緩和が後押しして「合法システム」にしてしまったからだ。1980年代から加速し、リーマン・ショックで3,000万人を失業させた金融分野が「1%」を象徴する。
 米国で大統領になるには巨額の資金が必要だ。その資金を確保するには、大富豪、投資家、金融機関から支持を受けねばならない。「1%」の大資本が米国のあり方を決めるシステムができあがっている。米国はいまや「資本独裁国家」の代表だ。
 重要なのは、これが米国だけの問題ではないことだ。チリやブラジルなど南米諸国で左派政権に火がついた。そして、NAFTAのISD条項(投資家と国家間の訴訟制度)がカナダやメキシコにもたらしたもの、韓国の自主権を奪うかのような米韓FTA・・・・。
 TPPは、支持率が急落して再選が危ういオバマ大統領が、それによって「1%」に新たな市場、ビジネスチャンスを提供し、選挙資金を得る手段なのだ。

 「資本独裁国家」のコーポラティズムに対して、このたび、「99%」が初めて「ノー」という声をあげた。デモの核となる事務局の人たちはいう。「今回のデモは、おこぼれみたいに仕事をもらって終わりという性質ものではない。私たちは米国全体、世界全体で起きている同じ流れに対して抗議しているのです」
 TPPとウォール街デモは線でつながっている。 

 以上、堤未果(ジャーナリスト)「問われたのは「国家」の姿 コーポラティズムに国境はない」(「AERA」2011年11月14日号)に拠る。

 【参考】「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
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【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~

2011年11月11日 | 社会
●賛成
 TPP賛成派が主張する主なメリットは基本的に市場の拡大だ。人口減少で国内市場は縮小するのだから、アジア太平洋に市場を拡大してアジアの成長を取り込むべきという趣旨だ。
 それ以上にTPPには重要なメリットがある。それは、過去5年にわたって停滞している国内の改革を再度進めるためのドライバーとしての役割だ。
 小泉政権以降、格差が喧伝されてあらゆる改革が停滞する中で、生産性は向上せず、日本の様々な部門に非効率が温存されたままだ。その一方で民主党政権は予算のバラマキを続けているので、政策的には需要面のテコ入ればかりで供給面の改革が進まない。90年代と同じ状況だ。
 農業については、この15年で農業産出額は11兆円から8兆円に、生産農業所得は5兆円から3兆円に縮小している。ずっと衰退を続けている。貿易自由化以前の問題だ。その原因は農政の失敗、農業改革の欠如に他ならない。農協や小規模農家ばかりに配慮した結果、農地の大規模化も進まず、高関税による価格維持から農家の所得補償への政策転換も遅れたのだ。もちろん、野菜など品目によっては低い関税率の下でも競争力を高めているが、コメと農協に関しては明らかに改革が遅れ、非効率が温存されている。
 医療についても同様だ。高齢化が進む中で社会保障負担は膨張の一途を辿っているが、巨額の財政赤字を考えると医療の改革と効率化が不可欠だ。
 TPP反対の急先鋒である農協や医師会は、日本の農業が滅びる、国民皆保険が崩壊すると騒ぎ立てるが、その本音は、非効率な体制の下で享受している既得権益の維持が目的だ。
 すなわち、TPP賛成派と反対派の対立構造の本質は、改革を推進するか、非効率を温存して既得権益を維持するか、なのだ。
 残念ながら、民主党の執行部が、そうした正しい問題意識を持ってTPP交渉参加を目指しているとは思えないが。ちなみに、反対派が叫ぶ米国陰謀論(「米国が日本の市場を食い物にしようとしている」)のごときは、呆れて論評する気も起きない。

 日本は人口減少や少子高齢化、財政赤字の膨張、地方の疲弊、グローバル化への対応の遅れなど、様々な困難に直面しており、良かった時代のやり方を続けて非効率を温存し、既得権益を維持する余裕などもうない。行政改革、公務員制度改革、社会保障改革、農業改革、規制改革、地方分権改革など、改革すべき課題が目白押しだ。
 TPP参加は、日本が再度改革を進められるかを占う日本の将来にとって重要な試金石なのだ。
 もちろん、TPP交渉参加が決まっても、不安材料はたくさんある。現政権が国益を損なわないように交渉できるか、TPP交渉をドライバーにして国内での改革を推進するという戦略的な対応ができるのか、甚だ疑問だ。それでも、ダメ政権でも頑張ってもらわねばならない。

 以上、岸博幸(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)「TPPと大阪W選挙の共通点  ~岸博幸のクリエイティブ国富論【第163回】 2011年11月10日」(DIAMOND online)に拠る。

    *

●反対
 TPP賛成派がメリットとするものには根拠がない。内閣府は、TPPの経済効果として10年間に2.7兆円という数字を出した。年間にわずか2,700億円のために、農業や医療を犠牲にしてよいか。
 政府や推進論者は、TPPでアジアの成長を取りこむ、とまだ言い続けている。しかし、TPP交渉参加国9ヵ国プラス日本のGDPのシェアは、7割が米国、2割が日本だ。しかも、ほとんどの国が日本より輸出依存度が高い。これではTPP加盟アジア諸国がどれだけ成長しようが、日本はアジアの成長を取りこむことはできない。
 TPPには肝心の中国が入っていない。インドネシアも韓国も入っていない。中国は、リーマン・ショック以降、人民元を安値に引き下げて輸出を促進する、という戦略に打って出た。これは自由貿易以前のインチキで、完全な自由貿易をめざすTPPに中国が入るわけがない。
 TPPは、実質的な日米貿易協定だ。
 米国は、輸出倍増戦略を掲げている。米国が狙うのは、もう関税ではない。米国は70年代ぐらいまでにだいぶ関税を下げて、80年代ぐらいからは相手国の制度やルールを政治的な圧力で米国に有利に変えさせる、という戦略に転じた。
 製造業の競争では、米国は日本に勝てない。ところが、政治力の闘いになると米国が勝つ。ルールをどっちに揃えるか、というのは政治力の勝負だ。日米構造協議、その後の年次改革要望書で、圧力をかけ続けてきた。そして、リーマン・ショック以降、余裕がなくなった米国は、彼らが強い農業、銀行、保険、化学肥料、製薬、医薬品といった分野で米国に有利なように日本のルールを変えさせようと圧力をかける戦略を一層強めることにした。それがTPPだ。

 日本は今デフレだ。こんな時に安い農産物を入れて競争を促進すると、デフレがひどくなる。米国産の安い牛肉がどんどん入ってきて牛丼が値下がりする。畜産農家、コメ農家で失業が増えて、牛丼とライバル関係にある外食産業が安値競争に参加せざるをえなくなる。人のクビを切るか賃金を引き下げるしか打つ手がなくなる。失業者が増えると、企業側はさらに賃金を下げる。デフレスパイラルだ。その波は輸出産業にも及ぶ。震災の被災地の農家にも及ぶ。

 世界的に水資源不足だ。食糧が不足してくると、どの国も自国民を食わせるのが先だから平気で禁輸する。農産物は戦略物資だ。そのことがTPP推進派にはわかっていない。

 TPP推進論者がうらやましがっている米韓FTAは、悲惨なぐらいやばい内容だ。
 韓国には何のメリットもない。韓国国民は今になって大騒ぎしている。協定発効後、米国は自動車やテレビの関税を徐々に撤廃するが、両方ともすでにきわめて低かった。韓国企業も米国での現地生産を進めているし、大不況の米国ではほとんど売れない。しかも恐るべきことに、韓国の自動車メーカーが進出して米国の自動車メーカーが脅かされる事態になったら、この関税は復活すると書いてある。だから何の意味もない。
 さらに大きな代償は、米国の自動車を入れるため、韓国が排ガス規制を米国と同じにしたことだ。規制を米国車には緩くし、自動車税制も米国車有利に変えなければならなかった。
 農協共済や漁協共済、日本の簡保にあたる郵便局の保険サービスは、FTA発効3年以内に全部解体する。リーマン・ショックとともに破綻し、国有化された世界最大の保険会社AIGを大不況の米国では立て直せないので、韓国、さらにその先の大市場、日本に狙いを定めたのだ。

 米韓FTAで一番恐ろしいのはISD条項、いわゆる投資家保護条項だ。米国企業が環境規制、労働規制、安全規制などの韓国の政策によって損害を被ったと思った場合、韓国政府を訴えることができるのだ。しかも、その訴え先は韓国の司法機関ではなく、米国にある世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターだ。そこでの審理の観点は、韓国の国民の福祉ではなくて、単に投資家が損害を被ったか否かだけだ。しかも審理は非公開、不満があっても上訴できない。これが米国の推進するグローバル化だ。
 このISD条項は、TPPの中にもある。 

 語り手:中野剛志(京都大学大学院工学研究科准教授)/聞き手:砂糖章(編集部)「TPP参加は詐欺だ」(「AERA」2011年11月14日号)に拠る。

 【参考】「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
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【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~

2011年11月10日 | 社会
 現代の自由貿易協定、特に米国の推進するものについて、TPP賛成論者は根本的に誤解している。
 (1)いまや貿易協定の中心は関税ではない。ルールを自国の企業にいかに有利に変えるか、だ。(a)米国の主要な製品の関税はすでに低い。(b)日本の製造業は現地生産を進めているため、輸出促進に何の効果もない。輸出に大きな影響を及ぼすのは為替レートだ。
 (2)「アジアの成長を取りこむ」など妄想だ。(a)GDPでTPP参加国のシェアは5%に満たない(日米豪を除く)。(b)皆、外需依存度が高く、国内市場は小さい。(c)そのうち6ヵ国とすでに日本はEPAを結んでいる。

 要するに、TPPは実質的に日米間の協定だ。
 米国の意図は明らかだ。米国の「輸出倍増計画」は、相手国の雇用を奪う“近隣窮乏化策”のことだ。
 農業だけではなく、米国が非関税分野で“制度”をどう変えようとしてくるか。これがTPPの問題だ。日本は、金融や医療サービスなど守りたい分野は山ほどあるが、取りたい分野はない。交渉に参加して有利なルールをつくることなど不可能だ。
 そして、中国は米国主導のTPPに乗るはずはない。
 仮にFTAAPが形になっても益はない。各国がルールを自分に有利に変えようとする“戦争”になる。 
 そもそもFTAをたくさんやったほうがいい、という考えが間違いだ。今後、世界的に需要縮小が進み、供給過剰になる。そんな状況で経済連携しても外需の取り合いになるだけで、国益にはならない。
 
 中野剛志(京都大学大学院工学研究科准教授)「失うものは多く、得るものはゼロ TPP交渉参加は日本を脅かす」(「週刊ダイヤモンド」2011年11月12日号)に拠る。

    *

 <やってはならないのは日米二国間交渉である。それを行ったならば、アメリカは一方的な要求をしてくる。90年代の日米構造協議にいたる日米交渉がそれを物語っている。>
 <その時アメリカの力を発揮させたスーパー301条というのは、1988年にアメリカが通商法を変え、アメリカの利益を損ねている国と貿易慣行を、アメリカが特定し、そのための交渉が、不調に終わったときには制裁措置をとることができるとしたものである。アメリカ自身が検事であり、裁判官であり、相手国は被告である。アメリカの利益を損ねているかどうかは、アメリカがきめる--一方主義 Unilateralism であり、加えて交叉的報復--農業分野で相手国が不公正であるときめつけ、製造工業分野の特定品目に報復関税をかける等--をとるというものである。>

 注意しなければならないのは、このような米国政府の行動に対して、米国の経済学者はこぞって反対したことだ。
 外国市場を開放させるために二国家関係で報復という脅迫を使う現在の手段は、時代に逆行する堕落した対策だ。単に誤った政策というだけではない。このような政策は、世界貿易体制の根幹に攻撃を加え、致命的な打撃を与えることになるだろう。ガットに結実した国際貿易体制こそ、第二次世界大戦後の世界経済に未曾有の経済的成果をもたらし、それとともに今も米国の国益にも貢献しているからだ。【米国の経済学者40人の「米国貿易政策に関する声明」、1989年4月10日】
 声明は、多角的貿易交渉を行うGATTのウルグアイ・ラウンドが大切であるとし、こうした「強者のみが利益を得る」二国間交渉を批判している。
 かかるGATT重視・・・・したがってWTO中心の考え方は、主立った経済学者共通の考えだ。よって、米韓FTAは行ってはならないものなのだ。もちろん日米FTAも。
 交渉の場は、世界153の国と地域が集まるWTOの場だ。

 以上、伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(下) ~TTP批判~」(「世界」2011年6月号)に拠る。

 【参考】「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
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【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~

2011年11月09日 | 社会
●日本外交の対応
 米国は、国際経済上の成果を早急に得たいと、GATTやWTOの漸進主義に背を向け、二国間交渉で自由貿易圏をつくろうとした。北米自由貿易協定(NAFTA、1994年発効、米国・カナダ・メキシコ)がそれだ。EUに対抗する経済圏作りが目的だった。ただし、全品目の関税撤廃をうたいながら、米国自身は乳製品、ピーナツバター、砂糖とその関連製品、綿が除外品目とされている。また、「ヒト・モノ・カネ」の自由な移動を実現すると言いながら、米国はメキシコからのヒトの流入を実力で阻んでいる(ダブル・スタンダード)。
 その後の米国の国際貿易戦略は、FTAだ。<例>韓国(2006年に34日間の米韓会議)。
 他方、日本は経済連携協定(EPA)を各国と結んでいった。日本の利益を守りながら貿易拡大を図った。シンガポール、マレーシア、フィリピン、チリ、タイ、ブルネイ、インドネシア、ベトナム、ASEAN、スイス、そしてインド。
 TPP諸国のうちオーストリア、ニュージーランド、米国を除けばEPAを結んでいるのだ(締結していないペルーとは締結可能)。なにも二重にTPPを結ぶ必要はない。そして、アジア諸国と広く連携ができあがっているのだ。インドとも。
 インドの2つの意味で重要性だ。(1)中国とともに発展段階に入った世界二大市場の一つだ。(2)ドーハ・ラウンドの行方は米国とインドにかかっている。インドとEPAを締結した(2011年2月16日)一方でTPP参加を検討するのは、公約を曲げて米国の意向に従った沖縄問題と同じく、民主党内対米従属派の意思だ。

●国際経済交渉と米国の変質
 戦後の米国は、自らの利害だけで動いたわけではない。むしろ戦後国際社会のリーダーとして、理想を掲げて国際社会をリードしようとした。しかし、国内政治と国際政治の溝を巧みに利用し始めた。米国は大きく変わり、自らの利害で動く力の大国になっていった。
 GATTは、米国が力を入れて作ったものだが、米国議会は批准しなかった。そして次第に、国内産業あるいは企業がロビー活動によって議会を動かし、米国政府をしてGATTの原則に反する行動をとらせ始めた。その背景に、世界経済における米国の地位の低下がある。
 米国は他国にGATTの原則を守ることを求めた。しかし米国自身のGATT違反が指摘されると、米国は批准していない以上守る義務はないという態度をとる(ダブル・スタンダード)。<例>米国はアルゼンチンからの牛肉輸入を口蹄疫を理由に禁じた。もちろん後者の牛肉が安く、前者の畜産業を脅かすからだ。
 ウルグアイ・ラウンド農業合意は、米国とEUの妥協の産物だった。このとき米国は、国際的な自由競争的市場を大きく歪めている輸出補助金制度ではなく、国内価格支持政策を削減させ、米国に有利な市場を作りだそうとした。他方、ECの農家への直接所得補償と米国の不足払いはそのまま残された。

●農業における自然的条件の多様性と反グローバリズム
 19世紀、自由主義時代の世界経済は、西欧に支配された後進国、植民地をモノカルチャーの国に変えていった。一国が特定品物の生産だけに依存し、多様性を失った。モノカルチャーからの脱出は、第二次大戦後の後進国の目標だった。
 グローバリズムは、自然条件の差を調整する関税を廃し、再び新たなモノカルチャーを作りだそうとしている。その力が強ければ強いほど、それに反対する力も強くなるだろう。民主党は、米国の意向に従うことで、この一方の流れをTPP参加という形で実現しようとするのか。
 ミニマム・アクセスは最悪の政策だ。関税化という国際ルールに従うべきだ。コメに係る700%超の関税は引き下げ可能であり、これを武器に政策を建て直すのだ。間違えても、ウルグアイ・ラウンド後のように土建業を喜ばせる農業改善事業を行ってはならない。

●ひとつの予測  ~TPPに参加した場合~
 輸入される農産物、畜産物への関税がゼロになったと仮定すると、日本の農業はどうなるか。長期的には、日本の米作は4割に減る。
 <国土の7割以上を形成する中山間地は打撃を受け、棚田も、森も谷川のきれいな水も消えてなくなる。>【桜井正光・経済同友会終身幹事】
 米どころの中心地域でも、農家が虫食い的に無くなっていく。一部が自家消費のために作る。
 問題は、稲作のための水の管理が今までのように整備され、維持され続けていくかだ。農業は、米国の経済学が考えている企業とは異なる。水は上の田から流れ、下の田に流れていく。隣同士が協力して、初めて成り立つ。農村として成り立っている。もし稲作放棄が虫食い的に拡大すると、水管理も同時に放棄されることになる。宇沢弘文のいわゆる農村における社会共通資本の崩壊だ。

●農業政策における正義
 米国は、国内農業に各種の補助を与え、余った農産物に輸出補助金を与えて輸出し、他国の農業を破壊しようとしている。その国内補助はEUとの妥協の産物で、WTOで許された範囲だ。しかし、その農産物の輸入で国内農業が侵される立場からすれば不当廉売で、正義に反する。、 
 他方、日本の農村や農業の保護は、他国にマイナスの影響を与えない。

●買う者の権利と市場原理に代わるもの
 ウルグアイ・ラウンド農業合意が決めたミニマム・アクセスは米国が考えたのだが、奇妙な制度だ。通常の取引では、買うかどうかは買う側の自由で、売る方は勝ってもらおうと努力する。売る方が威張っていることはありえない。威張るのはその物が不足しているか、供給カルテル(違法)が存在しているかだ。しかし、コメにせよ、韓国に対してミニマム・アクセスを米国が課したジャガイモ・大豆にせよ、過剰農産物だ。
 GATTで認められていた輸入制限と関税を一本化して関税化する方向へ誘導するため、こうした奇妙な制度を使ったのだ。
 こうした農産物大量供給国の一方的考えを放置してよいはずはない。わが国のような需要国は、対抗力を作りだすべきだ。ガルブレイスのいわゆる Countervailing Power だ。市場は競争力と対抗力の2つが規制メカニズムになる。これがTPPを乗り越える道だ。そのためには米国従属路線を推進する内閣には退場してもらわねばならない。
 それまでに私たちにできることは何か。
 自分たちで自らを守る体制づくりだ。生産者と消費者を縦につなぎ、適正価格で売買する組織だ(国内フェア・トレード)。それは国際市場で発展途上国を守るフェア・トレードにつらなるものだ。それを米国の市場原理主義に対抗するものにしていかなければならない。

 以上、伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(下) ~TTP批判~」(「世界」2011年6月号)に拠る。

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【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判

2011年11月08日 | 社会
 2006年、シンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドの4ヵ国が環太平洋経済連携協定(TPP)を締結した。これにペルー、オーストラリア、ベトナム、マレーシアが加わり、米国も参加表明した。協定は24項目で多岐にわたるが、その中心は関税にある。

●国際貿易ルール ~GATT/WTO~
 「ヒト・モノ・カネ」の移動に係る貿易ルールを議論する場は世界貿易機構(WTO)だ。TPPではない。上記9ヵ国に世界のルールを決める権限はない。
 WTOは、戦後世界経済のルールを定めたGATTを引き継ぐ。GATTと国際通貨基金(IMF)は、世界市場をめぐる列強間の争いが第二次世界大戦を運だことへの反省から、そうしたことが再び起こらないようなルールとして構想された。3つの原則がこれを支える。
 (1)多国間あるいは多角的調整。時間がかかってもよい、急激な変化はかえって国内で軋轢を生む、という考えがここにある。
 (2)内国民待遇。自国のヒト・モノ・企業に与える自由を他国のヒト・モノ・企業に与え、差別しない。GATTに自由化という言葉はない。こうした状態に近づけるよう、多国間調整で、時間をかけて努力するのだ。この原則が守られる限り、国々が制度・文化・法律・習慣等が異なっていようとも両立できる。他方、一国の制度規制等と同じものを他国に要求する相互主義(米国がある段階から主張しだした)グローバリズムは、これと異なる考え方だ。多様性を認めない。逆に、内国民待遇の原則は多様性を認める。
 (3)赤字国自己責任調整。通常は、緊縮財政と金融引き締めだ。
 GATTは、主として製造業の製品への適用として、(1)と(2)のルールが想定されていた。
 農業は自然条件による差が大きい。その差は、関税や輸入量規制で調整すればよい、と考えられていた。新古典派は前者を、ケインズィアンは後者を求めた。米国は、ケインズィアンの考えに立ち、ウェーバー条項(GATT25条5項)によって米国に弱いと思われる農産物(酪農製品・砂糖・落花生など)を輸入制限する権利を取得した。
 GATTからWTOに変わることによって、自然条件の差を調整するのは関税だけにそろえるようになる。これが原則だ。
 WTOは、2007年7月、大筋合意寸前に米国とインドの対立で決裂した。11年1月、関係閣僚会議などで交渉を再開し、今年こそはと考えられている。世界はこの会議を注目している。日本はTPPに参加表明することで、米国といっしょになって新しいヒト・モノ・カネのルールを作り、ドーハ会議をぶち壊す意図があるかと疑われる。
 ちなみに、TPPのルールはすでにできている。いまからルール作りに参画することはできない。

●米韓自由貿易協定
 韓国はTPPに入っていない。国内農業を守るためだろう。
 日本からと韓国からの関税格差が米国で生じるのは、米韓が自由貿易協定(FTA)を締結したためだ。重要なのは次の4点だ。
 (1)コメとその関連製品は対象外。米国にとってミニマム・アクセスで充分だった。
 (2)高関税品目(大豆487%・馬鈴薯304%)はミニマム・アクセスを課し、一定量の輸入を義務づけ、毎年3%ずつ増量。
 (3)肉類とその加工品は一定期間を経て関税撤廃。
 (4)果物、野菜は詳細な条件を設定。<例>リンゴはふじ類とその他を区別、タマネギ・長ネギは生鮮と冷凍を区別。
 注意すべきは2点だ。
 (a)ミニマム・アクセスの意味だ。無税で一定量の輸入を義務づけ、次年度以降増量していく。例えばコメならその自給率を高めることはできない。他方、関税で自然条件の差を調整したのであれば、農民の努力と政策いかんによってコストが価格が下がり、自給率を高めることができる。
 (b)韓国は、この交渉と結果から、「国内農業をある程度切り捨てるのはやむをえない」という考えに立ったらしい。2国間交渉による力の論理(戦前への反省からGATTが否定した)が働いた。

●日本経済にとって最大の問題=円高
 米国の関税の有無の違いがもたらす将来の、日本の韓国に対する競争力の低下よりはるかに大きいのは、現に起こっている為替率の問題だ。
 円とウォンの比は、2006年を1対1とすると、2010年は1対0.54だ。これが韓国工業製品の競争力が増大した最大の要因だ。質に勝る日本の乗用車が、韓国の乗用車にわずかな関税差で敗れるはずはないのだ。
 円高が利益率に響いているのは確かだが、なぜ財界のトップは自分たちの製品についてわずかな関税差を問題にし、すぐれた日本製品は質で他を引き離す、と言わないのだろうか。

●日本の農業vs.海外の農業
 農業の担い手育成や農地集約、規模の拡大はTPPの対抗策として有効でない。
 オーストリアの水田は、1区画100ヘクタール。それが5区画で輪作する。水田の肥沃土は高くなり、有機質も十分だ。米国はもっと大規模で、300ヘクタールはある。日本は目標が10ヘクタール。この規模の差が生産コストの大きな差になってあらわれ、円高がそれに追い打ちをかける。
 畜産も同様で、ヨーロッパとの競争ならできるが、米国とはできない。
 農地の広さという自然条件に依存しない果物や野菜の分野では充分競争力があり、日本のほうがはるかに質がすぐれ、輸出可能なものも多くある。農業のすべてが自由化に耐えられないわけではない。しかし、自然条件が大きく違う稲作と畜産は、その差を関税で調整するという戦後貿易ルールを適用する以外ない。

●あるべき農業政策
 日本の農業政策は、国際的な交渉の場で誤りをおかした。ウルグアイ・ラウンド農業合意(1993年12月)で導入したミニマム・アクセスだ。
 次の事実は、一般に知られていない。米国はEUの豚肉輸入について、ミニマム・アクセスを課そうとした。EUは、牛肉、鶏肉、豚肉を合計し、肉類として、肉についてEUは充分な量(3%)を輸入している、と米国の要求を一蹴した。この伝でいけば、日本も小麦などの穀類を充分輸入しているからミニマム・アクセスを導入する必要はなかった。
 コメが余っている日本にコメを輸入させ、年々増量させる。これが米国の戦術だ。なぜ国際ルールに従って関税化しなかったのか。
 米国は、おそらく日本のTPP参加なぞ本心では期待していない。対日要求の本音は、日米FTAだ。その主要な目的は、高関税品目へのミニマム・アクセスであり、コメは交渉からはずす、というのが米国の予定の行動だろう。それで日本を引きこむ。それが米韓関係から予測できる。
 たしかに、コメをはじめ一部の農産物の関税は高い。しかし、平均を見ると、わが国は低い。農産物の平均関税率は、EU20%弱、日本12%、インド124%、タイ35%、米国6%だ(2000年)。全商品で見ると、日本3.3%は、米国3.9%、EU4.4%より低い(2003年)。
 だから、日本にとって大切なのは、全世界の国と地域が一堂に会して議論するWTOの場だ。そこで農業を守るしかないし、そこでなら守れるのだ。
 やってはならないのは、日米2国間交渉だ。それをやれば、米国は一方的な要求をしてくる。90年代の日米構造協議に至る日米交渉がそれを物語る。

●農業保護と国民負担
 GDPに占める農業所得の割合は、先進国はいずれもそれが1%程度だ(例外はカナダとオーストラリアの3~4%台)。英国は約0.8%、日本は1%強で高いほうだ。ちなみに、米国は個人所得のうち農業所得が0.71%だ。
 にもかかわらず、EUも米国も農業に手厚い政策を行っている。なぜか。農業が占める重要性だ。シンガポールのように食糧生産を放棄した国は、先進国の中には一つもない。英国とて自給率を高めている。一産業だけで1%の所得というのは大きな比率だ。それが食という国民の大本を支え、その国の風土を支える。
 ウルグアイ・ラウンド農業合意以後、毎年1兆円が構造改善の名で支出された。が、それで高関税農産物の国際競争力は高まっていない。その財政支出は土木建設業に投入され、主として農業以外をうるおしたのだ。

 以上、伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(上) ~TTP批判~」(「世界」2011年5月号)及び同「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(下) ~TTP批判~」(「世界」2011年6月号)に拠る。
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【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~

2011年11月07日 | 社会
(1)貿易に影響を与える要因
 TPPに参加しても、日本の輸出を増やす効果はほとんどない。関税同盟という手法によって輸出増を求めるのは、今やアナクロニズムだ。現代世界の貿易は、関税以外の要因によって大きく影響されるからだ。特に重要なのは、次の3つだ。
 (a)為替レート・・・・数年間のレンジで見れば、これが貿易の変動に大きく影響を与える。韓国の輸出が増えているのは、韓国がFTAに積極的だからではない。経済危機後、顕著なウォン安が進んでいるからだ。日本の輸出が経済危機前に比べて大きく減ったのは、FTAに消極的だからではない。経済危機後、顕著な円高が進行したからだ。
 (b)相手国の経済成長率・・・・(a)より長い期間で見れば、これが日本からの輸出に影響を与える。日本とETAやEPAを結んでいるシンガポールとマレーシアに対する日本からの輸出増加率は、アジア平均より低い。中国の経済成長率が著しいため、日本から中国への輸出が高い伸びを示し、アジアへの輸出の伸びを高めているためだ。
 (c)その国の輸出の価格競争力・・・・ある国の輸出総額に長期的に影響するのは、これだ。1980年代後半以降、日本の輸出はアジア新興国、特に中国からの輸出によって浸食された。中国の、低賃金を背景とする圧倒的な価格競争力による。韓国、台湾の輸出増も同じメカニズムによる。仮に日本が米国とFTAを結んでも、日本の対米輸出は増えない。他方、中国と米国がFTAを結ばなくとも、中国の対米輸出が減ることはない。

(2)生産拠点海外移転の意味
 (a)ETAやTPPの議論は、ヤコブ・ヴァイナーのいわゆる「貿易転換効果」を無視している点でそもそも誤っている。
 (b)それに加えて、(1)の要因の影響を忘れて関税の効果に気を奪われている点でも誤っている。
 (c)さらに、生産拠点海外移転の意味を考慮していない点でも時代遅れだ。日本企業は、すでに生産拠点の移転によって、他国が締結したETAの利益を享受している。部品メーカーも移転すれば、日本からアジア諸国の組み立て工場に対する輸出はなくなり、アジア諸国とのETAやFTAを結ぶ必要がなくなる。
 海外移転は、円高によって必然的に進む。そして、円高はコントロールできない。

(3)ETAやTPPに対する基本的な誤解
 (a)TPPは経済連携を進める、と言われるが、連携協定を締結しても実際に連携が進むわけではない。<典型例>外国人看護師受け入れ問題。
 (b)ETAやTPPは、貿易自由化ではない。ブロック化なのだ。仲よしクラブは、複雑な外交ゲームを引き起こす。日本の外交がそえをマネージできるほど能力を持つとは、とうてい思えない。事実、今回のTPPに関しても、米国の対中戦略だ、との認識は希薄だ。
 (c)日本がTPPに参加しても、中国は参加しない。米国の関税率は低いから、中国がTPPに参加するメリットはない。それに、中国は辞を低うして参加を求める国ではない。中国にとっては、TPPに対抗してEUとFTAを結ぶほうが有利だ。EUの関税率は米国のそれより高いから、対米FTAより効果が高い。その結果、中国市場は独国に席巻され、日本の輸出は壊滅するだろう。
 (d)TPPも日中FTAも、という選択はあり得ない。TPPか日中FTAか、という選択において有利なのは後者だが、日本のとるべき道ではない。

(4)進むべき道
 日本は、あらゆるブロック化協定から距離を置くべきだ。日本がめざすべきは、海洋国家だ。そのモデルは英国だ。英国は、EUに入っているが、ユーロはいまだに加盟していない。そのため、ユーロの混乱に巻きこまれずに済んでいる。世界のどの国とも等しく付き合うことが、海に囲まれた国の歩むべき道だ。

 以上、野口悠紀雄「ETAやTPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~「超」整理日記No.585~」(「週刊ダイヤモンド」2011年11月12日号)に拠る。
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【大岡昇平ノート】本をタダで入手する法 ~『パルムの僧院』と文体~

2011年11月06日 | ●大岡昇平
 毎年11月の今頃、わが市では2日間にわたって「本の市」が開催される。図書館の蔵書が放出され、併せて市民の蔵書が提供される。もちろん無料。それどころか、手提げ袋から段ボール箱まで、主催者は用意している。毎回、押すな押すなの盛況だ。高齢者が多く、幼児連れや若い女性も少なくない。ネクタイにスーツ姿は稀だ。
 一昨年の収穫は動物行動学で、昨年のそれはE・S・ガードナーだった【注1】。
 今年は、東南アジアブックスの10册。鶴見良行も著者の一人だ。

 『パルムの僧院』(「世界の文学 第9巻」、中央公論社、1965)も、本の市で入手した1冊。
 『僧院』は、角川文庫(1951年版および1970年改版【注2】)しか読んでない。「世界の文学 第9巻」をめくると、貴重な付録5点【注3】が添付されていることに気づく。もっと早く読んでいたら、『僧院』理解がもっと深まっただろうか。たぶん、そうだろう。しかし、そんなに深まらなかったような気もする。確かなことは、10代の終わりに初めて読んでから今日までに『僧院』を9回読み返したことだ。そして今、10回目の再読の途中だ。
 大震災、原発事故、TPP参加是非、ギリシャ債務危機・・・・世間がこんな時に200年前のフィクションを暢気に読んでいていいのだろうか。
 もちろん、いい。

 大岡昇平は、『僧院』を訳することで文体を確立した(と自分で言う)。
 スタンダールの文体は、彼自らの覚書によれば、「【注3】-(3)」のような文体だ。それは他方、大岡のいわゆる散漫な文体でもある。
 20世紀に生きた大岡は、『花影』で緊密な文体を築いた。そして同時に、『武蔵野夫人』の閉鎖的空間を完成させた。窮屈な、あまりに窮屈な。
 他方、『僧院』の自由闊達は、『武蔵野夫人』と同時平行で書きつがれた『野火』に具現している。『僧院』のロンバルディアを駆けめぐる情熱は、『野火』においてはレイテ島の密林を彷徨しつつ独言つ華麗なレトリックに転化した。しかし、『野火』は構成に問題を残した。
 『レイテ戦記』はれっきとしたノンフィクションだ。それを文学者は文学として評価する。奇妙といえば奇妙だが、『僧院』と近縁性を見れば、解けない謎ではない。『僧院』は、戦記としても読めるのだ。単にワーテルローを描いているだけでなく、専制政治への抵抗という「戦さ」を描いているのだから。一例・・・・初めて謁見したときにエルネスト4世から繰り出される言葉の剣を捌くファブリスの姿と、圧倒的に優勢な米軍の攻撃に力を尽くして耐える、例えばリモン峠の日本の兵士たちと、重なって見える。

 【注1】「【読書余滴】本をタダで入手する法、E・S・ガードナー、プライベート・バンク
 【注2】「世界の文学 第9巻」は1951年版と同じ訳文だ。<例>第14章末尾・・・・<Intelligenti pauca!(慧き者は少しにて足る)と署長は狡猾な様子で叫んだ。>(1951年版)/<Intelligenti pauca!(賢者にはわずかな言葉で通じる)と署長は狡猾な様子で叫んだ。>(1970年版)
 【注3】訳者・大岡昇平の解説等をもとにその内容を記すと、
 (1)参考年譜・・・・スタンダールは事件を実に雑然と語っているので読者の理解を助けるために添えられた。小説のなかの事件と、その背後にある歴史的事実が年代順に整理されている。ピエル・マルチノが初めてつけたボサール版にアンリ・マルチノのガルニエ版の訂正を併用した。
 (2)バルザックへの手紙・・・・バルザックの『パルムの僧院』論に対する礼状だ。よって、先にバルザックの『僧院』論に目を通しておくべきだが、『僧院』論のさわりは解説で紹介されているから、未読でもあまり困らない。<サンセヴェリ-ナ夫人の性格は全部、コレッジオから取りました(私の魂にコレッジオが与えるのと同じ効果を与えるという意味です)>などという打ち明け話があって、興味深い。
 (3)マルジナリア・・・・『僧院』の欄外にスタンダールが書き込んだ覚書、訂正、異文だ。日記も含まれている。例えば、<明晰と理解しやすい対話(後者は感情のニュアンスをよく描き、その一つ一つを跡づけるものである)を愛したため、私は自然に、現代小説の少し誇張した文体とは反対の文体で書くことになった>。
 (4)ファルネーゼ家の興隆の起源・・・・以下、訳注を引く。<これは現在パリの国立図書館にある稿本で、スタンダールが1833-34年に買ったイタリアの写本を筆写させたものである。『カストロの尼』『パリアノ公爵夫人』など『イタリア年代記』と呼ばれる中編小説群の稿本の一つである>うんぬん。
 (5)若き日のアレッサンドロ・ファルナーゼ・・・・スタンダールの最初の下書きと見なされる。
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【経済】ギリシアはなぜデフォルトに陥ったのか

2011年11月05日 | 社会
【A】ギリシアがこんなことになったのも、元はといえば、(1)独仏英米などの銀行が放漫な貸出をしたからだ。ギリシアがどうであろうと、ユーロの価値は17ヵ国によって支えられていると思われたからだ。(2)借金が膨らみ、返却に苦しみ、国債の乱発でEUの財政規律が守れなくなると、ギリシア政府がゴールドマン・サックスなどの投資銀行に智慧をつけられ、金融工学による粉飾=「飛ばし」、またインフラなどの国家の将来の収入源を抵当に入れての融資などで問題を先送りにし、解決を困難にしてきたからだ。(3)もちろんギリシア政府は、EUに対して財政規律に違反する粉飾を隠していた。
【B】始まりも終わりも金融機関の仕業だ。問題をこじらせるのにも、金融工学が応用された。

【A】しかし、そんな小手先では解決できない。そして急に全体の状況が思わしくなくなってきた。そこで、ギリシアの国債を含め、負債の一部減額が取り沙汰されるようになった。最近ではその額も50%と噂される。発行した債券の額面を半分にするとなれば、まぎれもないデフォルトだ。
【B】それがいわゆる「部分的デフォルト」、「選択的デフォルト」、「秩序あるデフォルト」だ。独国のメルケル首相が、ラジオのインタビューで「無秩序なデフォルト」は避けねばならない、と語った。それは「秩序あるデフォルト」の否定ではない、と受け取られた。

【A】なぜギリシアのデフォルトが晩秋から新年に迫ってきたのか。早めにギリシアを他の欧州から切り離さねば、欧州全体が危なくなってきたからだ。ギリシアのデフォルトと仏国や独国の銀行【注1】のデフォルトでは、前者による損失のほうがはるかに安くて済む。当然、そうした計算が働く。
【B】2年で償却のギリシア国債には、最近69.7%【注2】という信じられない利率がつけられた。これはすでに市場がギリシアにデフォルトの烙印を押したことを意味する。

 【注1】9月14日、ムーディーズが仏国の2つの大銀行の格付けを下げた。これらの銀行は、ギリシアがらみの債権が大きい。クレディ・アグリコールは259億ユーロ相当を、ソシエテ・ジェネラールは58億ユーロ相当を抱えていた。フランスの対ギリシア債権の合計は650億ユーロにのぼり、その21%に相当する準備金しか持っていない。ギリシア債権がデフォルトで焦げつくだけで、仏国の大銀行は倒れる。
 【注2】100%を超えた。【記事「欧州不安拭えず、アクセルとブレーキ同時に踏んだドラギ新総裁」(「ロイター」2011年 11月 4日 13:28 )】

 以上、赤木昭夫「失われるか世界の10年 ④ユーロの破綻を防ぐ --大停滞の深化3」(「世界」2011年11月号)に拠る。
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