


本日は、埼玉県深谷市(旧川本町)畠山にある「畠山重忠館跡」を訪ねてみた。
畠山重忠は、鎌倉時代の関東を代表する武将である。
畠山重忠館跡(畠山館跡)と言っても、遺構らしい遺構はなく、現在は「畠山重忠公史跡公園」となっている。
畠山重忠といえば、一ノ谷合戦における「ひよどりごえ」で愛馬三日月を背負って崖を下ったと言う話が有名であり、
公園内には三日月を背負った姿の銅像が建てられている。
歴史研究家によれば、重忠は一ノ谷合戦には出陣したという記録はなく、これ(愛馬を背負って崖を下った)と言うのは作り話である。
と言う説もある。事実であろうと作り話であろうと、そうした強い(?)武将であったと言う評価の結果であろうからそれはそれでよいではないか。




ここには、「重忠主従の墓」(県指定史跡)、「重忠産湯の井戸」が遺っている。上の写真がそれである。
畠山氏は、秩父性を名乗っていた秩父からこの地に移り、ここの地名である「畠山」を名乗るようになったとの由。
嵐山町にある「菅谷館跡」(国指定史跡)も、畠山重忠の居館跡とされており、この関係を調べて書くと長くなるのでやめておきます・・・
散策日:2010年(平成22年)9月12日(日)