四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

東京タワー クリスマスイルミネーション

2010年12月21日 | まち歩き








今、建設中の東京スカイツリーが人気の的となっていますが、スカイツリーの兄貴分であり、長年、東京のシンボルとして親しまれている「東京タワー」を忘れてはいけませんね。
そんなことから東京タワーにも足を延ばしてみました。

上の写真は、大展望台(150m)から見た景色です。窓越しに撮った写真ですから、窓に写ったものも一緒に撮れてしまっていますが・・・
オードリー・ヘップバーンの映画ではありませんが、「暗くなるまで待って」   
  





やはり大展望台から見た夜景です






レインボーブリッジです。あれ!ほんとにレインボーカラーのライトアップだ
知らなかったのと笑われそうですが・・・ 










「クリスマスイルミネーション2010」開催中   












ライトアップされた東京タワーです
実際に見ると、とても綺麗で、この写真の比ではありません

散策日:2010年(平成22年)12月19日(日)          

東京スカイツリー 現在514m

2010年12月20日 | まち歩き


浅草寺境内から見たスカイツリー




隅田公園から見たスカイツリー  

京都墨田区に建設中の「東京スカイツリー」を間近に見たのは、東京タワーの333mを初めて超えて349mとなった本年3月29日から
数日した4月4日のことでした。
間近と言っても、隅田川の舟くだりで、船の上から見たに過ぎず、直近で見たわけではありませんでした。
浅草寺境内からも建設中のスカイツリーを見ることが出来ましたが、やはり、ここまできたなら直近・直下で見てみたい。
いや、本当は建設中のスカイツリー見学することが主目的で、浅草寺詣りは副次的なものだったのかもしれません。
浅草寺二天門をくぐり、履物の花川戸問屋街を抜けて隅田公園に行き、まずここでツリー見学。 






言問橋から望む東京スカイツリー 
  
ここは浅草 言問の   橋の向うは 向島
  送りたいのに 戻される   恋の***をネ 誰が知る

これは今から40年ほど前に、渡るり子という歌手が唄った歌謡曲「浅草ブルース」の1節です。
確かこれは1番の歌詞であったと思いますが、一部失念していますし、記憶違いの部分もあるかもしれません。2,3番はもう憶えておりません。
実は、この歌の作詞者と私は僅かでしたが親交があったのです。当時、私は遊び半分で作詞の真似事をしており、ある方を通して知り合いました。
今では頂いたレコードも処分してしまいましたし、作詞家としてのペンネームも忘れてしまいましたが、この歌の一部だけは覚えていたのです。
この歌と、スカイツリーとは何の関係もありませんが、私は、どうせならこの歌詞のように、浅草から言問橋を渡って向島に入り、スカイツリー
まで行ってみようと考え、実行してみました。
まあ、歌と違って戻されることもなく、建設中のスカイツリーの直近まで行くことができました。
それにしても沢山の見物客でした。そして皆さん首を上に向けて・・・私も同様に。
拙い文章よりは、写真の方が分かりやすいでしょうから、大した写真ではありませんが、何枚かを載せておきます。















散策日:2010年(平成22年)12月19日(日)         

浅草寺(浅草の観音様)

2010年12月19日 | 神社仏閣








本日は、「浅草(あさくさ)の観音様」の愛称で親しまれている東京都台東区にある【浅草寺(せんそうじ)】に行って来ました。
浅草寺には何度が行っておりますが、いつも横の方から本堂まで行っておりましたので今回は雷門から仲見世を歩き、宝蔵門、そして本堂(観音堂)へと真直ぐに。
それにしても毎日がお祭り騒ぎの人の波。聞こえる大きな声での話し声は、「※◎×■☆#※・・・」だらけ。
同じような顔をしているのですが、他所の国の方の声ばかりで、日本語はたまにしか聞こえず(慎ましいわが国の人は大きな声では話しませんから)、「ここは何処?」と思ってしまいます。






浅草寺境内では羽子板市が行われておりました。でも、今の私には用がありませんので覗いた程度です。

なお、浅草寺は坂東三十三箇所観音霊場の札所13番・江戸三十三箇所観音霊場の札所1番 

散策日:2010年(平成22年)12月19日(日)          

おおたイルミネーション2010

2010年12月18日 | まち歩き
















群馬県太田市の「太田市北部運動公園」で、【おおたイルミネーション2010】を開催中とのことでしたので、本日、観に行って来ました。
会場の運動公園に着いたのは、丁度、陽が落ちたころで、広大な広場に輝くイルミネーションは見事でした。     
山(丘)ということもあり、風が吹いていて寒かったですが、そんな寒い時季だからこそイルミネーションが一層映えるのかもしれませんが・・・  






散策日:2010年(平成22年)12月18日(土)             

大河原氏館跡(埼玉県東秩父村)

2010年12月01日 | 100名城以外の城館跡


秩父郡東秩父村御堂地内に「日蓮宗浄蓮寺」と言う寺がある。
この寺は、鎌倉時代の大河原氏館跡と推定されていると言う。この辺り一帯は、旧大河原郷で、大河原氏の本貫地であり、
大河原姓の発祥地とされている。実は、この浄蓮寺に、「松山城主・上田朝直と上田一族」の墓があることから訪ねたと言
うのが主目的であった。松山城というとあの有名な愛媛県松山市の松山城と間違われそうだが、埼玉県比企郡吉見町にあっ
た松山城のことである。しかし、タイトルに「墓」と言う文字を使うのは躊躇われたので、大河原氏館跡とした。 




浄蓮寺境内




本堂


   


 
上田氏は扇谷上杉氏の重臣であったが、1545年4月の河越砂久保の合戦で扇谷上杉朝定が討死し、扇谷上杉氏は事実上
滅亡したため、以後、上田氏は後北条氏に従い朝直、長則、憲定(長則の弟)の3代にわたり松山城の城主を務めたが、豊
臣秀吉の小田原攻めにより後北条氏と共に滅亡したといわれる。   
 
この浄蓮寺から少し離れたところに、松山城の支城であった「安戸城跡」があるのだが、場所が定かでない。
ここもいずれは登城しなければならないだろう。  
    
散策日:2010年(平成22年)12月1日(水)