心は勝手に反応する。
特に感情は自分勝手だ。
怒りたくなくても、怒る。
悲しみたくなくても、悲しむ。
意志の言う事を聞かない部分が感情だ。
ハンドルに「遊び」が無かったら・・・。
雪道や凍り道では事故を起こすだろう。
勝手に反応した影響がストレートに出るから。
ハンドルは心。
反応にストレートに影響していたら・・・。
トラブルばかりだろうなぁ・・・。
「遊び」は抑制部分ではない。
誤魔化し部分でもない。
何も無い部分だ。
(カッコつければ、愛の部分だ)
だから・・・冷静を取り戻せる。
心には「遊び」があってコントロールできる。
「遊び」が無いと衝突する。
衝突は、自他共に痛い・・・。
衝突後も、やっかいだ。
ワシなら・・・やっかいは避けるぜ。
「遊び」が自然にある時が幼児や児童。
「遊び」を意志的に愉しむのが「オトナ」。
「遊び」が無いのが不幸な人達。
不幸な人達は替わりに「正しさ」を持つ。
「遊び」が無いから他の「正しさ」を理解しない。
「正しさ」は多種多様という事を認めない。
そして争い、自他の苦しみを生む。
「遊び」部分は何も無い。
何も無いから大切。
人は多くのモノを抱えている。
多くを負っている。
それらの一つ一つの境。
「間」がある程度ある人。
「間」がほとんど無い人。
同じ重い荷物でも大きな違いがある。
歩く時に大きな差が出る。
「間」があれば、何とかなるぞ。
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」