食事。
「日常」の食事。
嘗ては食事は家庭が日常だった。
ごはん、味噌汁、日々のおかず。
「非日常」の食事は「ハレ」の場合だった。
やがて「非日常」は外食や出前になった。
(ハレとは、特別という意味だ)
「非日常」は生命を活性する。
しかし、それは「日常」に比べマレだからだ。
そして「非日常」は「日常」時に活きる。
今の日本の食。
「ハレの食」は無くなってしまった・・・。
「日常」と「非日常」は区別できない。
「ハレの日」が待ち遠しい。
「ハレの日」が嬉しい。
生命が躍動する日。
今の日本は生命の活性の仕組みを捨てた。
「ハレの日」が「日常」になればいいと思ったのか。
アホ・・・。
昔は、食から生命の活性が出来た。
今は、食で生命を活性するのは難しい。
「非日常」の使い方が理解できなくなったのだ。
食の質の問題ではないのだ。
(無農薬とか微量元素とかの次元の話じゃないぜ)
時代が進むと、人間はアホ度も進む・・・。
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」