ワシには本妻が一人いる。
本妻は「日常」だ。
愛人は数名いる。
数十人にする予定だ。
ワシの愛人達は「非日常」だ。
愛人達にとってのワシも「非日常」だ。
(きっと誤解するだろうなぁ・・・まぁいいや)
世の中には多くの愛人がいる。
だが、ほとんどの愛人は「日常」だ。
隠しているだけで、愛人は日常茶飯だぜ。
アナタの身内も近所も愛人だらけのはずだ。
これを読むアナタも愛人の確率は高い。
フッ・・・世の中なんて、そんなものさ。。。
最初の頃、誰でも愛人は「非日常」だったと思う。
本妻がいない人は、はずみで愛人から「妻」になる。
「こんないいオンナ(あるいはオトコ)と結婚すれば、
ずう~っと、いいかもしれない・・・」
結婚は、勘違いでするのがほとんどなんだなぁ・・・。
「非日常」が「日常」になる。
「非日常」の頃、生命が活性した相手。
同じ相手なのに結婚すると生命が疲れる。
「日常」に変ったから、当たり前なんだ。
いい、悪い、じゃない。
「非日常」と「日常」は違うのだ。
「非日常」の愛人だったはず。
いつの間にか「日常」の愛人にする。
すると「日常」には本妻もいる。
別の「日常」の愛人もいる、かもしれない。
「日常」は「衝突」が起こる次元だ。
本妻と愛人が同じ次元にいる。
愛人と別の彼女が同じ次元にいる。
ドロドロ、グチャグチャになる。
「非日常」の使い方を知らないからだ。
(注:ワシの愛人達は非日常のままだぜ)
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」