タカちゃんの絵日記

何気ない日々の感動を、スケッチと好きな音楽と、そして野鳥写真を。。。

~大江(だいご)美人・菖蒲塚伝説~

2014-05-07 | 植物

松江市・東出雲町上意東にある「美人塚」、塚の周りには色とりどりの菖蒲の花が咲き始めました

この塚には、今も伝わる「大江(だいご)美人伝説」なる、大変美しい昔語りが残されています。

~大江(だいご)美人伝説~

昔むかし室町の頃京都に足利将軍の御殿があったげな・・・・松江市・上意東の、ここ大江(だいご

の里に一人の女の子が生まれ、この子は成長するに従い、輝くように美しい娘となり、「大江美人」

噂されほどの、村一番の器量良しでした。

娘は年頃になると、近郷から婿を迎えて相思相愛、片時も一緒に居たと思う二人でしたが、片田舎

貧しい農家では、働かなくては食べて行けず、男は昼間は外で野良仕事、女は屋家で針仕事をしなく

てはならず、いつも一緒に過ごすという訳には行きません。

男は思案の末、地元の絵師に妻の絵を描かせ、この絵を野良仕事の時も手元に置き働いておりまし

た。

ある日、野良仕事をしていると、西の方から強い風が吹いて来て、絵が空に舞い上がってしまいました。

それから数日の後、東方の将軍家の庭に絵は落ちたげな・・・この絵が、時の将軍の目に止まり、「西

国に、この絵の美人がきっと居るはずだ。 連れて参れ」と部下に命じ、とうとう出雲の国上意東の地で

娘を探しあて、京都に連れ帰らせました。

男は最愛の妻を連れ去られ、悲しみに暮れる日々を送っていましたが、風の便りに五月五日の「端午

節句」には、菖蒲売りが、将軍家の庭に入ることを許されると聞き、近くの池で菖蒲の花を刈り取り、

早速、京都に向け昼夜を問わず歩き続け、遂に京都に着きました。

しかし既に節句の翌日になってしまっておりました。

御殿には入れてもらえないため、塀の外から「菖蒲~や、菖蒲~」と悲しい声で売り歩きました。

御殿の人達は、「六日の菖蒲売りが来た」と笑いましたが、その声を夫の声と聞き分けた妻は、こっそ

り外に抜け出して、夫と会う事が出来ました。

二人は、その晩打ち合わせ通り御殿を逃げ出し、人目を忍んで逃げに逃げ、ある朝やっと懐かしい意

東川の畔に辿り着きました。

南を望むと、生まれ故郷の上意東の山々がぼんやりと見え、女は張り詰めていた気持が一気に緩んで、

そのままそこで息絶えてしまい、男は泣きながら女を故郷の地に葬ってやりました。

上意東の人々は、今もこの話を語り継ぎ、この美人塚に花や線香を手向けて、薄命の大江美人の供養

をする様になりましたげな・・・・・

口伝の悲話にふさわしく、路傍の小さな塚は、菖蒲の花に囲まれて静かに咲いていました。

いい話ですね~、実際にこの伝説が孫、子の代へと語り継がれている事に、感動しました。

                今日も良い一日であります様に