今、熱中している鳥の写真撮影、今日は城山(しろやま)に出掛けて見ました。 鳥撮りについては「故郷の野鳥の生態が、もっと知りたい、もっと見たい。」が、私の鳥撮りの原点です。 まだ撮り始めて日は浅いのですが、この道も奥は深く、撮影できそうな場所一つとっても、鳥の居そうな場所を予測して出掛ける必要があるのは当然です。 例えば「季節的に好みの木の実の生る時期と場所・鳥それぞれの餌と餌場・飛来(渡って来る)して来る時期と場所・水辺のある場所・鳥それぞれの好みの自然環境」等々上げれば切りがありません。 今日も城山の森には、たくさんの鳥の囀りが聞こえていましたが、カラスや鳶の姿は捉えられても、狙いの小鳥の姿を捉えることは遂に出来ませんでした。 止む無く定番の国宝松江城の写真を撮って来ました。 また帰途、県庁の自然環境課に立ち寄りWILDBIRD MAP(宍道湖&中海~島根・鳥取)の探鳥マップなるものを手に入れて来ました。 このマップによりますと、宍道湖には約73,000羽の渡り鳥が飛来、また中海周辺には約71,000羽が飛来する様です。 特にこれからの季節は、冬鳥の飛来がありますので期待大です。
城郭の石垣工法の中で最も古い「野面積み」の石垣の上に聳え立つ天守閣
国宝・松江城の天守閣・・・・国宝指定の決め手となった「祈祷札」は、天守創建時には取り付けられていたとされるが、長らく所在不明となっていたが、平成24年、城郭内の松江神社(興雲閣↓に隣接する)で見つかった。「慶長拾六年正月」などの墨書があり、慶長16(1611)年には天守が完成していたと分かるため建築年代が特定でき、国宝指定への大きな牽引力となったと聞いています。(祈祷札は松江歴史館に展示)
松江神社に隣接する「興雲閣」は、明治36年9月に完成し、 当初、明治天皇の行在所に使用する目的でつくられたため、装飾・彫刻を多く用いた華麗な 仕上げとなっています。 結果、天皇の巡幸は実現しませんでしたが、 明治40年、皇太子嘉仁親王(大正天皇)の山陰道行啓にあたって、同年5月22日から25日まで御旅館となり、迎賓館としての役割を果たしました。
イル・ディーヴォ~Time to say Goodbye