タカちゃんの絵日記

何気ない日々の感動を、スケッチと好きな音楽と、そして野鳥写真を。。。

   ~ 「花を持って、会いにゆく」  長田 弘 ~

2019-08-26 | 邦楽
「千の風になって」:秋川雅史
バラとハマナスの花
 
 
 
 
 
 
 
 
                      「花を持って、会いにゆく」  長田 弘
 
              春の日、あなたに会いにゆく。
              あなたは、なくなった人である。
              どこにもいない人である。
 
              どこにもいない人に会いにゆく。
              きれいな水と、
              きれいな花を、手に持って。
 
              どこにもいない?
              違うと、なくなった人は言う。
              どこにもいないのではない。
 
              どこにもゆかないのだ。
              いつも、ここにいる。
              歩くことは、しなくなった。
 
              歩くことをやめて、
              はじめて知ったことがある。
              歩くことは、ここではないどこかへ、
 
              遠いどこかへ、遠くへ、遠くへ、
              どんどんゆくことだと、そう思っていた。
              そうでないということに気づいたのは、
 
              死んでからだった。 もう、
              どこにもゆかないし、
              どんな遠くへもゆくことはない。
              そうと知ったときに、
              じぶんの、いま、いる、
              ここが、じぶんのゆきついた、
 
              いちばん遠い場所であることに気づいた。
              この世からいちばん遠い場所が、
              ほんとうは、この世に
 
              いちばん近い場所だということに。
              生きるとは、年をとるということだ。
              死んだら、年をとらないのだ。
 
              十歳で死んだ
              人生の最初の友人は、
              いまでも十歳のままだ。
 
              病いに苦しんで
              なくなった母は、
              死んで、また元気になった。
 
              死ではなく、その人が
              じぶんのなかにのこしていった
              たしかな記憶を、わたしは信じる。
 
              ことばって、何だと思う?
              けっしてことばにできない思いが、
              ここにあると指さすのが、ことばだ。
 
              話すこともなかった人とだって、
              語らうことができると知ったのも、
              死んでからだった。
 
              春の木々の
              枝々が競いあって、
              霞む空をつかもうとしている。
 
              春の日、あなたに会いにゆく。
              きれいな水と、
              きれいな花を、手にもって
                             長田 弘詩集「詩ふたつ」より