ふろしき王子のブログ◎
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ふろしきの愛用者がふえることは、
いつも風呂敷を携帯している人々の増加につながる。

すると、非常時や緊急時に助け合えることや選択肢がひろがるために、
全体の安全保障が底上げされる。

こいつはオーバートークや大風呂敷ではなく、
実際に野宿ひとり旅の道中から得た確信です。

そのためにも、もっとふろしきが当たり前の持ち物として
普及してほしい。

使わなくてもよいから、いつもカバンにたたんでおこう。
風呂敷は易しいから、困ったときはその場しのぎでも
でっかく役立ってくれる。

困難に遭わないことが大切かもしれないが、
平和に安定した日日にも風呂敷は
日常的に役立ち、やさしいそよ風を産みだしてくれる
つなぎ役なのです◎◎☆♪

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女子会というか、特にお母さん方の集まりは、
駄目な自分や失敗の共有会になりやすい。

よかったことやしあわせのレポートでは、仲間外れになる
不安があるというのだ。

だから、そこからみんなで、深刻に悩み解決の展開になるのは
出だしから無意義さをはらんでいる。

ここから脱却するには、あえてのぶっちゃけ
「しあわせ自慢・自分をほめまくる」を会のテーマにしたり、
そういう時間を設けることが、因習打破の扉になるまいか。

「こんなに可愛くて、そしてかしこい天才で天使な
 子どもたちと暮らせる私は何てありがたきことか!」
「会う人みなみな素晴らしくて、私は世界一めぐまれている」

そこまでの勢いでなくても、無理や嘘はなく
ささやかでよいから、ちょっとしたよかったことを
もっと共有し合ったらよい。

「いひひ、アゲハの幼虫が可愛いし、目が合っちゃったの~」
(実際は目じゃなくて模様)。
「ずんずんと前向きに歩みつつも、犬のふんには氣づいて
 パピッとよける私の勘のよさと視野の広さよ」

そんなことを、SNSでネタのように言う前に、直接集まった場で
語り合えたらよいが、偽ったりオーバートークにはならないようにしたい。
照れから、わざと嘘っぽくて極端な方向へ表現し、
現実はやはり不幸と失敗まみれなのさ、と匂わせるスタンスに
なりかねない。

女性に限らず、日本人には特に難しいところではあるが、
どちらかというと、自慢するのが苦手というよりは、
自分が誰かの幸福を聞いたときに
すなおに祝福できず、フン、お前風情が、と嫉妬してしまう
ところが要因とも感じる。

地球まるごとをとらえたとき、そこに嬉しいことが
1こでもふえたことを、みんなの喜びとして感じられるかどうか。

同様に、誰かの不幸や事故やトラブルを
自分におきかえ、他人事で済まさずに祈りや協力へ
踏み出せるかどうか。

次世代の子どもたちにつまらないことが連鎖しないように、
1人1人が無意識の洗脳や先入観や惰性を
成仏・卒業させる時期に来ている。

目の前にいる人を、自分の親または子どもだと思って、
より親愛なる距離感でとらえ直す。

そうあれば、しあわせの共有もみんなへのギフトとして、
もっと自然に伝えられるように思う。

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