ふろしき王子のブログ◎
出前講座開催☆
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本日は、杉並区の井荻で、
小学生対象のふろしき講座がありました。

基本とあわせて、大きなブロックの遊具をみなで協力して
つつんで背負ったり、ブランコにして遊んだりと
にぎやかに進行しました。最後はお決まりに忍者(手っ甲とずきんなど)。

参加してくださったみなさま、今年も会えてうれしかったです。
たのしい夏休みの毎日をすごしてください☆◎



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昨日は午前中、家族で近所の川であそんだ。

数日前の大雨で水量がまし、くすぶっていた藻が流され、
雨で濁っていた水もきらきらと澄んできた。
稚魚や小魚も無数にいて、足をつついてくる。

そんな楽園のような水場があるいて3分にあるのは
大変感謝すべきことです。

街をながれる清流に大の字にぷかぷかと浮き、
空いろのそらを見上げる。

子どもたちはライフジャケットを着て、仰向けに
きもちよさそうに流れていく。

木があって石があって水がながれていけば、水は自然ときれいになる。

川がきたないという状態は、大自然の循環という視点では
異常であり、水は空氣のつぎに生命維持に不可欠だから
何よりも早急に解決すべき問題だ。

もしもそこに汚い川(泳げない、飲めない、生態系が貧弱)があるなら、
その橋を渡るすべての人は、じぶんごととして真摯に
向き合わなければならない。

最大の安全保障は、お金や軍事のまえに、きれいな水と空気、
安全なたべものが、住んでいる地域で手に入ること。

全世界でそれが実現できれば、みながもっとやさしいきもちを
とりもどして、地球の平和へつながるだろう。

農業ほか各産業の生産活動も、清浄な水や空氣のあってこそ
発展する。

環境汚染で産業が衰退することから、貧困や犯罪、
戦争にさえもつながる。

純粋に、
きれいな川でよろこんで遊ぶ子どもたちの笑顔を見ながら、
本来あたりまえのはずのこうした日常を享受できない地域の
ほうが圧倒的に多い現実を思うと、子どもたちや次世代に
遺すべきものごとが見えてくる。

頭でっかちに解決策を設計するばかりでなく、
いつも見下ろしている川が汚れていることに違和感をもてる
感性を、もっともっと育んでいく必要がある。

生きものの乏しい環境で、子どもたちはゲーム画面のなかで
捕獲している。
さらにはバーチャルリアリティーの中で
あたかも街なかに生きものがいるかのようなアプリケーションすら
存在する。
自然の模倣は、竹をかたどったプラスチックのように
素材じたいの機能を果たせない、表面的な
劣化コピーにすぎない。

環境の再生は、みんなのきもち次第だ。
なぜなら、地球とは、あなたのきもちのことだからである。

現在の環境汚染は、人々のきもちが汚染されていることを意味する。

では、どうしたらきもちをきれいにできるのか。
それは、環境をきれいにしなければ実現できない。

汚れた部屋でどんなに瞑想しても、きもちは洗われない。

逆に、部屋をきれいにすれば、同時に、自然ときもちまで
すっきりとする。

もちろん、環境に負荷をあたえない掃除の仕方が前提である。

基本は、はたきとほうきと布巾と手と水があれば、
部屋もきもちも綺麗になっていく。

ああ、僕もちゃんとやらなきゃあな。

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