私はこのブログで「部首の占める位置とその12区分」(2021.10.2)と題し、部首が漢字のどの部分を占めるかで、12区分したらどうかと提起させていただいた。幸いにも私の提起は支持されており、最近はこのブログの人気記事のトップスリーにいつも入っている。
しかし、この記事を読んだ方から「こうした区分けをするなら凵カン(かんがまえ)も入るのではないか」という質問をたびたびいただいた。図形的な見方からすると、「左右と下部を占める「凵カン」という位置にも何か重要な部首があるのではないか」と思われるのであろう。
凵部に属する主な字は、凶キョウ、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンのみ
この点については私も同じように考え、あらかじめ「凵カン」の位置を占める部首を調べてみた。すると、この位置を占めるのは部首凵カンだけであり、凵部に属する主な字は、凶キョウ、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンの5字のみであった。しかも、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンは、凵カンとその他の部分が分離できない。つまり、当該漢字に凵の部分があるので、凵部に属しているだけの字なのである。しかし、分離できない字は音符になる可能性が強い。案の定、出シュツ、と函カンは音符である。
そこで私は、凵部を12区分からはずした理由を「凵カン(かんがまえ)の対象となる主な字は凶キョウぐらいであり省略した。この部首は、敢えて区分をつくるほどでなく、教えるとき追加で言及すればよいと思う。」と書いた。この時点で私は凶キョウを「凵+メ」に分離できると思っていたのである。
ところで、凶キョウも音符になる。その後、音符「凶キョウ」の記事を書く機会に改めてこの字を分析してみると、兇キョウから分離した字で、「凶キョウ」は、凵とメに分離できないことが判明した。今回、こうした事情も踏まえて、改めて部首「凵カン」について詳しく記述してみたい。
甲骨文字で「凵カン」だった字
部首「凵カン」に入る前に甲骨文字で「凵カン」だった字を紹介しておきたい。それは音符「臽カン」である。
この字は甲骨文字で人が落とし穴におちこんださまである。金文はさらに穴の入口の〇印と下にある尖ったクイを描く。篆文から落し穴が臼の字になった。落し穴・おちいる意となる。現在は、この字に阝(こざと)が付いた陥カンが常用漢字になっている。臽カンの変遷をみると、凵カンは人が落ちるほどの穴であることが分かる。
凵 カン・ケン・コン 凵部
解字 [説文解字]を音符順にまとめた[説文通訓定聲](朱駿聲編)は「一説に坎カン(あな)也。塹ザン(ほり)也。地を穿つの象。凶字此に従う。」として、坎(あな)や塹(ほり)の形とする。凵部に属する「出シュツ」の甲骨・金文(下記の出を参照)は「あな(穴)」描いており、もとは穴やくぼみの意味である。
意味 くぼむ。
部首「凵カン」
凵カンは部首「凵かんがまえ・かんにょう」になる。字の成り立ちは「くぼみ」であるが、そのほか下部が凵形になっている漢字が、凵部に属している。凵部の主な字は、以下の5字である。
常用漢字
凶 キョウ・ク・クウ・わるい 凵部
参考 兇キョウ
参考 禽キン
解字 [説文解字]で許慎は篆文の字形を「悪なり。地面が掘られ、その中に陥るさま(✕)」とし、落とし穴に落ちた状態で、わるい意味とする。しかし、戦国期の第一字は篆文と似ているが、第2字は落とし穴と✕が連続しており落し穴に落ちた形ではない。私は凶は兇キョウから分離した字だと考える。甲骨文字および楚簡(=戦国)の兇は「鳥網の略体(禽の甲骨第1字)+ひざまずく人」と見ることができる。古くから鳥網は敵を捕獲する目的でも使われており、「鳥網で捕獲されて恐懼キョウクする人」と解字すると意味がぴったり合う。
この字から凶が分離し、意味も①わるい。②わざわい、となったため、兇には、わるい・わるもの、の意が追加された。
意味 (1)わるい(凶い)。わるもの。「元凶ガンキョウ」「凶行キョウコウ」 (2)わざわい。不吉。「吉凶キッキョウ」 (3)ききん(飢饉)。作物の出来が悪い。「凶作キョウサク」 (4)おそれる。「凶凶キョウキョウ」(おそれるさま)
出 シュツ・スイ・でる・だす 凵部
解字 [甲骨文字辞典]は、「歩行を示す止(あし)の下部にへこみ(凵カン=穴)が描かれており穴から出ることを表したものであろう」とする。字形は最終的に、あしの部分が「山の中央線が下に出た形」になり、これに穴を表す凵がついた出になった。でる・あらわれる意となる。
意味 (1)でる(出る)。だす(出す)。外にでる。「門出かどで」「出港シュッコウ」(2)あらわれる。「出現シュツゲン」「露出ロシュツ」 (3)でむく。「出演シュツエン」 (4)すぐれる。「傑出ケッシュツ」
凹 オウ・くぼむ 凵部
解字 中央がくぼんだ姿を描いた象形。字の下部が凵形になっていることから、凵部に所属している。
意味 (1)くぼむ(凹む)。へこむ。(2)くぼみ。「凹凸オウトツ」
凸 トツ・でこ 凵部
意味 中央が突き出た姿の象形。字の下部が凵形になっていることから、凵部に所属している。
意味 (1)突き出る。でこ(凸)。「凸起トッキ」「凸凹でこぼこ」
常用漢字以外
函(凾) カン・ゴン・はこ 凵部
解字 甲骨文および金文は、矢が入っている矢筒のかたち。篆文から字形が変わり、現代字はさらに変化した函となった。意味は矢を収納することから、各種のはこ・いれる意。のち、よろいを収納する箱にもなったことから、よろいの意もある。凾は異体字。この字は字形に凵があるので凵部に属している。
意味 (1)矢筒。「矢函シカン」 (2)はこ(函)。各種の収納箱。物を入れる蓋付きの容器。「剣函ケンカン」(剣をいれる箱)「函使カンシ」(手紙を入れた函を届ける使い) (3)よろい。「函人カンジン」(よろいを作る職人) (5)地名。「函館はこだて」(北海道南端の港湾都市)
凵部のまとめ
凵部に属する主な字は、字から凵を分離できない一体型の字である。「部首の12区分」は、部首とそれ以外の部分が分離できることを前提としており、凵部はこれに当てはまらない。
(なお、届カイ・とどく、の旧字「屆カイ」の音符となっている凷カイは、凵と土に分離できるが、極めて特殊な字であり、本稿の対象としていない。)
しかし、この記事を読んだ方から「こうした区分けをするなら凵カン(かんがまえ)も入るのではないか」という質問をたびたびいただいた。図形的な見方からすると、「左右と下部を占める「凵カン」という位置にも何か重要な部首があるのではないか」と思われるのであろう。
凵部に属する主な字は、凶キョウ、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンのみ
この点については私も同じように考え、あらかじめ「凵カン」の位置を占める部首を調べてみた。すると、この位置を占めるのは部首凵カンだけであり、凵部に属する主な字は、凶キョウ、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンの5字のみであった。しかも、出シュツ、凹オウ、凸トツ、函カンは、凵カンとその他の部分が分離できない。つまり、当該漢字に凵の部分があるので、凵部に属しているだけの字なのである。しかし、分離できない字は音符になる可能性が強い。案の定、出シュツ、と函カンは音符である。
そこで私は、凵部を12区分からはずした理由を「凵カン(かんがまえ)の対象となる主な字は凶キョウぐらいであり省略した。この部首は、敢えて区分をつくるほどでなく、教えるとき追加で言及すればよいと思う。」と書いた。この時点で私は凶キョウを「凵+メ」に分離できると思っていたのである。
ところで、凶キョウも音符になる。その後、音符「凶キョウ」の記事を書く機会に改めてこの字を分析してみると、兇キョウから分離した字で、「凶キョウ」は、凵とメに分離できないことが判明した。今回、こうした事情も踏まえて、改めて部首「凵カン」について詳しく記述してみたい。
甲骨文字で「凵カン」だった字
部首「凵カン」に入る前に甲骨文字で「凵カン」だった字を紹介しておきたい。それは音符「臽カン」である。
この字は甲骨文字で人が落とし穴におちこんださまである。金文はさらに穴の入口の〇印と下にある尖ったクイを描く。篆文から落し穴が臼の字になった。落し穴・おちいる意となる。現在は、この字に阝(こざと)が付いた陥カンが常用漢字になっている。臽カンの変遷をみると、凵カンは人が落ちるほどの穴であることが分かる。
凵 カン・ケン・コン 凵部
解字 [説文解字]を音符順にまとめた[説文通訓定聲](朱駿聲編)は「一説に坎カン(あな)也。塹ザン(ほり)也。地を穿つの象。凶字此に従う。」として、坎(あな)や塹(ほり)の形とする。凵部に属する「出シュツ」の甲骨・金文(下記の出を参照)は「あな(穴)」描いており、もとは穴やくぼみの意味である。
意味 くぼむ。
部首「凵カン」
凵カンは部首「凵かんがまえ・かんにょう」になる。字の成り立ちは「くぼみ」であるが、そのほか下部が凵形になっている漢字が、凵部に属している。凵部の主な字は、以下の5字である。
常用漢字
凶 キョウ・ク・クウ・わるい 凵部
参考 兇キョウ
参考 禽キン
解字 [説文解字]で許慎は篆文の字形を「悪なり。地面が掘られ、その中に陥るさま(✕)」とし、落とし穴に落ちた状態で、わるい意味とする。しかし、戦国期の第一字は篆文と似ているが、第2字は落とし穴と✕が連続しており落し穴に落ちた形ではない。私は凶は兇キョウから分離した字だと考える。甲骨文字および楚簡(=戦国)の兇は「鳥網の略体(禽の甲骨第1字)+ひざまずく人」と見ることができる。古くから鳥網は敵を捕獲する目的でも使われており、「鳥網で捕獲されて恐懼キョウクする人」と解字すると意味がぴったり合う。
この字から凶が分離し、意味も①わるい。②わざわい、となったため、兇には、わるい・わるもの、の意が追加された。
意味 (1)わるい(凶い)。わるもの。「元凶ガンキョウ」「凶行キョウコウ」 (2)わざわい。不吉。「吉凶キッキョウ」 (3)ききん(飢饉)。作物の出来が悪い。「凶作キョウサク」 (4)おそれる。「凶凶キョウキョウ」(おそれるさま)
出 シュツ・スイ・でる・だす 凵部
解字 [甲骨文字辞典]は、「歩行を示す止(あし)の下部にへこみ(凵カン=穴)が描かれており穴から出ることを表したものであろう」とする。字形は最終的に、あしの部分が「山の中央線が下に出た形」になり、これに穴を表す凵がついた出になった。でる・あらわれる意となる。
意味 (1)でる(出る)。だす(出す)。外にでる。「門出かどで」「出港シュッコウ」(2)あらわれる。「出現シュツゲン」「露出ロシュツ」 (3)でむく。「出演シュツエン」 (4)すぐれる。「傑出ケッシュツ」
凹 オウ・くぼむ 凵部
解字 中央がくぼんだ姿を描いた象形。字の下部が凵形になっていることから、凵部に所属している。
意味 (1)くぼむ(凹む)。へこむ。(2)くぼみ。「凹凸オウトツ」
凸 トツ・でこ 凵部
意味 中央が突き出た姿の象形。字の下部が凵形になっていることから、凵部に所属している。
意味 (1)突き出る。でこ(凸)。「凸起トッキ」「凸凹でこぼこ」
常用漢字以外
函(凾) カン・ゴン・はこ 凵部
解字 甲骨文および金文は、矢が入っている矢筒のかたち。篆文から字形が変わり、現代字はさらに変化した函となった。意味は矢を収納することから、各種のはこ・いれる意。のち、よろいを収納する箱にもなったことから、よろいの意もある。凾は異体字。この字は字形に凵があるので凵部に属している。
意味 (1)矢筒。「矢函シカン」 (2)はこ(函)。各種の収納箱。物を入れる蓋付きの容器。「剣函ケンカン」(剣をいれる箱)「函使カンシ」(手紙を入れた函を届ける使い) (3)よろい。「函人カンジン」(よろいを作る職人) (5)地名。「函館はこだて」(北海道南端の港湾都市)
凵部のまとめ
凵部に属する主な字は、字から凵を分離できない一体型の字である。「部首の12区分」は、部首とそれ以外の部分が分離できることを前提としており、凵部はこれに当てはまらない。
(なお、届カイ・とどく、の旧字「屆カイ」の音符となっている凷カイは、凵と土に分離できるが、極めて特殊な字であり、本稿の対象としていない。)