NIKKEI STYLE 2016/12/30
日本人にとって特別な山、富士山。全国には富士山を思わせるとして「○○富士」の名で親しまれる山がたくさんある。「ふるさと富士」「おらが富士」とも呼ばれるこれらの山の中で、最も富士山に似ているのはどこか。富士山研究の第一人者で、日本地図センター常務理事の田代博さんに聞いた。
■富士山の角度は28度 どこから見ても円すい形
「大事なのは傾斜角ですね」。田代さんは雑誌「山と渓谷」の企画で以前、ふるさと富士の「富士山度」を調べたことがある。その際重視したのが山の傾斜角だ。
田代さんによると、傾斜角とは裾野から山頂にかけて直線を引いたときの角度という。国土地理院地図の3D機能で山を横から見た図を作り、斜面を直線とみなして角度を測った。その結果、本家富士山の傾斜角は約28度だと分かった。この角度に近いほど、富士山にシルエットが近くなる。
そのほかの要素も見逃せない。まずはどこから見てもきれいな円すい形であること。そして頂上の形状が富士山に似ていること。さらには「富士山は日本一高い山なのだから、やっぱりある程度の標高はほしいところ」。
傾斜角が28度に近く、どこから見ても円すい形で、頂上が富士山に似た「ふるさと富士」。田代さんが選んだ1位は、2つあった。
■1位は「蝦夷富士」と「薩摩富士」
一つ目は「蝦夷(えぞ)富士」で知られる羊蹄山。札幌の南西にあり、北海道倶知安町、喜茂別町、京極町、真狩村、ニセコ町にまたがる、北海道を代表する山だ。
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「蝦夷富士」で知られる羊蹄山。山容は富士山そっくりだ(倶知安町提供)
標高は1898メートル。どこから見ても整った円すい形で、傾斜角は27度。田代さんは写真を見て本家の富士山と間違えたことがあるとか。作家・深田久弥の著書『日本百名山』にも選ばれた名峰だ。
アイヌの人たちは、その整った山容から「マチネシリ」、すなわち「女山」と呼んでいたという。そこに後方羊蹄山(しりべしやま)の字が当てられ、長らくそう呼ばれていた。ただ、読みにくいことから、近年は羊蹄山とのみ称されている。
蝦夷富士と並んで1位となったのは、「薩摩富士」=開聞岳(鹿児島県指宿市)。標高924メートル、傾斜角は30度でこちらも整った円すい形だ。「高さと火口がある点では羊蹄山、整い具合は開聞岳。どちらも甲乙付けがたい」。もちろん日本百名山にも選ばれている。
「薩摩富士」で知られる開聞岳は、きれいな円すい形。シルエットも富士山とよく似ている(指宿市観光課提供)
指宿市によると、開聞岳の登山道は緩やかならせん状で、老若男女を問わず頂上に登りやすいという。頂上からは霧島や屋久島など大パノラマが楽しめる。
■3位「八丈富士」 4位「日光富士」
3位は東京都の八丈島にある「八丈富士」。正式名称は西山だ。標高854メートル、傾斜角は20度と緩やかだが「本家富士山と同じく、火口の周りを一周する『お鉢巡り』ができることがポイント」。
登山口から山頂までは、約1300段の階段を上っていく。山頂の火口内には富士山信仰の象徴、浅間神社がある。八丈島は本家の富士山が見える最南端の場所でもある。
4位は栃木県日光市の「日光富士(男体山)」。標高2486メートル、傾斜角30度で「下野(しもつけ)富士」とも呼ばれる。日本百名山の一つで、どこから眺めても円すい形の美しい山容だ。中禅寺湖からの眺めがひときわ美しい。
■5位「讃岐富士」 6位「榛名富士」、7位「吾妻小富士」
5位は「讃岐富士」。香川県坂出市と丸亀市にまたがる標高422メートル、傾斜角30度の飯野山だ。讃岐平野に浮かぶおむすび型の山がかわいらしい。「標高は低いが、とにかく形が美しい」。春には山麓に桃の花のじゅうたんが広がる。
「吾妻小富士」には山頂に大きな火口がある(福島県観光物産交流協会提供)
6位は群馬県高崎市の「榛名富士(榛名山)」。標高1390メートル、傾斜角は32度。富士山にあこがれた天狗(てんぐ)が一晩のうちに富士山を超える山を造ろうとしたが、途中で夜が明けた。そのため高さが富士山に及ばなかった、との伝説が残る。榛名湖に映る逆さ富士も魅力的だ。
7位は福島市の「吾妻小富士」。福島県と山形県の県境にある吾妻連峰の中核をなす。標高1707メートル、傾斜角26度で山頂に大きな火口があるのが特徴だ。「火口があること、残雪が多いことが富士山を思わせる」
■8位「諏訪富士」 9位「岩手富士」、10位「出羽富士」
8位は「諏訪富士」。長野県茅野市と立科町にまたがる蓼科山で、標高2530メートル、傾斜角は30度。「南西側からみると富士山に似ている。計算上では、あと80メートル高ければ山頂から富士山を眺めることができたので、ちょっと残念」
「出羽富士」「秋田富士」と呼ばれる鳥海山(庄内観光コンベンション協会提供)
9位は「岩手富士」。岩手県八幡平市・雫石町・滝沢市にまたがる岩手山で、「南部富士」「南部片富士」とも呼ばれる。標高2038メートル、傾斜角は23度だ。「『片富士』の名の通り、見る方向によって形が違う。東側からがおすすめ」
最後に10位が「出羽富士」。傾斜角20度の鳥海山(ちょうかいさん)で、標高2236メートルと東北第2の山だ。「秋田富士」との別名もある。山形県遊佐町・酒田市、秋田県にかほ市・由利本荘市にまたがっている。
■ふるさと富士、最も多いのは兵庫 少ないのは山形・山梨・宮崎
全国各地にある「ふるさと富士」。いったいどのくらいあるのだろう。田代さんが調べたところ、467は確認できた。
都道府県別に見ると、最も多いのが兵庫県で36。次いで岡山県(30)、北海道(23)となる。少ないのは山形・山梨・宮崎県で1ずつだ。
最北端は1721メートルの「利尻富士(利尻山)」。最南端は沖縄の「本部富士(目良森=みらむい)」で標高は約250メートルだ。
高低はどうだろう。一番高いのは長野県にある「お馬富士(仙丈ケ岳)」で3033メートル。次いで富山県立山町の「富士ノ折立」が2999メートルだ。本家富士山に迫る高さだ。
■標高0mの「富士山」も
一方、最も低いふるさと富士は諸説ある。日本山岳会認定の日本一低い富士山は秋田県の「富士山(ふじやま)」で35メートル。明田富士山と呼ばれている。記念碑も立っている。
ただ田代さんによると、愛知県西尾市、三河湾に浮かぶ離島・佐久島にある「富士山(ふじやま)」はさらに低く31メートル、そして秋田県大潟村の「大潟富士」にいたっては0メートルだという。もっとも大潟富士は富士山に似せて造った人工の山だが……。
「大潟富士」は人工的に造られた、日本一低い「ふるさと富士」。本家富士山の1000分の1サイズだ(大潟村提供)
大潟村の担当者によると、大潟富士は1995年6月3日、「測量の日」に完成した。山の高さは本家富士山の1000分の1サイズ、すなわち3.776メートルあり、山頂の標高がちょうど0メートルになる場所に造られた。ただし人工の山ということで国土地理院の地図への掲載は見送られたようだ。
■全国に同姓同名の「富士山」はいくつある?
ところで、秋田や愛知の富士山は、読み方こそ「ふじやま」だが、漢字だと「富士山」そのままだ。全国に漢字表記が「富士山」となっている山はどのくらいあるのだろう。
「国土地理院の地図に載っているのは全部で15あります。ただ、地理院の地図には各自治体が『地名調書』という書類を書いて提出したものだけが載るため、カバーし切れていない可能性があります。独自に調べたところ、27は確認できました」
さすがは富士山博士の田代さん。そんなことまで調べていた。ただし富士山と冨士山(ウ冠とワ冠)は同じと数えた。
それにしても全国にこれほど同姓同名の富士山があり、かつ「○○富士」が多いとは思わなかった。それだけ日本人が富士山をこよなく愛しているということだろう。年末年始、故郷の富士を眺めながら、来し方行く末を考えるのもまた、いいかもしれない。
(生活情報部 河尻定)
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO11089120W6A221C1000000?channel=DF280120166608