先住民族関連ニュース

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アイヌ民族工芸品「メノコイタ」 五輪公式商品に

2020-01-25 | アイヌ民族関連
北海道新聞 01/25 05:00
 東京五輪・パラリンピックの公式ライセンス商品「伝統工芸品コレクション」に、経済産業相指定の伝統的工芸品で、日高管内平取町二風谷地区で古くから受け継がれてきたアイヌ民族の伝統工芸品「二風谷イタ(木の盆)」の彫刻技術を用いた「メノコイタ」が認定された。ライセンス商品として道内の伝統工芸品が販売されるのは初めて。
 メノコイタはまな板と盆を兼ね備えた機能を持つアイヌ伝統の生活民具。ライセンス商品にはラムラムノカ(うろこ)やモレウノカ(渦巻き)といったアイヌ文様が彫られ、東京大会の公式ロゴマークもあしらわれている。縦28センチ、横11センチで、価格は4万4千円。
 全国の新聞社でつくる「47CLUB」の通販サイトや平取町の二風谷工芸館などで28日から販売する。北海道経済産業局は「ウポポイ(民族共生象徴空間)開業を控えアイヌ文化が注目される中、道内の伝統が世界に広がる機会になれば」(製造・情報産業課)としている。(佐々木馨斗)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/386544

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「アドベンチャートラベル」サミット道内開催発表 自治体など期待

2020-01-25 | アイヌ民族関連
北海道新聞 01/25 01:23 更新
 道は体験型観光を中心とする旅行スタイル「アドベンチャートラベル(AT)」に関する国際サミットを、2021年9月に道内で開くことが内定したと発表した。鈴木直道知事は24日の定例会見で「北海道の魅力を発信する絶好の機会にしたい」と述べた。ATの市場規模は約72兆円とされ、誘致を目指してきた自治体や観光関係者からは、経済活性化や観光情報発信への期待が膨らんでいる。
 道などは既に参加者の体験メニューづくりやガイド育成に着手。知事は「ATサミットとして最大規模を想定。北海道は自然が豊かで、アイヌ民族の文化もある。開催準備を進めたい」と語った。
 道観光振興機構も幅広い国からの集客増につなげたい考え。堰八義博会長は「経済効果は大きい。景色、食だけでなく、ストーリー性を持った旅をしに来る人が増える」と話す。課題について「英語を話せるだけではなく、歴史や背景の説明もできるガイドが求められる。早急に人材の確保、育成に努めたい」と言う。
 サミットのメイン会場となる札幌市の秋元克広市長は「新しいツーリズムの可能性につながる」と期待。アイヌ文化の発信拠点がある阿寒湖温泉などを核にAT誘致に力を入れてきた釧路市の蝦名大也市長は「サミットをきっかけに釧路市を含めた『ひがし北海道』が、ATの聖地となるよう準備を進めたい」とした。
 ATは自然やアウトドア活動、異文化体験を組み合わせて楽しむ、欧米の富裕層に人気の旅行スタイル。サミットは2005年から毎年開かれ、今年はオーストラリアで開かれる。
 道内のサミット開催はアジア初となる。日程は9月20日~23日の4日間。60カ国から約800人の旅行会社、アウトドアメーカー関係者らが参加する予定。
 道などは道内各地で自然環境やアイヌ民族の文化を体験する数十種類のプログラムを用意。札幌コンベンションセンター(札幌市白石区)では旅行商品の商談会や最新情報を発信するセミナーを行う。(本庄彩芳、袖山香織、麻植文佳)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/386500

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体験型観光国際サミット、来年秋の道内開催決定

2020-01-25 | アイヌ民族関連
北海道新聞 01/24 05:00
 欧米で人気の体験型観光を中心とする「アドベンチャートラベル(AT)」に関する国際サミットについて、道と米国の主催団体が2021年秋に札幌など道内で開催することを決めた。鈴木直道知事が24日の記者会見で正式表明する見通し。
 主催団体「アドベンチャー・トラベル・トレード・アソシエーション(ATTA)」(本部・米国)と道との協議で開催条件がまとまった。日程は4日間の予定で、旅行商品の商談会や最新情報を発信するセミナーを開催するメイン会場は、札幌コンベンションセンター(札幌市白石区)を想定。旅行会社やメディア関係者ら数百人が来道し、道東など道内各地での体験型ツアーにも参加する。
 道などは既に周遊メニューづくりやガイド育成に着手している。サミットを通じ、道内の多様な自然環境やアイヌ文化などの体験プログラムを海外に発信できるとして、誘客拡大を期待する。
 ATはアウトドア活動や異文化体験を組み合わせた欧米の富裕層に人気の旅行スタイル。北海道経済産業局によると昨年のサミット開催地・スウェーデンでは、約50カ国から旅行会社関係者ら約800人が参加した。道内誘致は、知事の選挙公約で、実現すればアジア初となる。(犬飼裕一)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/386194

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井浦新、アイヌの里・二風谷で1日限りの自選上映会!

2020-01-25 | アイヌ民族関連
エイガドットコム2020年1月25日 00:00
こだわりの3作品を引っさげ北海道入り
俳優の井浦新にとってライフワークともいえる自選上映会が、2月9日に北海道平取町の二風谷で開催されることが明らかになった。
「井浦新 自選上映会 in 二風谷」と銘打たれた上映会は、“アイヌの里”と呼ばれる二風谷の沙流川歴史館で行われる。上映作品は、井浦にとって“師”ともいえる若松孝二監督の遺作となった「千年の愉楽」、井浦が若き日の若松監督を演じた「止められるか、俺たちを」、第34回高崎映画祭で最優秀作品賞に輝いた主演作「嵐電」の3本だ。
井浦は過去2回、東日本大震災で被災した東北地方で自選上映会を行ってきた。これまでは必要経費を引いた売り上げを震災で被害に遭ったライブハウスや、豪雨災害の復興を支援するための寄付をしてきたが、今回も同様に北海道災害義援金募集委員会とアイヌ文化新興に寄付するという。
自選上映会に同所を選んだ理由について、井浦は「5年前にNHK『日曜美術館』で、興味がある地に息づく美を巡る企画をやらせていただいた時、アイヌ文化をしっかり学び体感したいという想いで、北海道平取町を訪れました。圧倒的な大自然に抱かれた暮らしの中から生まれたアイヌの手仕事と歴史、そして人と精神。全てに魅せられてしまい、そこで出逢った二風谷の工芸作家・関根真紀さんと幾度か一緒にモノづくりをしてきました。二風谷に再び訪れる時は何か面白い事ができたらと渇望していましたが、このたび念願叶い、東北で開催してきた自選映画上映会を二風谷で開催できる機会をいただきました」と説明。それだけに、「多くの方々と豊かな自然のなか、会場である沙流川歴史館のアイヌ文化と縄文文化の展示に触れながら、瑛gあを見て語らい合えることを楽しみにしています」とコメントを寄せている。
当日は、「千年の愉楽」が午前9時45分、「止められるか、俺たちを」が午後12時30分、「嵐電」が午後3時50分から上映される。「千年の愉楽」と「止められるか、俺たちを」に年齢制限はないが、12歳未満の子どもは保護者同伴、了承のうえでの入場となる。チケットは1月26日から発売。問い合わせ先はノーザンクロス平取事務所まで。チケットぴあでも発売を予定している。
https://eiga.com/news/20200125/1/

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日本はいつから単一民族になったのか 日本の若者をミスリードしかねない政治家の戯言

2020-01-25 | アイヌ民族関連
JBpress2020.1.24(金
 例によってですが、またしても麻生太郎副総理兼財務相がとんでもない失言を繰り返しました。
 1月13日、地元・福岡県飯塚市で開いた国政報告会で述べたもので「2000年にわたって同じ民族が、同じ言語で、同じ一つの王朝を保ち続けている国など世界中に日本しかない」との発言です。
 報道は、すでに成立している「アイヌ民族支援法」を引き合いに出し、アイヌを「先住民族」としていることを挙げて、日本が単一民族国家と受け取られかねない発言を批判を呼ぶ可能性があるなどとしています。
 しかし、ちょっと真面目に考えれば、琉球~沖縄が日本に編入されたのは“琉球処分”(それにしてもひどい呼称です)のあった1872年のことで、148年前のことにすぎず、2000年云々はこれだけ見ても素っ頓狂です。
 この種の問題の「常識の源流探訪」を試みてみましょう。
鎌倉幕府を開いたのは?
 いいくに作ろう・源頼朝というのは、日本史の歴史暗記法で、1192年、鎌倉幕府が開府された年代を記憶するゴロ合わせとしてよく知られたものです。
 さて、頼朝は朝廷から「将軍」に任命されるわけですが、この正式な呼称、ご存じでしょうか。割と有名な単語と思うのですが・・・。
「征夷大将軍」
 せいいたいしょうぐん、といいます。ウィキペディアの記載に少し加筆して紹介すると
征夷大将軍は、朝廷の令外官の一つである。「征夷」は、蝦夷を征討するという意味。
飛鳥時代・奈良時代以来、東北地方の蝦夷征討事業を指揮する臨時の官職は、鎮東将軍・持節征夷将軍・持節征東大使・持節征東将軍・征東大将軍など様々にあったが、奈良末期に大伴弟麻呂が初めて征夷大将軍に任命された(794年)。
(中略)征夷大将軍(征夷将軍)の下には、征夷副将軍・征夷軍監・征夷軍曹、征東将軍(大使)の大伴弟麻呂の次の坂上田村麻呂(797年任官)は阿弖流為を降して勇名を馳せたが、次の文室綿麻呂が征夷将軍に任ぜられた後は途絶えた。
 とあり、「東北地方」に存在していた「蝦夷」を「大和朝廷」が「討伐」すると書いてあることが分かります。
 では「蝦夷」とは何か?
「蝦夷地」として検索すると、「蝦夷地:渡島半島を除く現在の北海道と千島列島、樺太、場合によりカムチャツカ半島をを含むエリア」などとあります。
「アイヌ」の居住エリア、イメージとしては「北海道の道東より東北っぽいイメージ」があります。では「蝦夷」はどうか、と見てみると
「蝦夷:蝦夷(えみし、えびす、えぞ)は、大和朝廷から続く歴代の中央政権から見て、日本列島の東方(現在の関東地方と東北地方)や、北方(現在の北海道地方)などに住む人々の呼称である」とあります。
 時代と共に東へ、東へと押しやられて行きますが、実は本州を含むエリアが「蝦夷」の居住地、つまり「蝦夷地」であったことが明らかです。
 よく知られた征夷大将軍「坂上田村麻呂」が拠点とした「多賀城」=宮城県多賀城市は724年に大野東人によって開かれましたが、田村麻呂の802年の戦役を経て胆沢城(岩手県奥州市水沢)まで北進します。
 ということは724年の段階では「胆沢城」のエリアは「大和朝廷」支配エリアの「陸奥国」北限に入っていないことになる。
 水沢は小沢一郎議員の地元として知られるエリアです。仮に奈良時代初期に小沢一郎さんがこの地に生まれ育っていたら、彼は「日本人」~ヤマトの人と認識されていたかどうか、かなり怪しいことが分かります。
 水沢は陸前高田から真東に進んだあたりで盛岡よりも南、秋田も八戸も青森もすべて水沢より北に位置しますから、これらのエリアは8世紀半ばには「大和朝廷」の支配下に収められていなかったことが考えられます。
 この「多賀城」と「胆沢城」の中間に、松尾芭蕉が「奥の細道」で訪れた「中尊寺」のある、岩手県平泉市が所在します。
 平泉は奥州藤原氏が支配したエリアで、支配者のミイラなどが残っており、かなり独特な文化を持っていたことが知られます。
 その遺体計測から、「奥州藤原氏」の人々は京都からやって来たらしいことが確認されているようです。
 いずれにしても、畿内とは相当異なった文化の地であったことは間違いありません。
「蝦夷地」に追いやられた「蝦夷」
 私が中学高校時代に日本史を教わった城谷稔先生という方がいます。戦後、日本共産党で活動し、不破哲三氏との競争に敗れて党を離れたらしいという伝説を40年ほど前、私が高校生だった頃お聞きしました。現在も九州でお元気と消息を伺います。
 この、とっても左で、とってもリベラルな城谷先生から、関東近県に残るアイヌの地名という話を教わりました。
 私の母校は東京の田舎、練馬区にあり、冬場は「競歩大会」と称して埼玉県飯能市あたりで20キロほどの道のりを歩く年中行事が恒例になっていたのですが、埼玉のこのエリアには「越辺川(おっぺがわ)」という川が流れています。
 昨年の豪雨で洪水の被害が出たので、ご記憶の読者もあろうと思います。この「おっぺ」という言葉、「豊かな川」という意味を持つ、れっきとしたアイヌ語だそうです。
 つまり現在の東京よりも西に位置する飯能や秩父のエリアも、もとは「アイヌ」の土地。つまり「蝦夷地」だったことが、はっきり確認できます。
「入間川(いるまがわ)」の「いるま」は「イルマオイ=熊の足跡」というアイヌ語の語源が指摘されるようです。
 関越自動車道「花園インター」から秩父、長瀞方面に向かう途中には「寄居市風布」という地名があります。
「風布」。読めますか?
「ふっぷ」と読みます。アイヌ語で「フプ」とはトドマツを指すのだそうで、要するにこのエリアは、古くは熊とオオカミとアイヌの支配する未踏の野生のエリアだった。
・・・というのが、史実として本当であるかどうかは、科学者の検証を待つべきかもしれません。
 惜しくも一昨年の2月、98歳で亡くなられた俳人の金子兜太さんとは、作詞・作曲でのコラボレーションから「秩父音頭」の選句(ご急逝後、跡を託され責を負いました)、マルクス経済学まで、様々な案件でご一緒させていただき、心を養っていただきましたが、彼の中では「オオカミ」も「熊」も「アイヌの大地」としての秩父も、太い動脈で結ばれた真実でありました。
 秩父には「和銅」の地名があります。つまり「和同開珎」が鋳造される純銅が採掘された銅山があるわけです。
 この地も、ヤマト朝廷に屈服させられる前には、「まつろわぬ民」である秩父の民の大地であって
「自分の中に、こう、オオカミと、その遠吠えとつながる血液が流れていると、そう感じると、なんとも言えず、愉快なんでありますな、ハハハ」
 などとおおらかに笑われる兜太さんの表情を、いまもありありと思い出しながらこの原稿を書いています。
 ちなみにそもそも「秩父」という地名そのものが「秩父別(ちっぷべつ)」、わたしたちがこえてゆく川といった意味合いのアイヌ語に由来し、つまるところ「荒川中流に開かれた古代からのアイヌ盆地文明の地」の中心であったことが示唆されている。
 とてもではないが「2000年来 単一民族 単一言語 単一王朝」など、おかしくて臍が茶を沸かすお笑い種でしかありません。
 仮に値引きして奈良時代初期と考えても1300年を超えることはなく、平安末期に東北地方で戦われた「前九年の役」(1051-62)「後三年の役」(1083-87)あたりから考えても900年程度です。
 その実は太閤検地以前の日本の地方は、よく分かっていないことが多く、せいぜい1590年代以降、ここ400年弱の「本州島」の弱い統一にすぎません。
 しかも明治維新までは「陸奥国」「出羽国」というように、一つひとつの「クニ」に分かれ、地元の言語はおよそ統一などされていませんでした。
 21世紀に至っても、他国の人間にはほとんど判別不可能な方言が残る地域も残存しているのが、現実の「このくにのすがた」にほかなりません。
「単一民族説」は国民皆兵から
 では、日本に「単一民族」などという虚妄が導入されたのはいつのことか?
 すでに紙幅を過ぎているので、結論だけ記すなら、はっきり時期が分かっており1873年、つまり、冒頭に挙げた「琉球処分」の翌年のことです。
「徴兵令」が敷かれて以降、むりやり導入したもので、当初はちっとも普及しませんでした。
 いま、若い夫婦が結婚するとして、奥さんのルーツが「何県だ」と言って問題にする人は日本にほとんどいないでしょう。
 しかし、ものの50年、100年前には、隣村から嫁を貰うというだけで「大問題」といったことが普通にあった。それくらい閉鎖的な島国であったのが、日本の現実の姿にほかなりません。
 1873年は明治6年、明六社と呼ばれる近代科学導入集団が発足し、4年後に東京大学が開学される、まさに近代の夜明け前で、本当の意味で日本に「単一民族感」が普及するのは、「日本人」が兵隊として大挙して「朝鮮半島」や「中国」に出兵し、現地で戦争に勝って利益を得る「日清戦争」以降のことです。
 夏目漱石の小説が描く「ちょうちん行列」などで庶民にも「日本」という統一単位が認識される1895年以降のことで、そのような考え方は1945年に本質的には否定されている。
 つまり、たかだか125年前に捏造され、75年前に終了している例外的な50年の間に喧伝され、日本を破滅戦争に導いて抹消された「おわこん」にほかなりません。
 麻生太郎氏は1940年生まれで、この「例外的な50年」の産物ということになります。
 80代を超えると、上も下もゆるくなってくるとなどと言われ、実際そのような変化があるのは親の介護と死に目を見て事実と思いますが、あまり発言が緩いのは、国の舵取りとしてはご勘弁願いたい。
 迷惑がかかるレベルが拡大するまえに、引退という選択肢もあるように思うのは私だけのことでしょうか。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59068

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日高アイヌ文化振興シンポジウムで魅力発信

2020-01-25 | アイヌ民族関連
日高報知新聞2020.01.24
 日高振興局主催の「日高アイヌ文化振興シンポジウム」が22日、浦河町栄丘東通の振興局4階講堂で開かれ、平取町の川上満町長が同町で取り組んでいる振興策を紹介。昨年5月に実施した日高のアイヌ文化ツアー関係者のトークセッションなどで知識を深めた。
 アイヌ文化を地域の宝として国内外に発信し、交流人口の増加を図ることなどを目的にしたシンポジウム。管内全域からアイヌ団体、行政、議員、商工・観光、教育関係者を中心に約170人が参加。様似、新冠、日高の各町長や各町議会議長、振興局長らも耳を傾けた。
 平取町は二風谷地区を中心にアイヌの伝統文化が色濃く残る道内の代表地。町はアイヌ施策に力を入れ、さらに国のアイヌ施策関連の法律に基づく新たな交付金事業を受け、2019年度(同年度は1億2840万円)から5か年でイオル文化交流センターの建設や慰霊塔整備、文化伝承、交流事業、産業・観光振興、情報発信関連などの各種事業を推進している。
 道町村会のアイヌ対策推進協議会長も務める川上町長は、平取町のこれまでのアイヌ施策と将来的な展望を示し、国際的な民族交流事業の成果、多様な文化的な資源の活用による文化の伝承や人材育成、関連原材料の供給機能、環境保全対策計画などを紹介。
 町長3期12年間の町政で「アイヌ施策の進展は重要な成果の一つ」とし、町の宝として、貴重な豊かな文化財産を生かしながら、住民が誇りと充実感を持って暮らせるまちづくりをアピールした。
 トークセッションは、川上町長に次いでアイヌ文化ツーリズムの今後と日高の可能性について講演した「おもしろ旅企画ヒラタ屋」の平田進也代表(日本旅行・大阪部長)と、昨年5月に平田さんが企画・催行した2泊3日の「日高でアイヌ文化にふれる旅」に同行したまちづくり観光デザインセンターのかとうれいこ代表、ツアー受け入れ先でアイヌ文化の紹介や料理を提供した浦河町アイヌ生活相談員の堀悦子さんの3人が出演者。
 平田さんは、2018年秋に日高振興局の招へいで、平取や浦河など各地のアイヌ文化にふれ、これをもとに昨年ツアーを初企画し、関西から21人が参加した。トークはこのツアーで見えたこと、課題などで意見を交えた。
 平田さんは「喜んでもらうのがツアーの基本。旅慣れた人たちでも見るもの食べるものすべてが初めてで、皆さん楽しみ感激していた。また実施したいという思いが強い」。
 堀さんは「ツアー客に料理を出すのは初めてで、本当に勉強になった。アイヌ料理の提供や物販ができる新しい施設を作りたい」。
 かとうさんは「アイヌ文化に興味津々で、質問が尽きないほどの反応。広大な日高育成牧場の見学も好評で、皆さんツアーに満足したようで、同行した私もうれしかった」などと話していた。
http://www.hokkaido-nl.jp/article/15768

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五輪の舞台で「日本」を発信 伝統芸能、被災地復興、共生社会実現

2020-01-25 | アイヌ民族関連
産経新聞 1/24(金) 21:44配信
 東京五輪開催まで24日であと半年。五輪はスポーツだけでなく、アーティストらが華々しく活躍する文化芸術の祭典。東京大会では主に「日本の伝統芸能披露」「東日本大震災の復興アピール」「地球規模課題のメッセージ発信」の3つのテーマに沿った多彩なイベントが計画されている。創出された文化プログラムの多くが五輪のレガシー(遺産)として、その後も継続されている2012年ロンドン大会にならい、日本の文化芸術の力を結集した取り組みが模索されている。(植木裕香子)
 スポーツの祭典として注目を浴びる五輪だが、「スポーツ、文化、教育の融合」を掲げる五輪憲章では大会期間中に、文化プログラムを実施することが義務付けられている。
 近年の大会では開催規模は長期・大規模化。ロンドン大会で行われた「アンリミテッドプロジェクト」では、演者の車いすの女性が水中パフォーマンスを披露し、共生社会実現に向け、障害者の表現の可能性を広げたとして評価された。
 ロンドン大会の成功に続こうと、国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」を念頭に、東京からも地球規模の課題に向けた前向きなメッセージを発信しようとしている。
 東京芸術大美術学部長の日比野克彦教授(61)が監修、都主催のアートプロジェクト「TURN」では、家庭にさまざまな問題を抱え「子ども食堂」を利用する子供たちに、食堂の壁に壁画を描いてもらうプロジェクトをすでに実施した。今夏も芸術家らが障害者や高齢者らとの交流を通じて表現活動を行うプロジェクトを計画している。
 日比野教授は「個性を認め合うアートの視点で、異なる背景の人同士が関われば、『他人事』も『自分事』へと変わり、その集積が地球規模の課題解決につながる」と企画の意義を述べる。
 一方、「東北復興」をテーマにしたプログラムではプロデューサーに福島生まれで、東京芸大美術学部の箭内(やない)道彦教授(55)を起用。地元の子供たちが創作に加わった巨大人形「モッコ」が東北各地をまわり、東日本大震災からの復興への思いを収集し、東京に届ける。
 「伝統芸能の披露」としては4月に東京体育館(渋谷区)で、歌舞伎とオペラを融合した「KABUKI×OPERA『光の王』」を開催。市川海老蔵さんとイタリア出身の世界的オペラ歌手、アンナ・ピロッツィさんらの共演が注目を集めている。
 文化庁主催では国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された沖縄の伝統芸能「組踊(くみおどり)」の公演が3月に沖縄県で開催。アイヌ文化の魅力発信を目指し、4月に北海道白老町に開館する複合施設「民族共生象徴空間(ウポポイ)」を拠点にしたプロジェクトも実施される。
 五輪開催を前に、文化庁の担当者は「日本の文化を戦略的かつ積極的に発信し、文化芸術を通じた相互理解を図りたい。(文化プログラムの開催は)観光振興の絶好のチャンスと考えている」と話している。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200124-00000619-san-soci


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首相「日本の美に触れる機会設ける」…日本博で発信強化

2020-01-25 | アイヌ民族関連
読売新聞 1/24(金) 20:27配信
 安倍首相は24日の参院本会議での代表質問で、政府が東京五輪・パラリンピックに合わせて開く文化芸術の祭典「日本博」を通じ、日本文化の国内外への発信を強化する方針を示した。
 首相は「我が国が誇る縄文時代から現代まで続く『日本の美』に触れていただく機会を本格的に設け、地域文化の活性化に取り組んでいく」と述べた。具体例として、アイヌ民族の伝統音楽や食文化、琉球舞踊を挙げた。
 自民党の野上浩太郎参院幹事長代行と公明党の山口代表の質問に答えた。野上氏は質問で「これまで以上に日本博の広報戦略に力を入れてもらいたい」と要望した。山口氏は「日本の宝である文化財を後世に継承できるよう対策に万全を期すべきだ」と求めた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200124-00050262-yom-pol

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