Nippon.com 2020.01.25
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沖縄県の西表島にある干立(ほしたて)村で、バショウの幹やクバの葉で作った小さないかだを西の海に向けて流す儀式がある。疫病をもたらすものをいかだと一緒に追い出し、無病息災を祈る伝統的な神事「シマフサラ」。いかだが行きつく先として考えられているのは「ガバラぬ島」と呼ばれる場所。これは一体どこなのか。「シマフサラ」を取材してみると、かつての村人たちが自分たちの手に負えない悪疫や病害虫などの処置を、沖縄と海でつながる台湾に託そうとしていた姿が見えてきた。
「ガバラぬ島」と「カバラン」
西表島は、多数の島々で構成される沖縄県の八重山地方にある。シマフサラが行われる干立村は西表島の西部地区に位置する。
村の代表者に当たる公民館長の飯田晋平さん(48)によると、住民は100人ほど。豊穣(じょう)に感謝をささげる「西表島の節祭」が国の重要無形民俗文化財に指定され、その期間中は隣村の祖納村ともども、行楽客や研究者でにぎわうが、普段は豊かな屋敷林にさざなみが漏れ聞こえる静かな村である。西に開けた海の向こうに台湾があり、その距離は約190キロ余り。県庁所在地のある那覇市とは440キロ余り離れており、台湾のほうが2倍以上近い。
琉球大学島嶼地域科学研究所の宮平盛晃研究員の調査によると、沖縄県内では、無病息災の祈願や病害虫の防除を目的とした儀式が行われ、その呼び名は「シマフサラ」のほかに、「シマクサラシ」や「シマフサラシ」、「カンカー」、「シマカンカー」などがある。県内の41市町村のうち、南北大東の2村を除いた39市町村で行われ、その村落数は535カ所に達する。
小さないかだを組んで海に流す干立村のようなケースがどの程度あるのかははっきりとしていないが、八重山地方では石垣島白保村の事例が地元紙でたびたび報じられている。干立村を拠点にエコツアーを実施している伊谷玄さん(60)はシマフサラについて「なぜ病気になるのか分からなかった時代には、島の人たちは真剣にシマフサラの儀式をやっていたのではないか」と指摘する。
このいかだの行先とされる「ガバラぬ島」。「ぬ」は助詞の「の」と同義なので、「ガバラぬ島」は「ガバラの島」の意味になる。干立の住民のなかには、この呼び名は台湾と関係があるのかもしれないと考える人がいる。台湾の先住民族のひとつ、クヴァラン族や、宜蘭地方の旧名である「カバラン(クバラン)」に通じるのではないかというのだ。
「クヴァラン」や「カバラン」という言葉は、最近の日本では台湾産ウイスキーのブランド「カバラン」として知られるようになってきている。カバランウイスキーのウエブサイトには「『カバラン』とは蒸留所のある宜蘭の旧名である。この美しい大地は、古代先住民たちの苦労と努力によって開拓された」とあった。
ここでいう「先住民」にはクヴァラン族が含まれる。行政院原住民委員会のウエブサイトによると、クヴァラン族は2002年に先住民族として認定を受け、19年9月現在の人口は1494人。バナナから取れる繊維を使った工芸品で知られ、宜蘭県から花蓮県豊浜郷新社地区に移り住んだクヴァラン族の子孫が作品の制作や技術の伝承に取り組んでいる。
同年7月には、宜蘭県壯圍郷にあるクヴァラン族の村で、長く途絶えていた伝統的な儀式「海祭」が復活した。約140年ぶりだというこの儀式を筆者は取材し、SNSにアップした。すると、干立に住む長澤孝道さん(42)から「シマフサラとクヴァラン族との関係が気になります」というコメントが届いた。
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長く途絶えていた海祭に集まったクヴァラン族の長老たち=2019年7月13日、台湾宜蘭県壯圍郷(筆者撮影)
船の絵と伝承が解明のかぎ?
2019年のシマフサラは11月11日に行われた。八重山地方では、地域の伝統的な神事や儀式を神司(つかさ)と呼ばれる神役の女性が執り行うことが通例で、この日は3人の神司が村内の聖地である干立御嶽で祈願を行った。例年なら、この季節は北寄りの季節風が強まり、雲が低く垂れこめるものだが、今年は好天に恵まれ、干立御嶽前に広がる海は青空に映えていた。
午前8時すぎから、神司が干立御嶽で祈願を始め、これと並行して飯田館長ら村の人たち約30人が村内の集会施設で供え物などの準備を進める。小さないかだを組むのに必要なバショウやクバは集落内で切り出すことになっており、干立公民館行事部長の斉藤幸平さん(41)ら3人の担当だ。
いかだは「バサフニ」と呼ばれる。「バサ」は「バショウ」を意味し、「フニ」は「船」のこと。バショウの幹を7本横に並べ、竹で串刺しにつないで作る。前寄りの真ん中にクバの葉を立てて帆の代わりとし、風を受けて海面を走る仕組みだ。今回のいかだは、長さ1.7メートルほど。長時間波に揺られて無事でいられるような構造ではなく、好条件に恵まれたとしても台湾に到達することは難しいだろう。潮流や風の影響によって近くの村に流れ着くことがあり、最近ではこれを防ぐため、いかだを波打ち際で海に浮かべた後、カヌーで沖まで引いていって放すということが行われている。今回のシマフサラではカヌーで10分余り沖へ引いていき、リーフの手前辺りで放した。
その行先が「ガバラぬ島」だ。
神司のひとり、石垣哲美さん(64)に言葉の意味を尋ねると、「『ガバラぬ島』というのは幻の島ということ」と説明した。さらに、干立御嶽を設立したと伝えられる宇保(うほ)家について、石垣さんは「宇保の先祖は、与那国島経由で台湾と交易をしていたと聞いています」と言った。
では、「ガバラぬ島」が台湾を指している可能性はあるのか。石垣さんは「ある」と答えた。「ガバラぬ島」と特定することはできないが、台湾である可能性は排除できないということになる。
シマフサラの祈願が行われる干立御嶽は、航海安全の祈願と深いかかわりがあると考えられており、その根拠としてマーラン船(ジャンク船)の絵が祭壇に掲げられていることが挙げられている。この絵が奉納されたのは道光7(1827)年のことである。
当時、台湾がどのような状況だったのか調べてみると、嘉慶元(1796)年に福建出身の呉沙という人物が大勢の移民を引き連れてカバランの開墾を始めた。その後15年間で、宜蘭平原を東西に流れる蘭陽溪の北側は荒地から良田に変わったという。清朝は民衆の管理や海賊の予防などを目的として、嘉慶15(1810)年、それまで化外の地としていたカバランを版図に組み入れることにした。
干立御嶽にマーラン船の絵が飾られたのは、この17年後である。干立御嶽を訪れた当時の船乗りたちが「カバラン」という地名にまったく疎かったとまでは言い切れないのではないか。「ガバラぬ島」という言葉が台湾からもたらされた可能性はここにも残されている。
自分たちより力量のある「高砂島」へ
視点を変えて、いかだを流すという行為に着目してみよう。
このいかだはいったい何の目的で海に流すのだろうか。神司の浦崎敏江さん(69)は「『お供えをするので、(疫病を)島には来ささないでください』ということ。ガバラぬ島が(疫病を)引き受けてくれる」と話す。そうであればこそ、いかだを波打ち際から流すタイミングは潮が引いていく時と決まっている。村の中から悪疫を追い出し、海の向こうへ放り出すというわけである。今回のシマフサラシが行われた2019年11月11日の干潮は午後0時41分。村の人たちは神司の指示を受けながら供物をいかだに載せると、干潮時刻の直前に海に浮かべた。
干立のシマフサラと同じようにいかだを海に流す儀式を行っている島が、八重山のほかの島にもある。有人島としては日本最南端の波照間島だ。干立村のある西表島と同じ竹富町に属している。
波照間島でいかだを流すのはシマフサラの儀式とは別の「ピタトムン」と呼ばれる儀式で、農作物を病害虫から守ることを目的とする。儀式では、島の東側から害虫やネズミ、カタツムリなどを捕まえていき、北西端の海岸へ来たところでバショウのいかだをつくり、これに捕まえてきた害虫などを載せて海に流す。祈祷では「この島には食い物がないが、西方に高砂島があって豊かであるので、その島へ移って楽に生活できるようこの舟をつくって見送る。安心して行け」と唱える。高砂島、つまり台湾を自分たちの村よりも力量のある場所と位置付け、病害虫の処分を託しているわけである。
「ガバラぬ島」とカバラン、そして、クヴァラン族。つながりをはっきりと示す線を手繰り寄せることはできない。干立村のシマフサラは、島の人たちが台湾を頼れる存在と見なしていた可能性を今に伝えているのかもしれない。
参考文献
呉密察監修・横澤泰夫訳『台湾史小事典 第三版』(中国書店、2016年)
竹富町教育委員会編集・発行『竹富町の文化財第5集 国指定重要無形民俗文化財 西表島の節祭(干立編)』(1997年)
本田昭正編『波照間島の歴史・伝説考-仲本信幸遺稿集』(2004年、私家版)
宮平盛晃『琉球諸島の動物儀礼 シマクサラシ儀礼の民俗学的研究』(2019年、勉誠出版)
バナー写真=バショウで組んだいかだに供物を載せ、海に流す。いかだが目指す先は「ガバラぬ島」だという=2019年11月11日、竹富町西表島の干立村(筆者撮影)
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00798/