愛媛新聞-2016年05月26日(木)
特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)をなくすための対策法が、おととい成立した。
「適法に日本に居住する日本以外の出身者や子孫」に対し、生命や身体に危害を加える旨を告知したり、著しく侮蔑したりする「不当な差別的言動は許されない」と明記。国や自治体に相談体制の整備や教育、啓発の充実を求める。ただ、憲法が保障する表現の自由を侵害する恐れがあるとして禁止規定や罰則は設けず、理念法にとどめた。
「違法」とまでは位置づけられず、罰則や具体策に欠けるなど実効性への疑念は拭えない。それでも、ヘイトスピーチが社会悪であることを国として初めて明確に示した意義は大きい。法の理念をくんで行政が積極的に対策に乗り出せば、一定の抑止効果も期待できよう。
だが、懸念されるのは「適法に居住」「日本以外の出身者」の要件。野党が「不法滞在の外国人やアイヌ民族への差別的言動が野放しになる」と批判したが、与党は修正しなかった。
これでは難民認定の申請者や外国人旅行客なども対象外。何より、差別を受けない権利は在留資格の有無にかかわらず、等しく保障されるべきだ。より弱い立場の人々を切り捨て、救済範囲を極力狭めようとする姿勢は、到底看過できない。
表現の自由の侵害を危惧すべきはむしろ政権側の「乱用」。自民党は、ヘイトスピーチ対策にかこつけ国会周辺の政治デモの規制を検討しようとした「過去」がある。沖縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。
そもそも日本政府の対応は、遅きに失した感が否めない。
1965年に国連で採択された人種差別撤廃条約に、日本が批准したのは30年遅れの95年。その後も人種差別禁止法の制定を放置、しびれを切らした国連委員会から3回も勧告された。昨年野党が出した人種差別撤廃法案は、与党の反対で継続審議に。対象を絞ってようやく成立したが、半世紀に及ぶ政治の不作為は怠慢と言うほかはない。
放置の結果、ヘイトスピーチのデモは国の調査で1152件(2012年4月~15年9月)も起きている。京都朝鮮学園の授業妨害を巡る訴訟で、14年に団体側に賠償を命じた判決が確定した後は減少傾向だが、沈静化には程遠い現実を憂慮する。
一方で、大阪市では1月、ヘイトスピーチ抑止条例が成立。また、各地で住民が無言の抗議や、デモを人の輪で阻む「反差別」行動も起こし始めた。法の後押しを受けつつ、不断の努力を続ける重要性を痛感する。
改めて、ヘイトスピーチの実態は表現の自由を逸脱した差別・暴力であり、人種や国籍による差別は許されない人権侵害―との認識を胸に刻みたい。国や自治体、国民一人一人がその良識を共有し、法の成立を、差別なき社会への一歩を自発的に踏み出す契機とせねばならない。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201605264687.html
特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)をなくすための対策法が、おととい成立した。
「適法に日本に居住する日本以外の出身者や子孫」に対し、生命や身体に危害を加える旨を告知したり、著しく侮蔑したりする「不当な差別的言動は許されない」と明記。国や自治体に相談体制の整備や教育、啓発の充実を求める。ただ、憲法が保障する表現の自由を侵害する恐れがあるとして禁止規定や罰則は設けず、理念法にとどめた。
「違法」とまでは位置づけられず、罰則や具体策に欠けるなど実効性への疑念は拭えない。それでも、ヘイトスピーチが社会悪であることを国として初めて明確に示した意義は大きい。法の理念をくんで行政が積極的に対策に乗り出せば、一定の抑止効果も期待できよう。
だが、懸念されるのは「適法に居住」「日本以外の出身者」の要件。野党が「不法滞在の外国人やアイヌ民族への差別的言動が野放しになる」と批判したが、与党は修正しなかった。
これでは難民認定の申請者や外国人旅行客なども対象外。何より、差別を受けない権利は在留資格の有無にかかわらず、等しく保障されるべきだ。より弱い立場の人々を切り捨て、救済範囲を極力狭めようとする姿勢は、到底看過できない。
表現の自由の侵害を危惧すべきはむしろ政権側の「乱用」。自民党は、ヘイトスピーチ対策にかこつけ国会周辺の政治デモの規制を検討しようとした「過去」がある。沖縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。
そもそも日本政府の対応は、遅きに失した感が否めない。
1965年に国連で採択された人種差別撤廃条約に、日本が批准したのは30年遅れの95年。その後も人種差別禁止法の制定を放置、しびれを切らした国連委員会から3回も勧告された。昨年野党が出した人種差別撤廃法案は、与党の反対で継続審議に。対象を絞ってようやく成立したが、半世紀に及ぶ政治の不作為は怠慢と言うほかはない。
放置の結果、ヘイトスピーチのデモは国の調査で1152件(2012年4月~15年9月)も起きている。京都朝鮮学園の授業妨害を巡る訴訟で、14年に団体側に賠償を命じた判決が確定した後は減少傾向だが、沈静化には程遠い現実を憂慮する。
一方で、大阪市では1月、ヘイトスピーチ抑止条例が成立。また、各地で住民が無言の抗議や、デモを人の輪で阻む「反差別」行動も起こし始めた。法の後押しを受けつつ、不断の努力を続ける重要性を痛感する。
改めて、ヘイトスピーチの実態は表現の自由を逸脱した差別・暴力であり、人種や国籍による差別は許されない人権侵害―との認識を胸に刻みたい。国や自治体、国民一人一人がその良識を共有し、法の成立を、差別なき社会への一歩を自発的に踏み出す契機とせねばならない。
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201605264687.html