人後に落ちないミステリーファンだと自覚しているが、音楽、オーディオをやって、釣りともなると、とても時間が足りず(老母の介護もある!)出版された本をすべて手当たり次第に読むというわけにもいかない。
どうしてもしっかりした専門家の紹介本をガイドにして面白そうな小説に狙いを定めることになる。
そういった良本の紹介を専門にした本のうち、「夜明けの睡魔」(1999年5月、創元ライブラリ)というのがある。
著者は瀬戸川猛資(故人:せとがわ たけし)さん。あの有名な「ミステリマガジン」誌上に昭和55年から30回にわたって連載された本格推理小説のガイド本と聞けば、「まあハズレはなかろう」と期待が持てるところ。
それに題名が洒落(しゃれ)ている。『ミステリーの面白さに夢中になって、つい読みふけってしまい気がついてみたらもう夜明け!やっと睡魔が襲ってきた。』
これがおそらく「夜明けの睡魔」の由来だろう(こちらの勝手な想像だが・・)。
著者の中途半端ではないミステリー中毒振りを髣髴(ほうふつ)とさせる微笑ましい情景がいかにも目に浮かんでくるようで自分も同類項(若いときは!)だったのでよく分かる。
本書をひと通り読んだ後で、すでに読んだ本を除外して、推薦本の題名と作家名のメモを取ったところ全体で20冊ほどになったがそのうち早速手に入れたのが以下の4冊。
☆ブライアン・フリーマントル「消されかけた男」
☆ギャビン・ライアル「影の護衛」
☆コリン・デクスター「ウッドストック行き最終バス」
☆P・D・ジェイムス「ナイチンゲールの屍依」
ただし、他人の好みと自分の好みが完全に一致するのは本当に珍しくて、最初から幾分かは割り引いておくのが常識というもの。これまでの苦い経験がしっかりとその辺を教えてくれる。
推理小説に限らず音楽の好みにも似たところがあって、評論家も含めて他人が「これは大変な名曲」というので聴いてみたところ期待はずれだったというのは決して珍しくない。
個人ごとに遺伝子も違うし、育った環境も異なるので違うのが当たり前で、こういう場合自分の好みに合わなかったということで決して推薦者を責められず、自分なりのフィルターを常に用意しておく「心のゆとり」というか「ダメで元々」という気構えが必要だろう。
さて、以上の4冊を読んでの感想は次のとおり。ただしあくまでも私見。
☆「ウッドストック行き最終バス」(早川書房)コリン・デクスター
本書の裏表紙の概要にはこうある。
『夕闇の迫るオックスフォード。なかなか来ないウッドストック行きのバスにしびれを切らして、二人の娘がヒッチハイクを始めた。その晩、娘の一人が死体となって発見された。もう一人の娘はどこに消えたのか、なぜ名乗り出ないのか?次々と生じる謎に取り組むテムズ・バレイ警察のモース主任警部が導き出した解答とは・・・・・。魅力的な謎、天才肌の探偵、論理のアクロバットが華麗な謎解きの世界を構築する現代本格の最高傑作』
「現代本格の最高傑作」なんて言葉に随分弱い自分だが、読後感としては正直言って手放しで称賛というわけにはいかなかった。
たしかに面白くて中盤あたりまではぐいぐいと息もつかせず読者を引っ張ってくれるのだが、終盤になって残念なことに筋の展開が二転三転しすぎてドタバタしすぎる印象を受けた。考えすぎて小手先の変化に走りすぎ大局観を見失った感じがする。
それに、このミステリーの展開の基軸は男女関係(不倫、それもダブルというのがミソだった!)になっているのだが、推理の背景にこういう特殊な状況(?)を持ち込むのは個人的にはあまり感心しないし、真犯人の設定にもこじつけ感があって無理があり自然な流れではない。
結局どっしりとした重厚感がない印象に尽きる。この重厚感というのは作家の頭の中で小細工をしすぎると醸し出されない類(たぐい)のもので作風となって表れる。
やっぱり純粋な謎解き、それに「文学的な香り」が加われば申し分なしというのが自分の”ものさし”になる。
というわけで、ちょっと辛口になってしまったが、この「ウッドストック・・・」はまあ「並」よりちょっと上というところだろうか。
☆「消されかけた男」(新潮文庫)ブライアン・フリーマントル
どこから見ても風采の上がらない英国情報部の部員を主人公にしたスパイ・スリラーだった。
東西の冷戦も終結し、いまや「文明の衝突」によるテロの時代になっている、いまさらスパイものでもあるまいとの気持ちが先立つのも止むを得まい。
冴えない主人公の印象もあって中盤まで読むのに結構根気が要る。折角読み始めたので最後まで努力してみようかと続けると、これが終盤になってようやく報われる。
息も継がせぬサスペンスとはこのことで大逆転の鮮やかな結末!
ウーン、これには見事に1本とられました。こんなにいい「スパイ小説」がまだ埋もれていたのですね~!
☆「影の護衛」(早川書房)ギャビン・ライアル
これはあまりピンとこず、途中であっさりと放棄。
☆「ナイチンゲールの屍衣」(早川書房)P.D.ジェイムズ(女性)
ある看護婦養成所で起きた看護婦2名の殺人事件を敏腕警視が解決していくもので、所内の複雑な愛憎関係を重厚な筆致で描いていて、謎解きよりも動機の解明に比重が置かれている。これはたいへんな秀作で面白かったの一言。
瀬戸川さんが「夜明けの睡魔」の中で一気に読まないと面白さが伝わらないとあったが、そのとおりで一気呵成に読み上げた。途中で「巻をおくこと能(あた)わず」といった印象。
文学的な厚みも充分で、「P.D.ジェイムズ」恐るべし。
結局、打率2/4だったが他人の推薦が当たる確率はまあこんなものでしょう。それにしても以上の4人の作家はすべて英国出身だったのには驚いた。