「自分が何処の何者であるかは、先祖たちに起こった厄災を我身内に負うことではないのか。」
「雛の春」インフルエンザの流行下、幾度目かの入院。ホールの雛飾りに節句の頃におこった厄災の記憶が去来する。
「われもまた天に」改元の初夏。悪天候と疫病にまつわる明の医学者の教え。若かりし日に山で危ない道を渡ったことが甦える。
「雨あがりの出立」梅雨さなかに届いた次兄の訃報。自身もまた入院の身となり、幼い日の敗戦の記憶、亡き母と父が浮かぶ。
「遺稿」台風の被害が伝えられるなか、術後の三十年前と同様に並木路をめぐった数日後、またも病院のベッドにいた。
作者が亡くなった時、たまたまラジオで高橋源一郎(だったと思う)がコメントしているのを聴いて・・、目に留まったので、借りてみました。
亡くなる前年に雑誌に初出された作品集と遺稿・・、入院の話、昔の事の話、道を間違てしまう話・・迫りくる最期を感じながらの日々の記録のような作品集は、兆しが出始めている我が事のような気もして・・、読めない字も時々出て来たが調べる事もなく読み飛ばして・・、機会があれば、若い頃の作品を読んでみよう。
(20/11/19撮影)