共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

全てはここから…

2013年02月20日 19時23分26秒 | 日記
今回の展示で一番古いお雛様です。江戸後期、現在の福島県で制作されたものと伝わります。

このタイプのものは《古今雛(こきんびな)》とよばれます。古今和歌集の世界観をイメージして作られたものだということでしたが、実はこれが、今日我々が普通に見ている『お雛様』の原型になったとされるものです。

創世期のひな人形は『形代(かたしろ)』といって、自分に憑いた穢れや悪霊を人型に切った紙に託して川などに流すところから始まりました(今でも鳥取の流し雛は有名です)。その後、徐々に女子の成長を祝う節句にかたちを変えていきましたが、それでも当初の人形は今と比べても地味なものでした。

やがて時代が進み、簡単な形代だった人形から立体的なものへ変わり、髪も墨で黒く書いただけのものから植毛するようになり、紙の衣装から布の衣装、更には衣装に豪華な唐織が使用されるようになる等、技巧の革新と時代の要求とによってどんどん進化していきました。そしてこの古今雛で、今日のかたち…女雛や官女の髪型は垂髪からおすべらかし、装束は宮中での正装である衣冠束帯と唐衣裳五衣姿…に決まっていったのだそうです。

因みに今日では向かって左に男雛、右に女雛を座らせますが、京都近辺では現在でもこの写真のように右に男雛、左に女雛を座らせます。これは宮中正殿である紫宸殿に帝がお出ましになる時に南面するため、日が昇る東側に天皇の高御座(たかみくら)を、その西隣に皇后の御帳台(みちょうだい)を置いたことに由来します。

現在のような並びになったのは大正時代以降で、大正天皇が即位の礼の時に、西洋の玉座の配列に倣って左右を反転させてからだということです。現在の皇居内でも高御座に向かって右側に御帳台が置かれています。この様子は今上陛下の即位の大礼のYou tubeで見ることができます。

何だか今日一日で何年か分のお雛様を堪能したのではないか…というような一日でした。3月3日まで期間中無休で開催されているということですので、お出かけになってみては如何でしょうか。
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以外と…

2013年02月20日 19時10分41秒 | 日記
こちらはまた、いわゆる《御殿タイプ》勢揃いです。やはり、これだけの屋形が最上段にドン!と鎮座ましましていると壮観です。

しかし、ここでちょっと驚いたことが…実はここに写っているお雛様は、なんと全て昭和40年代に作られたものなのです…o(゜◇゜)o…。私にとっては以外でしたが、関西の一部の地域では、今でもこのタイプが普通なのだそうです。

一口に雛人形と言っても、古今東西いろいろとあるものなのですね。
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珍品

2013年02月20日 19時00分43秒 | 日記
こちらは《駿河雛》と呼ばれるタイプのひな人形です。現在の長野県阿智村から運ばれたものだとか。

駿河雛の特徴として、その家に男の子がいた場合には、ひなまつりの時に男の子のお節句も一緒に祝う習慣があるのだそうです。

今回展示されている駿河雛は、先程の亨保雛よりも更に大きな特大サイズです。因みに、男雛とは別に女雛の右隣りに座っている髭の生えた男性像は天神様・菅原道真公で、これが男の子のお節句の人形に当たるそうです。
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堂々

2013年02月20日 18時50分16秒 | 日記
高さ30cmほどもある亨保雛の親王飾りです。

明治時代のものだそうですが、古様をよく捉えて制作されています。男雛の袖や女雛の緋袴・上衣の裾には、中に綿を詰めてボリュームを出しているのが特徴です。

人形の前に並べられた調度品も金蒔絵の本格的なものです。こういうものが飾ることかできた豪農や豪商が、数多くこの地に存在していたことを物語るものです。
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こんなのもあったんだ…

2013年02月20日 18時40分27秒 | 日記
こちらは昭和30年代後半のものだそうです。

いわゆる高度経済成長期のものですが、結構豪華です。女雛の天冠は言うに及ばず、分かりにくいかも知れませんが、三人官女のおすべらかしにも花簪が挿してあります。こんな装飾性の高いものもあったのですね。
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こちらも豪華

2013年02月20日 18時33分03秒 | 日記
今回のひなまつり企画は、瀬戸屋敷だけではありません。実は行政区を跨いでもう一箇所、南足柄市に会場があります。

南足柄市郷土資料館には、足柄や小田原近隣の旧家から寄贈された70余組にものぼるひな人形が展示されています。こちらも江戸後期をはじめとして、明治、大正、昭和の各時代のひな人形が、所狭しと並んでいます。
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圧巻

2013年02月20日 16時53分48秒 | 日記
瀬戸屋敷ひなまつりで特に目を引くのが、天井から提げられた《吊し雛》です。ハギレ等を使っていろんな飾りを作って、それをひな壇の上にぶら下げます。

これらの飾られるものにも、例えば赤ちゃんは子宝、ネズミは多産、米俵は財…と、いろいろと意味があるようです。

それにしても、これだけ沢山ぶら下がっていると圧巻の眺めです。
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リアル冠

2013年02月20日 16時45分43秒 | 日記
土蔵に飾られたお雛様のひとつに、結構リアルなサイズの女雛の冠が置いてありました。恐らくお節句の時に、実際に身につけたのでしょう。

しかし、こうゴージャスな冠だと、合わせる衣裳が大変そうですね…。
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こちらも

2013年02月20日 16時40分56秒 | 日記
こちらの手画き友禅の振袖は檜扇模様です。これも花嫁衣裳のようです。

婚礼衣裳にしてはちょっと小さく見えないこともないのですが、昔の人は今よりも平均身長がぐっと低かったわけですから、このサイズでも十分引きずっていたのかも知れません。

昨今、押し売りならぬ、こういう古い着物を買い叩いている『押し買い』なる輩がいるようですが、こういう良いものは、是非ともそういうおバカの手に渡ってしまわないようにしてほしいものです。
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良いもの

2013年02月20日 16時08分02秒 | 日記
こちらには離れの土蔵があり、そちらも展示スペースとして公開されています。

土蔵にも沢山のお雛様が飾られているのですが、その横に掛けられていた振袖がなかなかの品だったので撮ってみました。手画き友禅で松竹梅と鶴亀が画かれています。もしかしたら花嫁衣裳かも知れません。
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由緒深い

2013年02月20日 14時27分09秒 | 日記
瀬戸家は地域の名主としての働きをしていたことで、時の小田原藩主との繋がりもあったようです。

雛道具の中には、藩主大久保家から賜ったものが幾つか含まれています。写真は上から将棋盤・囲碁盤・双六盤で、それぞれに大久保家の家紋である方波見(かたばみ)紋が金蒔絵で描かれています。
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古様

2013年02月20日 14時09分16秒 | 日記
この展示で一番古いお雛様です。いわゆる《亨保雛》という部類の雛人形です。

現在、よく見かけるお雛様よりも細面ですが、人形自体は結構大振りで豪華です。三人官女や五人囃子の他に、高砂や赤子形の御所人形等も飾られています。
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豪華

2013年02月20日 14時00分32秒 | 日記
前項写真の中央に写っているお雛様の最上段です。他のものと違って、ここには宮中・紫宸殿を模したような立派な御殿が載っています。

人形は勿論ですが、御殿の意匠もなかなかのものです。こんな豪華なお雛様が飾れるのも、旧名家ならではですね。
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壮観

2013年02月20日 13時54分15秒 | 日記
主屋に上がると、そこからはもう目眩くお雛様の世界が広がります。

瀬戸家はこの辺り一帯を取り纏めた名主の家だったのだそうで、女の子が産まれる度にお雛様を新調したようです。現在展示されているのは、江戸後期から昭和にかけてのもののようです。
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分かりにくいですが…

2013年02月20日 13時45分44秒 | 日記
昨日の雪が何だったのか…と思うような青空が広がる中、今日は開成町にある旧家瀬戸家のお屋敷で、古くから伝わるお雛様を多数飾って一般公開する《瀬戸屋敷ひなまつり》にやって来ました。

瀬戸家の主屋です。茅葺きの重厚感のある建物です。ちょっと分かりにくいのですが、昨日屋根に積もった雪が、折からの陽光と屋内の人の熱気とで蒸発して、屋根から湯気がたっています。
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