はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

冬の旅

2012-05-22 11:48:12 | アカショウビンのつぶやき



 20世紀最高の歌手の一人とされるドイツのバリトン、ディートリヒ・フィッシャーディースカウが18日、独南部ミュンヘン近郊の自宅で死去した。86歳だった。

 第二次世界大戦中はドイツ軍の兵士として従軍したこともあると言う彼が、
連合軍側に捕らえられ捕虜生活を送った後、
1947年、ブラームスのドイツ・レクイエムでデビュー。
その後、ドイツを代表する歌手になった。

 何かのきっかけで、フイッシャー・ディスカーウのリートを聴いた私は、その深い思いを表現する声に魅了されてしまった。
室内楽が好みでヴォーカルには関心がないように思えた夫が、ある時、フィシシャーディスカウのCDをプレゼントしてくれたのが、シューベルトの「冬の旅」。

 彼がプレゼントしてくれたCDは、もう1枚あり、それはモーツアルトの華やかな交響曲第40番。
「お母さんは、ミーハーなんだから」と苦笑しながら…。

彼が亡くなってから、何十回、この冬の旅を聴いたことだろう。

亡夫の17回目の記念日は来月15日。
彼の思い出の花、白紫陽花も咲きそろった。
新緑輝く庭を眺めながら今日も「冬の旅」を聴く。

次は亡夫も大好きだった、ブラームスのドイツレクイエムをディスカーウのCDで聴きたい。




マテ貝採り

2012-05-22 10:58:59 | はがき随筆


 今年は久しぶりにマテ貝採りを楽しんでいる。くわと塩と浜てごを持って行く。浜は家族連れでいっぱいだ。干潟の砂を斜めに削ると、マテ貝の小さな楕円形の穴がいくつも出てくる。その穴に塩を入れると、水がブクブクして、ヒョコヒョコ出てくる。それを素早く指で引き抜く。あまり強く引くとマテ貝が切れて可哀そうだ。中には水だけブクブクするのものや取りそこないもある。このブクブクとヒョコヒョコを見極めて採るタイミングが難しいが、面白く妙味だ。腰は大変痛い。しかし、明日になると痛さは忘れて楽しんでいる。
  出水市 畠中大喜 2012/5/21 毎日新聞鹿児島版掲載

見かけだけでは

2012-05-22 10:35:11 | はがき随筆
 45歳の時に産んだ一人娘と一緒にいると、必ず娘は、お孫さんと言われる。
 それを聞いて、テンションがぐんと下がる私に気を使い、娘は初めての他人と一緒の時には、必要以上に「母ちゃん」「母ちゃん」を連発し、母ちゃんである事をもモーレツにアピールする。
 残念ながら娘のその気遣いは届かず「お孫さん」と言われてしまうのは、何故?
 「母ちゃんです」と言うと、うろたえる相手。他人を見かけだけで判断してはいけないのだと、娘と私はずっと勉強させられている。
  鹿児島市 萩原裕子 2012/5/20 毎日新聞鹿児島版掲載

鹿児島弁

2012-05-22 10:29:08 | はがき随筆
 娘が帰るなり「がねって知ってる?」「知らないヨ」。職場でがねの話が出て、かき揚げのことで形がカニに似ているから、と教わったという。なるほど面白い。魚のことをいおと知ったのも最近。結婚当初、主人と会話中ちょっと得意に「じゃっど」と言って、亭主に言う言葉ではないと苦笑しながらたしなめられた。それから下手に鹿児島弁を使わないことにしたが、ある時、自然に出て、義弟が「姉さんも鹿児島弁になったネ」と笑った。山口から嫁いで四十数年。鹿児島弁は難解だが、簡潔でインパクトがある。“かごっま弁”にかんぱーい。
  鹿児島市 内山陽子 2012/5/19 毎日新聞鹿児島版掲載

愛車

2012-05-22 10:21:46 | はがき随筆
 もう48年も昔になる。2回目の転勤は田園広がる地方の中学校。1年生の担任になり4月末は家庭訪問になった。校区が広いので自動車での訪問が普通だが、私は生徒の3割が自転車通学だったので、その時自転車を購入した。
 今でも覚えている。町境のM君の家は県道から細い道に入り、山道を自転車を押して登り1時間50分で着いた。ご両親は息子をいとおしみ楽しい家庭だった。帰りは下り坂50分で帰校した、M君の登下校の厳しさを知った。この自転車はさまざまな思い出を持っている。今も健在。私の足となっている。
  出水市 年神貞子 2012/5/22 毎日新聞鹿児島版掲載