はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

勇壮な姿に

2015-02-28 23:16:07 | はがき随筆
 鹿児島港に寄港していた帆船「海王丸」の出港を見学した。
 離岸後、「登檣礼」という出港の儀式が沖合で始まった。50㍍の高さのマストに実習生がロープを伝いながら次々と登り、各段の帆桁に整然と立った。そして、一斉に声を張り上げながら、別れのあいさつを送る一挙一動は力強く、見事なものだった。
 ふと女性の実習生がいることに気付いた。「勇壮な海の男たち」という私の思い込みは一瞬にしてかき消された。
 後で110人中14人が女性だと聞いた。海原を行く勇壮な若者たちにエールを送ろう。
  姶良市 中馬和美 2015/2/25 毎日新聞鹿児島版掲載

三角池の夏

2015-02-28 23:08:04 | はがき随筆
 実家のすぐ近くにその池はあった。1片10㍍、深さは約2㍍の三角池は小川に沿っていた。防火用水で毎年1度、消防車がくみ上げ清掃した。池の底が見え始めると、マコモの根元にフナやウナギが見え隠れする。見物人の中の少年の目は光る。
 えりすぐりの竹を油抜きした釣りざお。木を削り、赤や黄に彩色した自慢の浮き。バラ売りの釣り針と重りの小石を結んだ釣り糸。餌のイトミミズを採取して少年の夏は始まったのだった。
 あの夏の日と同じく制作した赤と黄の縞の浮き――。窓辺で風に揺れている。今、冬の光の中に三角池が見える。
  出水市 中島征士 2015/2/24 毎日新聞鹿児島版掲載

つぶやき

2015-02-28 23:01:24 | はがき随筆
 2家族がやって来た正月の宴も一段落して嫁と娘が洗い物をしている。「正月って大変だ」と娘。「ずっと続けるんだよねー」と嫁。「祖母(母方)は88歳まで1人で10人余りの客受けをしてたらしいよ」と娘。「わー、できっこないよ」と嫁。廊下で耳にした2人の会話。遅めの湯船につかりながら同じ事をつぶやいていた40代を思い出す。仕方なしじゃなく、自分のためと切り替えて心の負担を軽くしてこなしてきたつもり。年々、温泉などで正月を迎えるのも定着。たまには家で屠蘇を酌み交わし雑煮だけでも新たな気持ちになると思うのだが…。
 薩摩川内市 田中由利子 2015/2/23 毎日新聞鹿児島版掲載

夜明け前

2015-02-28 22:54:28 | はがき随筆
 フリースのジャケットにマフラー。外はまだ暗い。早出の朝、静寂の中、冷気が包む。時折、行き交う車のライトがまぶしい。コンビニの灯りは、サーチライトのよう。のぼり旗が寒風にはためいている。
 人生の幕は、突然下りる。4年前、夫はあっけなく逝った。その時から心にすきま風が。しかし、私の中にどっかりと生きている。苦しみながらも、閉じこもらず人とつながっていく事だと昨今は思い至りつつある。
 しらじらと明けゆく空に山の稜線を望む。川は水面に白いさざ波を立て、確かな時を刻む。橋を抜け、今日も幕は上がる。
 出水市 伊尻清子 2015/2/22 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆1月度

2015-02-28 22:27:40 | 受賞作品
 はがき随筆の1月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

 【月間賞】4日「まさかまさか」小向井一成(66)=さつま町宮之城屋地
 【佳作】17日「今年の年賀状」奥吉志代子(66)=いちき串木野市上名
     24日「梅一輪」一木法明(79)=志布志市志布志内之倉


 まさかまさか 60年ぶりに出会った小学校の恩師は何と96歳、矍鑠とされていた。提出し忘れていた「絵日記」を出すと、褒めてもらったという信じられないような内容です。昨今の教育現場の状況を考え合わせると、古き良き昔が現在に蘇ったようで、温かい気持ちにしてくれる文章です。
 今年の年賀状 毎年3通り作っていた年賀状を、1通りにしようと提案して、ご夫君の怒りを買った。ところが、できてきたのは1通りであった。男の見栄か権威か、愛情を表すことが不得意な夫君と、上手につきあう細君との間のほほ笑ましい夫婦関係が、うまく表現されています。夫は所詮掌の上かもしれません。
 梅一輪 紅梅が一輪咲いたのに、次が咲かない。「梅一輪一輪ほどの暖かさ」の句は、次々に咲くという意ではなく、暖かさが一輪分ほどだというのではないかと気付いたという大発見(?)の内容です。生活の実感で文学作品を鑑賞するのは、素晴らしいことですね。
 次に3編を紹介します。
 森園愛吉さんの 「秘訣」は、88歳の時、長生きの秘訣を訊かれ、美食をしないことと何気なく答えた。そろそろ94歳の現在、あの時の答えは案外正しかったのではないかと、自分で納得している。自分に距離を置いた、気持ちのよい文章です。
 年神貞子さんの 「メジロ」は、庭木に訪れるメジロを見て、60年代の教師時代に、生徒たちが手作りの鳥籠に、メジロを捕まえて教室で買っていたことを思いだしたという内容です。懐かしい内容で、気持ちをほぐしてくれます。
 田中由利子さんの 「お年玉」は、小学校1年生のお孫さんから、夫婦20円ずつのお年玉をもらったという、可愛い内容です。幼な子たちの平和で幸福な将来を願う気持ちが同感できます。
 最後に「一期一会」を。長年の投稿者、清田文雄さんが転居なさるそうで、寂しくなります。福岡でもご活躍ください。永野町子さんは初投稿だそうです。頑張ってください。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦