はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

記憶の糸

2015-07-11 12:23:02 | 岩国エッセイサロンより
2015年7月11日 (土)

岩国市  会 員   安西 詩代



最中の菓子箱を開け、おもむろに1個を取り出した姉は、蓋をしっかり閉めて横に置く。最中を一心に見つめモクモクと食べ始めた。私が「おいしい?」と聞くと小声で「おいしい」とうつむいたままうなずく。
 自分が食べる前には必ず「どうぞ、おあがんなさい」とすすめる人だった。18歳も離れている姉だが、一途に食べる姿は、幼子のように可愛い。
 きっと昔は、幼い私を慈愛をもって眺めてくれたに違いない。記憶の糸は細くなってはいるか、今は、まだ彼女の中では私は妹。
 いつまでも、いつまでも妹でいられますように。

  〈2015.07.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載〉岩国エッセイサロンより転載

告白

2015-07-11 11:57:28 | はがき随筆
 友人が熱を出して3日目、病院へ連れて行った。だいぶ悪化させたらしく高熱が下がらない。熱心な治療に「いい先生ね」と言う友人に「私も15年前から大好きよ」と答えた。
 それは15年前、義母が1週間ほど入院したとき、途方にくれ母に付き添う私は、先生が病室の前を通られる一瞬に、温かいまなざしを感じたからである。
 休診日、病院へ電話すると先生の携帯を案内された。夜は先生から友人に電話があった。15年前の思いが証明された気がした。感激した友人は「先生好きです。塩田さんもそうです」と二人分の告白をしてしまった。
  出水市 塩田きぬ子 2015/7/11毎日新聞鹿児島版掲載

祝辞

2015-07-11 11:56:54 | はがき随筆
 「自宅療養する病的な母と、青年は二人暮らしです。朝食を作り、母の昼食を準備して出勤します。仕事を終えて帰宅すると、母を入浴させて、夕食を作りながら洗濯をします。就寝前に1時間ほど、母の両足をマッサージします。この生活を青年は6年も続けました。往診に通われているT医師は、母親に誠心誠意尽くす青年にいたく感動されて、自分の医院で働く看護師を、彼に紹介されました。
 そのときのT先生ご夫妻が今日の媒酌人で、その青年と看護師が壇上の新郎と新婦です」
 式場に簡単の声と、拍手が鳴り響いてやまなかった。
  出水市 道田道範 2015/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

梅雨と雷

2015-07-11 11:56:16 | はがき随筆




 ピカッ! と光ったと思ったらドカン! 「今のはどこちかに落ちたわね」とカミさんが言った途端に停電。「これで梅雨明けだね」と、関東で育った私はそのころの決まり文句が口を突いて出た。
 「だからさあ、種子島は関東と違うって言ってるでしょ」とカミさん。つい先日、リハビリ室でもおなじことを言って「まだ明けませんよ」と言われたばかりなのだった。
 それをカミさんに告げると「78歳か。パソコンいじっていても、ボケる人はボケるのかな」。雨の庭でアガバンサスと木立ベゴニアが頷いていた。
  西之表市 武田静瞭 2015/7/9

2015-07-11 11:55:42 | はがき随筆


 苔ブームだという。特に苔を使用した小盆栽が流行とのこと。今年の梅雨は本当にジメジメ、ジトジト的な雨で嫌になる。
 しかし、この雨があってこそ。田植えができ米を食べられ、他の作物もできるのである。雨が多いため、日本では苔寺といわれる古刹もある。そして世界遺産の屋久島では「もののけの森」が苔で覆われて原始の森、癒しのスポットとして人気がある。屋久島では60種類ほども苔があると聞いている。苔を使用した小石庭園を作成すべく「苔に虚仮にされない」よう思案している。
  鹿児島市 下内幸一 2015/7/8 毎日新聞鹿児島版掲載

野菜

2015-07-11 11:54:54 | はがき随筆
 天候不順が続くと店頭に並ぶ野菜の価格に反映される。主婦感覚は研ぎ澄まされ、ため息に変わる。頼みの綱の主人の再演は高隈山の麓にあり、猿やイノシシに食い荒らされ、ジャガイモ、タマネギと、ほぼ全滅。私たちの口にははいらなかった。新ジャガでコロッケ、肉じゃが、ポテトサラダと楽しみにしていたのに残念な結果に終わった。退職後、家庭菜園を趣味としていた主人は、きっと心が折れたに違いない。携帯で被害の報告をしてきたが、よほどのショックだと声から察することができた。農業する意欲がうせなければようがと気をもむ私です。
  鹿屋市 中鶴裕子 2015/7/6 毎日新聞鹿児島版掲載

大賞

2015-07-11 11:54:15 | ペン&ぺん

 九州・山口の毎日新聞地域面に掲載している投稿コーナー「はがき随筆」で、鹿屋市の森園愛吉さん(94)の作品「愛妻」が最高賞の大賞に選ばれ、このほど北九州市で表彰式があった。掲載総数は各県・地域合わせて年間7000編以上。採用されなかった作品を含めれば膨大な数に上る投稿の中で、昨年のナンバーワンに輝いた。
 森園さんの作品は、26年前に病に倒れた妻への思いがテーマだ。再掲をお許しいただきたい。
 《61歳で倒れ、右半身重度まひ。孫子と平穏円満に暮らそうとした初老の妻はその時、人生の全てを失った。16年間みてきたが、体力の限界を感じ「すまん」と思いながら施設にお願いした。施設に遺し、別れに人知れず目頭の潤むのを覚えた。それから26年、87歳。施設の暮らしも10年が過ぎた。語らいも笑いもなく、心通う潤いもない砂漠に呻吟起居する妻の病状は静に信仰。誰だかも分からず、ただ生命があるだけ。子どももそれぞれ安定してこれからこそが本当の人生であったが、一瞬にして暗闇に転落した妻。限りない不憫の情、その果てを知らない。》

 審査にあたった芥川賞作家の村田喜代子さんは「『苦』も語らず、『悲』も語らず、病妻への不憫に凝縮した文体の格調に心打たれる。老いて揺るがぬ人間の尊さが短い文章に光っている」し評した。老いや病は誰もが通る。長い夫婦の道のりを正面からつづった作品だ。「その果てを知らない」という最期の一行に私も強い印象を受けた。
 はがき随筆はわずか252文字(14字×18行)の中で、暮らしの中の印象的な出来事や、人生の喜怒哀楽をつづるコーナー。表現技術も大事だが、なにより心のこもった作品を期待したい。どなたでも参加できます。多くの方の投稿をお待ちしています。
  鹿児島支局長 西貴晴 2015/7/6 毎日新聞鹿児島版掲載

人生を学ぶ

2015-07-11 11:52:34 | はがき随筆
 しとしとフル雨に、アジサイが映える水無月。敬愛する人を前後して亡くした。お二人の共通点は、外見的なことで評価せず事の長所を伸ばすことのできる人物であり、ささいな事であっても感謝の言葉「アイガト、アイガト」を自然と口にされていた。人柄だったのか、お別れ会場は想像しない人でいっぱいになった。追いから逃げることはできないが、人生はいかに生きるかをしみじみ。店名を知る年齢のお二人の死によって新た名人生の生き方を学んだ。最期は大和賭の言葉として「ヨカトコロニイッキャンヲ」と声をかけた。
  さつま町 小向井一成 2015/7/5 毎日新聞鹿児島版掲載