デパートのレストランで、隣り合わせた高齢の男の方がループタイをしておられるのを見て、亡き父を思い出した。父もループタイが好きだった。
私には、今でも忘れられない父の姿がある。それは、自転車をこぐ父の後ろ姿である。
娘たちの世話をしてくれていた父は、仕事を終えて帰ってきた私を「お帰り」と出迎えると、安心して、自転車をこいで帰って行くのである。その後ろ姿は、右に左に大きく揺れ心配したものである。何かと気苦労をかけた父の自転車をこぐ後ろ姿が忘れられない。そのループタイは母が時折身につけている。
鹿児島市 天野芳子 2016/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載
私には、今でも忘れられない父の姿がある。それは、自転車をこぐ父の後ろ姿である。
娘たちの世話をしてくれていた父は、仕事を終えて帰ってきた私を「お帰り」と出迎えると、安心して、自転車をこいで帰って行くのである。その後ろ姿は、右に左に大きく揺れ心配したものである。何かと気苦労をかけた父の自転車をこぐ後ろ姿が忘れられない。そのループタイは母が時折身につけている。
鹿児島市 天野芳子 2016/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載