はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

父の後ろ姿

2016-06-17 06:11:00 | はがき随筆
 デパートのレストランで、隣り合わせた高齢の男の方がループタイをしておられるのを見て、亡き父を思い出した。父もループタイが好きだった。
 私には、今でも忘れられない父の姿がある。それは、自転車をこぐ父の後ろ姿である。
 娘たちの世話をしてくれていた父は、仕事を終えて帰ってきた私を「お帰り」と出迎えると、安心して、自転車をこいで帰って行くのである。その後ろ姿は、右に左に大きく揺れ心配したものである。何かと気苦労をかけた父の自転車をこぐ後ろ姿が忘れられない。そのループタイは母が時折身につけている。
  鹿児島市 天野芳子 2016/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載

ひとり静かに

2016-06-17 05:39:06 | はがき随筆
 喜寿を迎える年になった。父も弟も70を知らずに世を去っている。ぼくが50歳を迎える頃の、男の平均寿命は喜寿を過ぎたあたりで、人生設計の残された時間の目安とした。だが、切実な感覚はなく、ずっと先のいずれ来る時と捉えていた。そして時はよどみなく流れてすぐそこまで来ている。戦争の恐怖も体験したし、プロ野球の選手になって両親に楽をさせたいなどと大それた夢も見た。しかし受験戦争から始まり出会いと別れの現実の中、大過なく流れてきたと思いたい。これからの時間は早いと思うが、日々是好日と捉え、ゆったり生きてゆこう。
  志布志市 若宮庸成 2016/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

告白

2016-06-17 05:32:36 | はがき随筆
 「じいちゃんとばあちゃん、どっちが先に告ったの」と小3で腕白坊主の孫が聞いてきた。
 思えば地元の高校から地元へ就職し、初めて現れた男性の求婚に、当然のごとく首を縦に振った。結婚生活は、母と5人の下宿生との同居から始まった。
 当時は世間知らずで、世の男性は皆、父や兄たちのようと思っていたが夫はまるで宇宙人。妻として、嫁として、母として地域の一社会人として必死に働き生きてきた怒涛の40年は、振り返ってみれば一瞬である。
 きらきら笑顔の孫に、動揺を隠し「じいちゃんだよ」とそっけなく答えた。
  出水市 塩田きぬ子 2016/6/15 毎日新聞鹿児島版掲載

サンゴ礁

2016-06-17 05:10:19 | はがき随筆


 机上の隅に置いたビニール袋を振ると、浜で拾った白化したサンゴから、カラッカラッと済んだ音がする。そして八重山諸島の旅を思い出す。海底グラスボートで見た熱帯魚とサンゴの美しさは脳裏から離れない。同時に子供の頃の想像が解けたうれしさがある。竜宮城に行った浦島太郎と美しいサンゴ、さまざまな魚のくだりを国語で習い、山間の町に育つ私は妄想した。さし絵も覚えている。年を経ての旅で海底の様子は文章の通りだった。基地の問題の辺野古や海底を汚す記事を見ると心が痛む。永遠にこの美しい海が続くことを祈る。
  出水市 年神貞子 2016/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

クジャクサボテン

2016-06-17 04:57:37 | はがき随筆




 朝起きて縁側のカーテンを開けたら、クジャクサボテンの大輪が目に飛び込んできた。カミさんが朝食の支度をしている間に、カメラを持ち出した。テープルの上からデカ猫イークンが「ボクを写すのかい」というような顔をして「ニャーン」。
 「残念ねえ、クジャクサボテンがしぼまないうちに撮るんだ」。イークンは納得したのか前足にあごを乗せて目をつぶった。鉢の向きを変えたり、移動したりして撮りまくった。「いい写真が撮れたぜイークン」と声をかけたが彼は知らん顔。そんなところをパチリ。こうして2人と1匹の一日が始まった。
  西之表市 武田静瞭 2016/6/12 毎日新聞鹿児島版掲載

里山を歩く

2016-06-17 04:50:00 | はがき随筆
 認知症には運動、好奇心、社交力の三つが予防であると、物の本には書いてある。亡き親父が80歳を過ぎて軽い認知症になり、明日は我が身と思わないでもない。
 最近、旧松元町の「春山いこいの森」のことをかごしま自然百選で知った。さっそく好奇心が湧き、人に聞いてようやく現地到着。里山を歩き山道を息を弾ませいくと、山頂は期待以上であった。
 三つの予防を実践しただけでなく、大きな感動をも生きている証しとしてふれた。これからも里山を歩こう! そして里人と語ろう。
  鹿児島市 下内幸一 2016/6/11 毎日新聞鹿児島版掲載

群生

2016-06-17 04:36:02 | はがき随筆


 庭端に大きく枝を張った梅の根元に、群生して咲いたシランが辺りの静寂さを増す。その中に惰円形の葉と葉腋から筒状の花が1個垂れ下がり、花先が緑色をした草花を見つけた。調べてみると、寺院の四隅につるしてある宝鐸に似ているので宝鐸草とある。増やしたい。北側はアヤメが群生し、つぼみをつけている。
 垣根の辺りは繁殖旺盛な白雪ケシが、花は楚々として茶花に喜ばれ、私も好きだ。庭の雑草抜きは加齢とともにつらくなってきたが、花の群生を楽しみながら雑草の場を狭めている。
  出水市 年神貞子 2016/6/10 毎日新聞鹿児島版掲載

登山家

2016-06-17 04:26:13 | はがき随筆
 「逆に下のほうをじっとみつめるのですよ」と、知り合いの登山家が言われた。断崖絶壁で「下をみるな」とよく言われる。「そういうものなのですか」と尋ねたときの答え。「むしろ、あえて下のほうを凝視して、覚悟を決めるのです。すると不思議に落ち着いてきますよ、私は」。最悪の結果を想像することで、かえって心を静める。私には、なかなかできない。でも登山家は「慣れれば、大丈夫」とにっこり。この人生の先輩は、日常のさまざまな場面でもそうやって乗り越えてこられたのかな、と想像しながらビールをもう一杯おつぎした。
  出水市 山下秀雄 2016/6/9 毎日新聞鹿児島版掲載