はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

雨靴

2018-04-05 16:24:39 | はがき随筆
 私が小学6年の昼下がりだった。町内のサイレンが鳴った。車庫から消防車が出る。3分もすると団員が7人駆け付けた。消防車が走り出したそのとき、1台の自転車が猛スピードでやって来た。
「父ちゃん、そんボロ雨靴ではよか仕事がでけん。こん新品を履いて行っきゃい」と母ちゃんは、消防車の荷台の父ちゃんに、新品の雨靴を投げ上げた。そのとき、集まった人々の中から「持つべき者は母ちゃんじゃねー」と、褒めたたえる声がした。その声が終わると同時に、サイレンの音までかき消す拍手が沸き起こった。
  出水市  道田道範 2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲載

窓からの景色

2018-04-05 16:15:58 | はがき随筆
 私がいる3階の部屋の正面に小高い丘がある。中腹に道があって朝晩車が行きかう。昼はたまに通る。土曜は少なく、日曜日はもっと少ないので多分通勤の近道かもしれないと思っている。朝は6時半から8時半、夕方は5時半から8時半くらいに通る。夜はライトが光るので帰って来たのが分かる。窓から見える景色は硝子戸2枚分だけれど木が揺れて風を知り、道行くひとの傘で雨を知る。ツバメが宙返りしながら飛びかい、夕方には鳥が番で古巣に帰っていく。まあるい眼をした良い子が待っているのかな。読書で目が疲れた時は窓の景色を眺めている。
  宮崎市 田上蒼生子  2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲載

QOSの急低下

2018-04-05 16:07:54 | はがき随筆
 睡眠の質が悪くなったのを実感するこのごろだ。夜11時ごろ就寝。「朝が来たか」と明りをつけるとまだ1時前。再び眠りにつくが目覚めると4時なんてことはしょっちゅう。QOL(クオリティ オブ ライフ=暮らしの質)をもじってQOS(クオリティー オブ スリープ=眠りの質)急低下などと気どっているが、1日トータル5~6時間の睡眠が確保できているかどうか、心もとない。
 加齢に伴う現象と割り切ればよかろうと考える一方で、せめて月に1度ぐらいは「春眠暁を覚えず」を味わいたいという気持ちになるのは欲張り?
  熊本市東区 中村弘之  2018/4/5 毎日新聞鹿児島版掲載

山椒

2018-04-05 15:59:06 | はがき随筆
 初冬のある日、30㌢ぐらいの木を築山に見つけた。勝手に生えたものでなく植えたような細い木。さて何だったか、頭の中は?でいっぱい。枯れてるようで枯れてはいない。それでも冬の間は謎の木のことはすっかり忘れていた。春めいて緑の新芽が出て山椒と判明。そういえば、植えた気がする。鳥の置き土産を植え替えたのだ。去年は山椒と認識していたのに困ったものである。最近は分かったと納得して時間がたつと分かってはいなかったことがよくある。
 季節柄、山椒を入れてタケノコの酢みそあえもいいなと思う私である。
  鹿児島県霧島市  口町円子  2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲

湧水のセリ

2018-04-05 15:51:47 | はがき随筆
 温室の君子蘭に春の日差しがまばゆい。そうだウオーキングはセリ摘みに行こう。
 五ヶ瀬川を右に見ながら山に沿って歩く。誰も見向きもしないのに湧水にセリが青々と命を唄っていた。2.3年来なかったが春を忘れずお日さまと戯れているよう。手を入れるとおやと思う程の日なた水で温かい。細い茎に柔らかそうな青い葉と少し小豆色がかったのとある。
 日曜日に息子夫婦がわたしのファクスどおり買い物をして来る。腕によりをかけセリの風味を利かせた料理を作ろう。「残りをください」「いいよ」。いつもの嫁との対話ウフフ……。
  宮崎県延岡市 逢坂鶴子  2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲載

荒尾干潟

2018-04-05 15:40:26 | はがき随筆
 今日も荒尾の有明海は穏やかだった。子どもたちと潮干狩りに行った県境の露店ではタイラギ、小さな生き物たちが売られてにぎやかだった。夏休みの海水浴も楽しかった。
 いつの頃からかそれも禁止となる。海も今は何もいなくなったと猟師さんは不漁を嘆いた。
 2012年7月にラムサール条約に登録された荒尾干潟は渡り鳥の中継地でもある。餌をついばみ休息しては旅立っていく。永遠に豊かな楽園であったほしい。諫早湾干拓では開門が争われているが、
人間のエゴで豊かな自然の形態を破壊しないでほしい。
  熊本県荒尾市 平田清子  2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲載

劣化

2018-04-05 15:32:33 | はがき随筆
 今年初め「母も劣化したね」と直球が。「はいお陰さまで」とやり過ごした。マグマがたまっていた私は後日「劣化と言ったよね」と息子に詰問。電話の向こうから「怒ってる? それはね、逆に老練・熟練・醸成」と立て続けに単語が並ぶ。ありがたいお言葉! ついには向上の証しだと。いやはやすり替えでしょう。外見を吐いた言葉だったはず。
 自分でもわかっているよ。年を取るのは避けられない現実。忖度! なく耳の痛いことを言う身内を大切に考えよう。年ごとのしわは頭中に取り込んで前向きに過ごそうと思う今ごろ。
  鹿児島県鹿屋市  日高美代子  2018/4/5  毎日新聞鹿児島版掲載


春一番

2018-04-05 15:25:29 | はがき随筆
 昨夜は台風のような強い雨風で、夜が明けても風は強く、各地で春一番が吹いたようだ。
 昼から、隣街へ買い物に出かけた。駐車場のエレベーターに乗り、女子高生と母親が閉まりかけに入ってきて、2人を囲む同乗者は2人を注視した。直ちに若い男性が「卒業式ですか」と尋ね、母親が「はい」と答えた。会話の続きを待つが、シーンとなり、彼が「それだけです」と言った。笑いがこぼれた。「おめでとうございます」と私は言った。着いてドアが開くと、照れた親子は小走りに去った。
 見知らぬもの同士に春風が吹き春一番を口ずさむ気分だった。
  宮崎県串間市  武田ゆきえ  2018/4/4  毎日新聞鹿児島版掲載