はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

まなざし

2018-04-26 12:57:51 | はがき随筆


 なぜ心揺さぶられるのだろうか。指揮者に向かって開かれた21のかわいい唇。ちょこんと載った白いベレー帽と、赤いベストがライトに映える少年少女合唱団の定期演奏会。壮年コーラスも一緒になって歌うその言葉から、平和への祈りと被災者へのいたわりがじんわりと伝わってくる。うなずきつつリズムに合わせる聴衆の優しい表情。美しい水彩画が添えられた歌詞パネルが楽曲ごとに現れて、おかげで会場全体の合唱となる。ステージも観客も、そのまなざしがあまりにも真っすぐすぎて、胸がいっぱいになり、瞳が潤んだ2時間半だった。
  鹿児島県出水市 山下秀雄  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

花筏

2018-04-26 12:46:27 | はがき随筆


 桜が満開の頃、東京に住む息子を娘と訪ねたことがある。「お母さん、東京の桜もきれいだよ。江戸川公園に行ってみるといい」と普段無口な子が珍しいことを言う。ならばと行ってみた。公園は駅から数分のところにあった。林立するビルの間を川が流れている。
 橋の上から眺めていると、川にせりだした桜の花びらが、風に舞い落ちていく。その光景に感嘆の声を上げた。花びらは川面を埋めつくし流れていく。それが「花筏」であると知ったのは、後になってからだった。今も目に焼きついている花筏をもう一度見てみたい。
  宮崎市 石崎八千代  2018/4/26  毎日新聞鹿児島版掲載

天体望遠鏡

2018-04-26 12:33:38 | はがき随筆


 タカハシ製の天体望遠鏡を購入した。子供にではなく私の念願の品であった。
 ある日、澄んだ夜空に木星が輝いていたので、まだ慣れぬ手つきで望遠鏡を向けた。木星は、小さな錠剤くらいの大きさで、かすかに縞模様を確認することができた。そして、木星の周りに4個の衛星がキラキラ輝いているのが美しがった。しかし、何よりもその小さな光を取り巻いている暗黒の宇宙が、神秘というより不気味な空間としてひろがっており、恐怖が混じったような感動を覚えた。
 それは、今まで見たこともない深い闇の世界であった。
  熊本市北区 岡田政雄  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

春の庭

2018-04-26 12:23:14 | はがき随筆


 キョロッ、キョロッ、メジロの鳴きで庭に出た。枝いっぱいの梅の花。この様をポップコーンを振りかけたようだと友がいったが表現もさまざま、この枝にメジロが飛び交い、鮮やかなうぐいす色の羽が見事。まもなくこの辺りを縄張りにしているジョウビタキが低い枝に止まった。黒い羽に白い紋がくっきり、これもまた美しい眺めであった。庭を歩きまわる。低い枝を張った木の下に薄緑色のフキノトウがあちこち。隅にあるほた木に、シイタケが3個ついていた。桃色に咲いたホトケノザなど雑草が伸び、これらの景色に元気をもらい、春は全開する。
  鹿児島県 出水市 年神貞子  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

寡黙な女

2018-04-26 12:15:03 | はがき随筆
 春ウララの朝、起きると声が全く出ない。姉の呼びかけに応えたつもりが鯉のパクパク状態でかすれ音も発せない。初めての経験で面喰った。今年の風邪の一種なのか……。熱もなく喉の痛みもない。まるで小さなエイリアンが声帯にへばりついて意地悪をしているみたいだ。
 うっかりして、つい鳴った電話に出てしまい相手に迷惑や心配をかけてしまった。抗生物質薬をもらい数日後にようやく声が出始めたが、情報によると短期間では完治しないらしい。
 覚悟を決めた。当分は身ぶり手ぶりとメールを使い、ひたすら寡黙な女で過ごそう。
  宮崎市 藤田悦子  2018/4/26  毎日新聞鹿児島版掲載

春の庭

2018-04-26 12:06:37 | はがき随筆
 春の庭は、あまやかな予感が、明るい期待を抱かせ、何とはなく華やぎを感じる。柔らかな若葉が庭を彩りぬくもりが樹幹を巡るさやかな音さえ聞き取れそうだ。だが一瞬の間にもえ立ち、透かし模様を埋めて繁る。郁子はいま去年の葉を落とし、もう若葉と花つぼみが四方八方うるさく徒長してきた。そろそろ剪定せねばと思ったり、松の緑は整然と灯明のように愛らしく美しいが、もう少ししたら、葉摘みをせねば……と思ったり、また忙しくなりそうだ。私と草と木々とのたたかいの序章。楽しいような、つらいようなありがたい日々が今年も始まる。
  熊本県阿蘇市 北窓和代

茗荷の先輩

2018-04-26 10:59:10 | はがき随筆


 4月、昨年退職の先輩から頂いた茗荷の芽が出た。
 たった1本の芽に毎朝「よく出て来たな」と話し掛けながら喜んだ。1週間もするとさらに2本。「寂しくなくてよかったなあ」と話し掛けるとやがて6本に増えた。小猫の額ほどの庭の椿の木の下である。
 好きな人には「名」は「何」の如く自分の名前を忘れるくらい美味いと言われる。冷や奴や素麺、味噌汁の薬味としてなくてはならない存在である。
 先輩は私にとって薬味のような存在でもある。さりげなく的を得て、明日にはあっさりと忘れているという人柄である。
  宮崎市  杉田茂延  2018/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載