はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

級友の電話

2018-11-17 19:21:49 | はがき随筆
 電話が鳴り受話器を取る。「初ちゃん、元気?」。東京在住の同級生からだ。「今、衣替えしていたらもらった文集の中の『衣替え』を思い出し、懐かしくて電話したの」
 春、米寿祝いにと娘婿が毎日新聞に掲載されたのを手作りで文集にしてくれ送付していた。東京が長いのだが、電話では熊本弁。お互いの近況や曾孫の話、体調不良は年のせいかと嘆きも入る。長い電話の後「いつまでも元気でいてね。スミちゃん」。米寿老友、いまだに幼い時からの「ちゃん」づけ。戦争で過酷な時代を過ごした級友の絆は固く、時折の電話が楽しみ。
 熊本市中央区 原田初枝(88) 2018/10/22 毎日新聞鹿児島版掲載

むかしむかし話

2018-11-17 19:14:08 | はがき随筆
 一人のお年寄りから声を掛けられた。「かごっまべんでのカタイ(語り)がヨカ(良い)なあ~」と。山あいの小さな集落で、紙芝居の読み聞かせが終わった帰りぎわだった。薩摩なまりでの語りが心にしみたのか、うれしかった。9年続けているが、子どもの頃にいろりや縁側などで伝え聞いたふるさとの昔話を分かりやすい絵と方言で、という思いからだった。「紫尾の貧乏神」「人間の始まり」などほっておいたら誰の耳目にも触れない話である。この紙芝居作りが今、ふるさとのよさ、人との出会い、人の温もりをたっぷりと味わわせいくれている。
 鹿児島県つさま町 小向井一成(70) 2018/10/21 毎日新聞鹿児島版掲載

百円ショップで

2018-11-17 19:06:52 | はがき随筆
 百円ショップの小物売り場で足が止まった。以前、熊本から帰省した娘と2人、小銭入れを探した日があったからだ。
 「予算は百円なの」とあの時、娘は言って選び始めた。
 お金の出し入れがしやすく、ふかふかと柔らかくて、軽く、持ちやすいもの。ファスナーの開け閉めが楽で……とつぶやきながら試し、決めかねていた。
 勤務する介護施設のお年寄りから頼まれた買い物だと聞いてその真剣さをうれしく思った。
 「介護の仕事は私の転職」。そう言う娘は、百円の出費もおろそかにしない生き方を、仕事の中で学んでいるようだった。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(73) 2018/10/20 毎日新聞鹿児島版掲載

男をえこひいき

2018-11-17 19:00:05 | はがき随筆
 東京医大で、入試時点での女子差別があったという。あきれて言葉も出ない。
 振り返って我が高校時代、県立高校は1学年に560人ほどいたが、女子は3分の1の180人。能天気だった私は単純に男子のほうが優秀なのか、高校受験する女史が少ないのだろうなんて思っていた。でもよく考えると、中学校は男女同数で皆高校を受験した。
 数年前に父親が教師だった友人が「あれは男子枠、女子枠があったのよ」と言うので心底驚いた。前近代的な鹿児島独特の制度だったのか、それとも今もあるのだろうか。
 鹿児島市 種子田真理(66) 2018/10/19 毎日新聞鹿児島版掲載

母の誕生会

2018-11-17 18:53:34 | はがき随筆
 母の103歳の誕生会は甥や姪たちも集まり、賑わった。母はデイサービスの9月の誕生会でも二十余名の該当者の最高齢と紹介され、会場はどよめきと拍手が起きたという。
 妻と介護を始めて七年になる。朝の洗面の世話は私が担当する。口をすすがせ、入れ歯をはめたら落としてしまった。車椅子、洗面所、床を捜したが見つからない。まさか飲み込んではいないかと心配する。妻が「あら、まぁ!」と叫んだ。母の右手に入れ歯がしっかり握られていた。会話はうまくいかないが、時折見せる笑顔と「ありがとう」の言葉に癒されている。
 鹿児島市 田中健一郎(80) 2018/10/18 毎日新聞鹿児島版掲載

歎異抄とは

2018-11-17 17:32:52 | はがき随筆
 新聞に「歎異抄をひらく」の紹介が出るようになって久しい。「歎異抄」という名は知っていたが内容は全く知らなかったので「分かりやすい」にひかれて購入した。手に取ればズッシリと重く、カバーも華やか。
 開けば字も大きく読みやすい。700年くらい前に親鸞上人の高弟によって書かれたものとの事。聖人の仰せと異なる事を言いふらす者がいるので、その誤りを正そうとしてつづったものらしい。内容は色々あるが私にはまずそれが分かっただけで、一番の収穫だと思っている。
 この本は私の本棚の中で一番派手に輝いている。
  宮崎市 田上蒼生子(99) 2018/10/18 

秋の日

2018-11-17 17:24:37 | はがき随筆
 風とクリが遊び空と地にまろび落ちる。ころっ、どかっ、ごろ。愉快な音が威勢よい。木漏れ日の先の陽だまりに集めたイガは黄金の実りの果て、埋められた穴で土に返る。すべてが輪に巡る日々。私は日中の庭仕事に疲れ果て、畑に出る気力がもうないが、まぁクリ拾いくらいはと思ってザルを手に再び外に出る。(秋は豊かな収穫にうれしいが、やることはたくさんあってきりがない)。そして促される食欲に「おいしさを食えば吹っ飛ぶ疲れかな」。老いの労力を最大限に発揮。自家製は手間だが、自然の腕にて生活できるありがたさに満たされる。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(63) 2018/10/18 毎日新聞鹿児島版掲載

終のすみか

2018-11-17 17:16:38 | はがき随筆
 遠縁のおばさんは95歳。独り身で家族もいない。この夏、具合が悪いと自分で救急車を呼び入院した。そして腎ろうをつけての退院となった。(腎ろうとは腎臓に管を通し、尿を直接体外へ出すもの)。退院後はどうするか。腎ろうのケアに不安があった私は施設への入居を勧めた。独り暮らしを続けたい様子のおばさんにケアマネは「どんなサポートでもします」と言ってくれたが、最終的におばさんは施設への入居を決めた。
 10畳余の部屋にベッドと棚。そこにテレビと冷蔵庫を持ち込んだ。入居祝いと籐の椅子を届けたら喜んでくれた。
 鹿児島県出水市 清水昌子(65)2018/10/18 毎日新聞鹿児島版掲載

硯箱

2018-11-17 17:08:47 | はがき随筆
 体調不良でおろそかにしていた机の周りを整理した。引き出しの中で目にしたものは、布張りの硯箱である。忘れかけていた宝物に思わず息を飲む。手にすると、山水画風の図柄で亡き父が愛用していたものだった。
 遠い日のこと、書の練習に夢中だった頃が思い出された。元気だった父も「七十の手習い」と言いながら筆を握る。似た者同士で競い合い、お互いに書くことをやめなかった。時折父の文字に朱墨で添削をすると苦笑いをしていた。懐かしさがよみがえり、形見となった硯箱に、父の姿が浮かぶ。
 宮崎県延岡市 島田葉子(85) 2018/10/18 毎日新聞鹿児島版掲載

星月夜

2018-11-17 17:00:35 | はがき随筆
 ビル群の中にある老人マンションの4階の南側に住んでいる。見える空は狭い。それが先月に斜め前のビルが取り壊されて、意外に西の空が広がった。淡く白い黄昏の空に宵の明星(金星)がともる。やがて空が澄んだブルーグレイに変わると運が良ければほんのわずかな時間、東から順に赤く火星、こうこうと照る半月、南に小さくまばたくアルタイルとアンタレス、離れて西に木星と金星が見られる。地上の照明のせいで残念ながら星座は全く見えない。
 北海道地震では停電の空に星座が美しかったそうだ。見る人にはつらい夜空だったろうか。 
 熊本市中央区 増永陽(88) 2018/10/8 毎日新聞鹿児島版掲載

スキップ

2018-11-17 16:55:15 | はがき随筆
 東京行きの飛行機でうとうとしていたら、座席の背中をたたかれて目が覚めた。繰り返すので注意してやろうと後を伺うと女の子だった。どうやらデイズニーランドに家族旅行らしい。うれしくてたまらない様子で、母親とこれから向かう夢の国の話をしている。はやる気持ちが座席のテーブルを開け閉めさせているようだ。なんだか自分がつまらない大人に思えてきて、小言はやめにした。すると背中の振動も心地よく思えてきた。空港に着いて、母親とそろいの赤いスカートをはいた女の子が母親の手を引いてスキップしていくのを私は見送っていた。
 宮崎市 中村薫(53) 2018/10/17 毎日新聞鹿児島版掲載

53㌶の農園後継者

2018-11-17 16:47:37 | はがき随筆
 「熊本城は城郭一帯の面積が98㌶。東京ドームに換算すると21個分の広さを誇ります」。北海道から修学旅行でやってきた農業高校生をガイドした。
 1人の男子生徒が「僕んちの農園は53㌶」と言う。「へえ、熊本城の半分以上か。さすが北海道、随分広いんだね。何人ぐらいで働いてるの」と聞くと、「父と母と2人でやってます」。
 繁忙期は応援を頼むのだろうが、九州との数字の格差にびっくり。肝心の主要作物は何かを聞きそびれた。「卒業したら僕も戦力」と胸を張る姿にエールを送る。長年ガイドをしてきたが、記憶に残る出会いの一つ。
 熊本市東区 中村弘之(82) 2018/10/16 毎日新聞鹿児島版掲載

ゆるうく暮らす

2018-11-17 16:38:44 | はがき随筆
 「そうさなあ」「なんだかなあ」。近ごろ、この二つの言が好きだ。よわいを重ねた今の私が、ぼそっと口にするのにはいい言葉だ。前者は何年か前のNHKの朝ドラ「花子とアン」の中で、じいちゃん役の石橋連司さんがよく言っていたせりふ。後者はこれも俳優の故阿藤快さんがよく口にしていた言葉。51歳まで現役でばりばりやっていた私は何事にも白か黒。仕事はできても他人には好ましい人柄ではなかった。その私も老いづいて少しは大人になれたのだろうか……。この先も「のんびり」「ゆるうく」行きたいと思っています。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(69) 2018/10/15 毎日新聞鹿児島版掲載