はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

不満と辛抱

2019-01-31 21:03:56 | はがき随筆
 「辞めるな癖になる」。母の厳しい忘れられない一言だった。就職して3年近くの日、母の怒る形相を胸に押し殺し仕事先を変えたい意思を伝えた。「男たる者が……」と続いたが、頭が真っ白で後は覚えていない。
 数年が流れ、「辛抱しろ」と言ってる母の姿に変わり、それが自分の不満を払拭してくれた記憶がある。現在は母に感謝している。続けた自分にも感謝だ。
 不満と言う言葉は解消に時間がかかるのを覚えた。そして世の中も不満がまん延している。人間だから不満を言うが動物は不満を言えない。
 宮崎県延岡市 前田隆男(80) 2019/1/30 毎日新聞鹿児島版掲載

変化する毎日

2019-01-31 20:22:07 | はがき随筆
 「週刊朝日の本がない」と夫が部屋を探すので「整理が大事よ、雑多に買い乱読だね」。苦情の上乗せに「文句はそれだれか」と返す。それ以上険悪に言い争う暇はない。そして別の話題へ。不要の廃棄物は山ほどあるが、整理はいかに。高齢となり、日常に必要な物や、思い出、惜しい・懐かしいで仕分けが無理。思案の日々は過ぎ行く。のんびり症の夫は心配する様子はなく、時折笑顔。「楽しそうね」とちょっかいを。小説家の伊集院静さんが「人生何もわからない、それでよい」と。
 猛暑や、台風一過花火大会開催。爆発音に観客の騒ぐ夜。
  鹿児島県肝付町 鳥取部京子(79) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

今年もよろしく

2019-01-31 20:16:12 | はがき随筆
 元旦、テーブルにお節を並べ、雑煮もおいしそうに出来上がり、ほかほかのご飯をと思い炊飯器のふたを開けた。湯気が立っておいしいご飯のはずが、水につかった生米状態。タイマーの設定を忘れていた。正月早々大失敗。でも、大丈夫。20分待てばおいしいご飯がちゃんと炊ける。
 年を重ねるごとに失敗することが増えてきた。夫との会話もあれよ、それよが多い気がする。言葉がすんにり出てこないのだ。お互い頭の中では分かるので面白いことに夫婦の会話は成り立つから不思議だ。今年ものんびり楽しく過ごしましょう。
 宮崎市 高木真弓(64) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

空…虚

2019-01-31 20:06:33 | はがき随筆
 何十年になるか……。風よけに父が植えた杉垣。どっしりと根付いている。だが28年の降灰でお隣との境の水はけを悪くして迷惑をかけた。それでなくても自然は動き厄介だ。隣接する境界は確定しなければ先々災いの種だろう。できるうちに対処をと判断してブロックとフェンスに変えることに。今様にさっぱりと合理的になるだろう。無駄な植木も減る。変わる外観は便利な世相に重なる。だが、庭も畑も単純化と複雑さが微妙なところで調和はしている。案外これでもいいと納得か妥協か知らず思うが、なぜか空気が軽く、明るすぎて喪失感ありだ。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(63) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

銭湯

2019-01-31 19:58:44 | はがき随筆
 その日、私はイライラしていた。高校での友達の一言が忘れられなかったからだ。だから、いつも通っている銭湯で、隣に座っているおじさんから飛んでくるお湯がとても気になった。シャンプーを手に取ったとき「ぼうず」と声をかけられた。「おめえ、自分にかかるお湯を嫌がっているだろう」。ドキッとした。「そう思っているおめえもな、さっきからこっちの方に飛ばしてんだぞ」とニヤリ。私はハッとした。その日から背中に阿弥陀様が描かれているおじさんと仲良くなった。おかげで、翌日友達におはようと笑顔で言えるようになった。
 鹿児島県出水市 山下秀雄(49) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

準備万端

2019-01-31 19:50:16 | はがき随筆
 福岡の母の所へ行くと「延命治療は望まないから」と念を押される。遺影は用意したと言うので一緒に仏壇の下を開けた。
 子供各々へ宛てた手紙もある。10年以上前に書かれたらしい。封はされていない。ふざけて声に出して読む。予想通り、世話になった、夫婦仲良くとある。妹のもほぼ同じ。兄の封筒はらずかに厚い。一瞬躊躇し、これは黙読した。厳しい時代もあったが、この地で続いてきた、感謝の気持ちを忘れるな、と。
 あら、誤字がある。「お母さん、この字間違ってるよ」。すると不思議顔の母が「こんなの書いたのも忘れてた」。
 宮崎県日南市 矢野博子(68) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

酒のみ酒好き

2019-01-31 19:42:33 | はがき随筆
 酒のことで、兄から面白い話を聞いたことがあります。
 先輩Kさんは高い地位の公務員だった時、東京出張帰りに旧友、笠智衆さん宅に行き温かいもてなしを受けた。談笑の中「K君は酒好きというが酒飲みね」「なんでや」「酒は舌に乗せてから飲みますよ。君はぎゅうぎゅう」「参ったなぁ」
「酒のことまでよく勉強していたね」ということだった。
 さて小生、若い時代は酒豪でその量が自慢だったがその面影はない。今年は二人の話を思い出し、元旦のとそはゆっくり舌に乗せ新年を迎えました。
 熊本市中央区 田尻五助(97) 2019/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載