はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ピカピカ1年生

2021-07-03 17:18:14 | はがき随筆
 ピカピカの1年生が仲良く真新しいランドセルを背負って下校中。体が小さくランドセルが歩く後ろ姿が60年前の自分と重なり時の流れの短さを感じた。
入学を前にして、父ちゃんが「ランドセルをコッキタ(買って来た)よ」と仕事から帰ってきた。ランドセルを手にした僕はこれを背負って学校に行けることがとても待ち遠しかった。そして教科書やノートを詰め込みランドセルを背負った時に「小学生になったな」とピカピカの1年生がうれしかったことを今でも覚えている。「団塊の世代」と呼ばれるおじいさんの心は今もピカピカの1年生である。
 鹿児島県 さつま町 小向井一成(73) 2021/5/31 毎日新聞鹿児島版掲載

父と飲む

2021-07-03 17:08:30 | はがき随筆
 私が生まれたとき、父は30歳。世の飲んべのように、息子と酒を飲む夢見ただろうか。
 晩酌には数知れず付き合ったが、外で飲んだのは2度。
 最初は大阪駅前のビアガーデン。父はポケットのウイスキーをビールに注ぎ、「これ、うまいんや」と笑った。父49歳。
 2度目は高知の鏡川河畔の屋台。2人でしたたかに酔った。上機嫌で「おい、支那そば食べよや」。席を立ち、組んだ肩の意外な薄さに、老いを知った。
 晩年は糖尿を患い断酒。、私には「遠慮せんと飲め」と言った。
 米を作る人だったが、米寿に一歩及ばず、87歳で逝った。
 宮崎市 柏木正樹(72) 2021/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

アラサーの夢

2021-07-03 16:59:38 | はがき随筆
 「ママの夢は何?」。まっすぐな瞳できいてくる5歳の娘。ハッとさせられた。母として、家庭を守り、子どもたちの夢を応援していく。それがあたりまえだと考えていた。(私の夢かあ)。真剣に考えた。おぼろげだったものがはっきりしてきた。看護師を目指そう。30歳目前の私が、自分の夢を追いかけるなんて、思ってもみなかった。家族や周りの人たちから驚かれたが、応援され、今になってまた勉強できるありがたみを感じた。「ママの夢、決まったよ。看護師になるから応援してね」。「え、ママの夢はダイエットじゃなかったの?」
 熊本市中央区 大澤奈穂(29) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載 

頼もしい存在

2021-07-03 16:50:44 | はがき随筆
 「大きくなったら何になりたい?」
 「仮面ライダーになる」
 「なんで?」
 「泥棒が来たらエイッてやっつけるから」
 3歳の息子との、かわいい会話だ。
 ある時、私が「頭が痛い」と言うと「ギューしてあげる」とハグしてくれた。「痛くなくなった?」「ううん。まだ痛い」と言うと今度はもっともっと強くギューしてくれた。
 小さなナイトは、いつも幸せな気持ちにしてくれる。大きくなってもナイトのままでいてほしいと願うばかりだ。
 熊本市中央区 田端亜州香(40) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載

娘のお弁当作り

2021-07-03 16:42:37 | はがき随筆
 娘は大阪で就職し、はや8年。先日電話でぼそっと、「卵焼きひとつ、うまく作れないんだよね」と笑いながら話していた。
 仕事の忙しさを理由に、できあいの惣菜を買って帰る生活。そんな娘がテレビを見ていたら、大好きなイケメン俳優が「お弁当カタカタ鳴らしながら、食べてる女性って可愛いって思う」と話したとか?
 「よしっ」と、毎朝お弁当作り奮闘中とのこと、動機はどうあれ、自分で作ろうと目覚めてくれたこと、母はうれしい。そのうち、白馬に乗った王子様が現れるはず。きっと、いや必ず。報告楽しみに待っているよ。
 宮崎市 鶴薗真知子(58) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載

父遺影に合掌

2021-07-03 16:32:31 | はがき随筆
 私が高二の時、祖父母宅に下宿して汽車通学。時折休日に両親の居住地に帰り、宿泊した。ある夜、晩酌中の父が教職での心中を吐露。「おれは人にげいごして生きたくない」と。
 その時は特に気にならず、父の死後、26年たち「げいご」が私の心に。辞典では迎合だった。意味は相手に気遣い自分の意志を曲げて調子を合わせる事と。几帳面な父は、仕事の出張帰りバス停で下車。田舎道を脇目もせず一直線に歩き、田畑で働く人にあいさつなしとの批判が。機嫌取りや冗談を飛ばす父ではなかった。恩恵を受けた実子6人。70歳を超え遺影に合掌。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(81) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載

ドレミの歌

2021-07-03 16:22:57 | はがき随筆
 「タイタニック」がテレビで放映され、遠ざかっていた映画の楽しみが目を覚ました。若い時は映画を見る余裕もなく、娘たちが成人して映画大好きになり、お供するうちにすっかり魅了されてしまった。「ベン・ハー」や「十戒」、そして「シンドラーのリスト」など、これが映画とばかりにスケールのダイナミックさにただ圧倒された。「サウンドオブミュージック」のDVDがあった。突き抜ける高音の歌声とアルプスの風景に幸せの余韻を抱きしめる。さよなら、さよなら、さよなら。淀川長治さんのおちゃめな顔がのぞいたような。
 熊本市東区 黒田あや子(88) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載


惜別のころ

2021-07-03 16:12:30 | はがき随筆
 南の窓から台所に暖かく注いでいた早春の日差しが今は窓際高くで足を止め、季節が進む。冬の花々は緑の芽吹きにバトンを渡してひっそりときえた。窓々を開け放ち、使い込んだ冬の道具を片付ける。
 こたつ、湯たんぽ、ストーブ、etc。ぬくもりをくれたこの道具たちとの来年の再会は確たるものではないのだとコロナ禍を憂え、ふと気弱になった。
 そして今日、3番目の孫息子が自立の道を歩み始めた。
 「踏ん張りなさいね」と声をかけると「はい」とだけ寡黙に答えた。惜別の風は優しく吹いて、私はただただ手を振った。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(76) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載

白いアマリリス

2021-07-03 15:53:27 | はがき随筆
 北国では大粒のひょうが降ったという日は種子島でも夜は冷えたが、その翌日は初夏の日差しが島を占拠した。我が家の庭の白いアマリリスも、赤の後は出番とばかり元気に開花した。私がごそごそ動き出したので「何をしているの」とカミさんが出てきた。そして「あら、ナゴランも咲いてるじゃないの。カメラを貸して」と言って、アマリリスの後方でヒトツバに寄生しているナゴランを撮った。
 西之表市の病院にも新型コロナに感染した人が入院している。アマリリスとナゴランを眺めながら、少しでも早いワクチン接種を願う老夫婦だった。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(84) 2021/5/29 毎日新聞鹿児島版掲載

つりがね草

2021-07-03 15:42:20 | はがき随筆
 彼は、戦後食糧難の時代に低出生体重児だった。農家の厳しい生活。産後は背に負われ、飢餓の中でやっと生をつなげていたと後年、聞いた。戦争体験者の気性の激しい父親に似ず、性格は温厚でおっとり型。
 共通点は生前花好きだった父親の影響で、夫婦で花作りを楽しんでいる。
 「これがあるか」。バケツの中にピンクのつりがね草。やさしいほのかな匂いが立つ。ポッと胸が暖かくなる。なんと心和む色彩か。
 母の日は、言葉が一番心地良い。来年はどんな花をもらえるかな。
 鹿児島県鹿屋市 春野フキ子(71) 2021/5/28 毎日新聞鹿児島版掲載供え


幸齢者

2021-07-03 15:32:10 | はがき随筆
 昨年10月に私たち夫婦は一緒になって50年が過ぎた。この間の夫婦喧嘩の回数は数え切れない。子どもは男の子2人。いずれも家庭を持ち、鹿児島と福岡に住んでいる。私と妻も両親は既に亡くなり介護の経験もない。
 お互い元気で私は人権問題のボランティアとして、妻は健康体操の先生として飛び回っている。今のところ、終活する気は全然ない。
 高齢者と言われてもその気分なるのは嫌だから、自分たちは〝幸齢者〟だと言い聞かせ、2人して有意義に毎日を楽しく過ごしている。
 宮崎県串間市 武田佐俊(78) 2021/5/27 毎日新聞鹿児島版掲載供え

おんぶさして!

2021-07-03 15:22:39 | はがき随筆
 「ねーねーお母さん。おんぶさして」。何が楽しいのか、息子は私をおんぶしたがる。
 体の大きなクラスメートが母親をおんぶできたのを自慢したらしい。息子はクラスで断トツに小さい。絶対に無理だとわかったが、息子の背中にしがみついた。息子は倒れた。
 よほどくやしかったのだろう。「おんぶさして!」とくる。<またかよ……>。何度も繰り返し、二、三歩歩けるようになった。おんぶされるのも楽ではないが、息子は強くなりたいのだろう。
 私はこれ以上体重を増やさないで息子に協力しようかな。
 熊本市南区 三隅妙(38) 2021/5/26 毎日新聞鹿児島版掲載供え


羊かん

2021-07-03 15:14:28 | はがき随筆
 新緑がまぶしい朝です。羊かんを厚切りにしてお供えしようと写真に話しかけていたら、お皿から落ちてしまった。「あら、ごめんなさい」と言いながらお祈りする。
 あの世の夫もクスッと笑っていそうな……。甘党だった夫は羊かんが大好物。厚切りにして食事の前に食べるほど。その後、入院中にも薄切りにした羊かんを持って行った。
 娘がシュークリームを持って行った日。「どっちを食べたいの?」と聞いた。「今日はシュークリームを食べようかな」と。
 あの時の夫の笑顔をぼんやり思い出していた。
 鹿児島市 竹之内美知子(89) 2021/5/25 毎日新聞鹿児島版掲載

やすらぎの音

2021-07-03 15:05:32 | はがき随筆
 南郷プリンスホテル(宮崎県日南市)8階の部屋から夜景を眺める。向かいの島にあかりがともる。「あれはどの辺り」「外国船が停泊する向こう側かも」。夫の答えも定かではない。
 山の方へ登り、海岸へ面して建てられたホテル、カーテンを引くと島が浮かび目の前に海原、砂浜に引いては寄せる波、窓を開ければあたかも浜辺に立って聞こえるがごと、閉じればかすかに夢の中に聞こえるがごと、空調のかすかな音に添いて寄せる音のみがする。
 こよい一夜、母胎に包まれている感じを味わいながら、夢を見ることにしよう。
 宮崎県串間市 安山らく(69) 2021/5/24 毎日新聞鹿児島版掲載

一日のはじまり

2021-07-03 14:56:45 | はがき随筆
 早朝散歩を続けて三十有余年。10年前、校区に公園ができてからは、散歩コースを公園に。十数人が速足で私を追い抜いていく。3周し、友人と2人で近くの小学校運動場へ。元々ラジオ体操をしていた大勢のメンバーが今では3人。私たちを待っていてくれる。学校創立時の樹木は今や大木となり、緑陰に作られている仮設の応援席であろう板に「ドッコイショ」。みんなの笑い声と一緒に腰を下ろす。ラジオ体操をするまでの数分間のおしゃべりタイム。1日のリズムのはじまり。体操後、手を振り、それぞれの帰路へ。今日も元気で過ごせますように。
 熊本市 原田初枝(90) 2021/5/23 毎日新聞鹿児島版掲載