はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

手紙

2021-07-21 23:08:35 | はがき随筆
 6通になった彼女からの手紙はまことに美しい。手製の封筒に引かれる。ありがとう。まず一見して芸術的な色彩で、楽しい。文章はスルスルと滑るように明快で、詩的なリズム。
 上品で憧れる。人生の音色は楽し。古い髪のページを上手に生かし、読むと高揚感、
そして憧憬。
 コロナが終息したらお会いしたいと双方の願い湧く。私、まず生きていなければ。自然な年格好で良いから、生きていなければ……。かなえたいと思える幸せ。
 土曜か日曜になると、母を思うようにポストを確かめる私。
 鹿児島市 東郷久子(86) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載

雨上がり

2021-07-21 23:01:30 | はがき随筆
 宮崎市の妹が帰ってくるなり、「長雨が続いたから都井岬に行こう」と言う。久しぶりの晴れ間、気分もワクワクする。牧場に着いてビックリ、これほどの数の馬が出ているのを見たことがない。「すごい」。2人同時に声が出た。牧はすがすがしい空気に包まれ、ビロードのような柔らかな草に覆われている。洗い流された稜線はくっきり見え、馬も久しぶりの雨上がりを満喫しているようだ。
 観光客を見ていればハラハラすることがある。「ぬいぐるみではありません。いつ跳ねるか、駆け出すか分かりませんよ」。馬のなき声が聞こえる。
 宮崎県串間市 安山らく(69) 2021.7.17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

朝焼けは雨

2021-07-21 22:51:06 | はがき随筆
 朝5時、玄関へ新聞を取りに出る。東の空が完熟マンゴーみたいに真っ赤。終戦直後に住んだ熊本県山間部の俚諺「夏の朝焼け川を渡るな、秋の夕焼け鎌研いで待て」が、ふっと浮かぶ。朝焼けは天気が崩れる前兆との教えだった。ひどい夕立が来るかもと思ったが、その日は少しずれて深夜から本格的な降り。我が家は無事だったものの、テレビは緑川や球磨川の濁流映像を流していた。「鎌を研いで稲刈りに備えよ」とは、いかにも農耕民族らしい伝承。現代風にアレンジすると「車や農機具のチェックを怠りなく。遠出はダメ」あたりか。
 熊本市東区 中村弘之(85) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

藺草刈り

2021-07-21 22:41:05 | はがき随筆
 藺草の収穫が終盤を迎え八代平野は青い香りに満ちている。おとなの背丈ほどの藺草は濃い緑色で風になびく様が美しい。農家の刈り取り作業は早朝4時に始まる。一定量の草を束ね、その都度泥染めと乾燥を施しながら1カ月、盛夏の労に汗を流す。日照りも雨も休みなしだ。この藺草で織られる畳表には一畳あたり約7000本の草が使われていて、畳の吸湿性とクッション性が評価される所以だ。産地に住む我が家はほぼ和室。されど寝室にはベッド、茶の間と座敷にはソファを置いて寛ぎ、自由に選択して暮らしている。初秋に出る新畳が楽しみだ。
 熊本県八代市 廣野香代子(55) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載

まさかの銀座に

2021-07-21 22:33:20 | はがき随筆
 「兄ちゃんの焼酎ラベル絵『ふるさとの四季』が銀座の老舗デパートのお酒売り場に並んでいた。見せられないのが残念だ」とうれしそうな千葉の弟から電話があった。まさかまさかあの「少年の日の情景」が銀座のお店にとは意外な転換にびっくり。ラベル絵のきっかけは蔵開きに作品を並べてもらったこと。絵を見て「懐かしい」という人がたくさんいた。その懐かしさはどこから来るのだろうと蔵元と話題になった。忘れつつある原風景を伝え残したいという共通の思いから実現した。まさに「ふるさとは遠きにありて想うもの」である。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(73) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

実は、私

2021-07-21 22:25:25 | はがき随筆
 時々行く小さなお店がある。初めの頃、顧客名簿らしき大学ノートを出されたので、そこに私が自分で名前を書いた。
 その後、店主は私を「楠本さん」と呼ぶようになった。名前なんて何でもいいやと聞き流した。本名を名乗り電話で注文した時も「楠本」と思い込んでいた。この店に来ると、むずむずと落ち着かないが別人になりすますスリルを楽しんでいたのも事実だ。とうとう言い出せないまま数年がたってしまった。
 先日、LINE(ライン)の連絡先を交換しませんかと言われた。これはもう逃げられない。実は私、楠田です。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(64) 2021.7.17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

玉すだれ

2021-07-21 22:12:01 | はがき随筆
 今にも降りそうな空模様。リハビリから帰ってきたら日が差してきた。その日差しの下で玉すだれが咲いていた。窓を開けただけで車を運転してきたので汗びっしょりだったが、そのままカメラを取ってきた。急に太陽が顔を出したためか、玉すだれは中途半端な半開きの状態で咲いていたが2.3輪大きく花びらを広げていた。
 「帰る早々、何をばたばた動き回っているの」というカミさんに玉すだれの写真を見せた。「ちょうど晴れて良かったじゃん。アタシも掃除機をかけて汗をかいたから一服しましょうか」。梅雨のまだ明けぬ午後。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(84) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

サプライズ

2021-07-21 22:04:17 | はがき随筆
 母が大腿部骨折で入院、手術した。不自由になった足と、認知症を患う母に、家族は心配この上ない。一人、ベッドで過ごす姿を思い、見舞うことのできないご時世が恨めしい。
 数日後、着替えを届けた玄関先で、待つように言われた。奥から車イスに乗せられた母が出てきた。無表情の顔で花籠を抱えている。今日、100歳の誕生日を迎えた母に、病院側の計らいで面会が実現したのだ。「母さん、よかったね」。手を握ると、黙って握り返してきた。
 わずか数分間の面会だったが、サプライズに感激し、車イスの後ろ姿を見送った。
 宮崎県延岡市 川並ハツ子(76) 2021.7.16 毎日新聞鹿児島版掲載漢字