はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

桜と散る

2022-07-23 17:43:29 | はがき随筆
 担当医師の説明に手遅れを感じ、頭の中がまっしろの妻と私は診察室を出て即入院の部屋に向かった。京都の義姉の七回忌から帰り微熱や腹痛から受診したんだが、妻は「もういいよね、旅行もたくさんしたし、ひ孫2人も抱いたしね」。生への執着が薄れる言葉。突然の事態と妻を思うと、自分がセミの抜け殻のように思えた。季節は桜三分咲き。それからの死闘、45日付き添い離れない。家の用事で桜並木を通るが段々散り、妻も桜の話に表情もなく、娘たちが私への誕生ケーキをつまようじに付け、妻の唇につけると「ありがとう」とかすかに最後の声。
 宮崎県延岡市 前田隆男(83) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載


今日も

2022-07-23 17:35:43 | はがき随筆
 散り敷いた桜の花びらのあとに施設のオーナーさんがヒマワリの種を広々とまかれた。
 太陽がぐーんと力をつけて照りつける頃、施設の建物のレモンイエローに負けない強いヒマワリの笑顔に囲まれることを心に描いて、今からワクワクしている。
 若く明るい栄養士さんが腕をふるう晩ご飯のおいしい匂いが食堂に満ちている。「ごはんですよー」の呼び声がなくても、みんな時間には待っている。
 ふれあったり離れたりしながら、暮れなずむ視界にシルエットを残して2羽のトンビがねぐらに帰る。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載

諦めの有段者

2022-07-23 17:29:35 | はがき随筆
 最近、小さな蹉跌から人生を諦め、他人を巻き込んでの自死が頻発しているが、諦めは万人が通る出発のスタートラインである。
 人は多くの蹉跌を繰り返し、一人では何もできないと諦め、無力を知った時に初めて他者を受け入れ、社会と出会い、協力を学び、人生を共に生きる伴侶を探す恋を始める。
 諦めも初級から上級までの段階があり、蹉跌と再出発を繰り返して諦めを学んでいく。人生とは多くの諦めを要する出発の繰り返しの波である。名人とはいわないが、諦めの有段者くらいにはなりたいものだ。
 鹿児島県湧水町 近藤安則(68) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載


私と番犬と鳥と

2022-07-23 17:20:30 | はがき随筆
 公園に近づくだけで、番犬はワォンワォンとうるさい。烏は旋回しながらおにぎりや柿の実を落とし、急降下して突く。私はわざと無関心を装って、定番の運動を数カ月続けている。
 ある日、気がついた。番犬は小屋にいてウトウトしている。「オイ」と声をかけたら耳をピクリと動かしてまた眠る。面白くない人間だ、ほえるだけ無駄だと悟ったか? それに最近空からも鳴き声が聞こえない。寒い日が続いたので早くねぐらへ帰るのかな? と思っていると「カァ~」。天ぷらの空袋を落として飛び去った。何故か? 私がその後始末をする事に…。
 宮崎市 津曲久美(63) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載

名前

2022-07-23 17:07:59 | はがき随筆
 4月からの朝ドラマの主人公の名は、私と同じ「暢子」である。師走生まれの私に父は「慌ただしい時でものびのびと育つように」と願って名付けたという。後々、「あまりに暢気すぎる」と母を嘆かせたのだが。この名前は、ずっとまともに読み書きしてもらえなかった。「ようこ」と読む人も多く、私も訂正しないこともあった。書くとなるともうさまざまで申が甲になることはざら、ひどいのは「鴨子」と書かれたことも。この年になってやっと「暢子」が市民権を得たような気がする。それにしても作者は何を思ってこの「暢子」にしたのだろう。
 熊本県山都町 中村暢子(86) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載 

お墓参り

2022-07-23 16:58:34 | はがき随筆
 沿道の両脇に咲いているコブシの白い花、キラキラと太陽の光、空の青さに映えてまぶしい。そこを通りぬけてお墓へ行く。満開の桜が出迎えてくれた。「わあ、春だなあ」。花々にうっとりして、お墓をみたら、墓石の周りにチョンチョンと雑草がびっしり顔をだしていた。「あら、まあ。ここも春だわねー」とため息まじりの私。夫がしゃがみこんで草むしりを始めた。めずらしい。3分もたたず、「終わったよ。草とったよ」。
 「ありがとね」。私は夫がとったであろうお墓の周りを、またひたすら草むしりをした。お墓も心もすっきりお彼岸の日。
 宮崎市 鶴薗真知子(59) 2022.5.6 毎日新聞鹿児島版掲載