担当医師の説明に手遅れを感じ、頭の中がまっしろの妻と私は診察室を出て即入院の部屋に向かった。京都の義姉の七回忌から帰り微熱や腹痛から受診したんだが、妻は「もういいよね、旅行もたくさんしたし、ひ孫2人も抱いたしね」。生への執着が薄れる言葉。突然の事態と妻を思うと、自分がセミの抜け殻のように思えた。季節は桜三分咲き。それからの死闘、45日付き添い離れない。家の用事で桜並木を通るが段々散り、妻も桜の話に表情もなく、娘たちが私への誕生ケーキをつまようじに付け、妻の唇につけると「ありがとう」とかすかに最後の声。
宮崎県延岡市 前田隆男(83) 2022.5.7 毎日新聞鹿児島版掲載