はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「紙です」

2008-05-01 10:50:05 | 女の気持ち/男の気持ち
 55歳で重度の障害を得た母は、3年前の1月、84歳で旅立った。医学を疑うわけではないが、退院時に「1年生きられれば良い方でしょう」と言われて29年目のことだった。
 粉雪交じりの風が吹き抜ける山あいの施設で荼毘に付された母のまばらな骨を、足から順に拾った。腰の辺りに来たとき、握り拳くらいの白い花のようなものに目が留まった。
 手順と骨の部位を説明してくれる40代とおぼしき職員に、「これは何ですか」と尋ねると、即座に「紙です」という答えが返ってきた。紙? 紙など持たせた覚えはないけど……。そしてはたと気が付いた。葬儀の打ち合わせや準備に追われて、母の着替えを忘れ、紙おむつのまま逝かせてしまったことに。
 いざというときにパニックにならぬよう、写真も母自身に選ばせ、白絹の経衣(きょうえ)も随分前に縫って用意万端整えていた。なのに一番肝心な最後の身支度をしてやれなかったなんて。「紙おむつ」と言わず、ただ「紙」と言ってくれたことで、母の尊厳が守れた気がして、心の中で感謝した。
 あれから3年あまり。まだ1人暮らしに慣れず、仕事中も隣の部屋に母がふせっている感覚にたびたび襲われる。悔いばかりが頭をもたげる中で、あのときの職員の一言は私の小さな救いとなっている。
   宮崎県日向市 上野順子(61)
2008/5/1 毎日新聞の気持ち掲載

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