はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

土への祈り

2009-10-04 23:00:33 | 女の気持ち/男の気持ち
 司馬連太郎著「故郷忘じがたく候」を知ったのは、昨年の秋だった。
 400年前、朝鮮の陶工たちが日本に連れてこられて以来、望郷の念を抱き続 けながら苦難の道をたどった。先祖の姓と家業を今も脈々と受け継いでいるという事実に衝撃を受け、その地を訪ねてみたいと思った。そして今年の夏、小説の舞台である美山の沈壽官窯に行ってきた。
 武家門から敷地内に足を踏み入れると端然としたたたずまい。ためらいがちに展示館に歩を進めた。静かな館内で上品な光沢の薩摩焼に見とれていると、十五代沈寿官さんが入って来られた。用事が終わると「いらっしゃいませ」と気さくに声をかけてくださった。すくんでいた心がほぐれて、気持ちが弾んできた。
 カウンターに小説の文庫本が置いてあるのを見かけ「私も持って来ているんですよ」と受付の女性に話した。収蔵庫を見学していると、その女性が後を追ってきて「十五代が私でよければサインをしてさしあげましょうかと言っておりますが」とのこと。
 「土に祈り火を畏れつつゝ、表紙の裏に誠実な文字で書かれていた。
 沈壽官さんのお人柄や丁寧な応対に感激し、満ち足りた心地で窯を後にした。
 旅から帰って、小説を読み返した。陶工たちがひたむきに土と火に向き合い、長い春秋を異国の地で誇り高く生きてきた歴史が心に染みた。
  山□県美祢市 石田民江・56歳 2009/10/2 毎日新聞の気持ち掲載




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