はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

祈り

2011-03-22 10:47:08 | ペン&ぺん
 作家、大江健三郎氏が、かつて講演で語った話。
 長男は脳に障害を持って生まれた。当初は言葉が話せないと思った。ただ、鳥の鳴き声を聞いた時に、ピカピカと輝いた気がした。5歳ぐらいの時期た。そこで鳥の声と、その鳥の名を順番に紹介するテープを家で流し続けた。長男は言葉を発しないまま鳥の声を聞いていた。
 ある晩、大江氏が湖のほとりで長男を肩車していた。鳥の声がした。頭の上から子どもの声がした。「クイナです」。幻聴かと疑った。長男は、それまで全く言葉を語らなかったからだ。
 再度、クイナが鳴く。再び声がする。
 「クイナです」
 講演で大江氏は、こう語っている。
 「鳥の声を聞いた時、一番最初に聞いて、二番目の声が聞こえるまでの間、自分の心にあったものが、自分としては、ある祈りみたいなものだったと思っています」(新潮カセット講演「信仰を持たない者の祈り」)
   ◇
 東日本大震災が発生した。5日ほど経過した時点で知人に安否を問うメールを送った。電話回線がつながらない可能性もあった。本人が負傷している恐れも考えた。ただ学生の時、非常に世話になった人で、どうしても無事を確認したかった。短いメールを送った。
 「返事が来なかった場合どう考えたら良いか」
 「今はメールを出すべき時期ではなかった?」。送ったあとで思い悩み、戸惑った。そして返事が来るまでの間、何か祈った。特定の神様に対してではない。祈りのような気持ちと呼ぶべきか。
 しばらくして、返事が来た。
 「私は元気です」
   ◇
 震災報道が続く。悲惨な状況が日々、伝えられる。他方で、何か自分に出来ることを探す人の姿も伝えられる。震災報道が不安ばかりをあおるものでないことを願う。
  鹿児島支局長 馬原浩 2011/3/21 毎日新聞 

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