はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

タンスの中のふるさと

2011-01-19 21:04:20 | 女の気持ち/男の気持ち
 気になっていたタンスの整理をしていたら、きれいな白い布にくるまれた品が出てきた。はてな、何だろうといぶかりながら開いてみると、懐かしい四つ身の振り袖だった。ふるさと日田で過ごした幼き日の思い出を染み込ませて、幾星霜をひっそりとタンスの底で眠っていたのだ。
 山里にある日田の冬は厳しい。盆地特有の濃い霧が美しい日田杉を育み、城下町には清流が幾筋も流れて水墨画のようなたたずまいを見せる。そんなロマンチックな冬景色に包まれる家並みには、下駄の音がよく似合った。
 正月にはのんびり水車が回り、コットン、コットンと日がな臼の音が聞こえる広場で、男の子は竹馬やコマ回し、凧揚げに興じていた。かたや女の子は毬つき、お手玉、羽根つきにいとまがなく、振り袖を風にひらひらとひらめかせていた。ところが私の振り袖だけは、風が吹いてもなぜかひらめかないし、少し着ぶくれした感じだった。ただ疑問を口にすることはなく、歳月が流れ去った。
 風邪をひきやすい私のために真綿を入れて丹念に母が仕立てたこと、私が嫁ぐ日にタンスにしのばせたことを後から姉に聞かされた。
 親の心子知らず。今さらながら亡母の愛をかみしめる。ふるさとの思い出とともにそっとタンスの中に納めた。
 お母さん、本当にありがとう。
  福岡県春日市 吉満さかえ 2011/1/18 毎日新聞の気持ち欄掲載

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