はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

母と6人の子供たち

2022-07-27 19:46:49 | はがき随筆
 「はぁー、一世紀も生きちょっとじゃねぇ」。誰かがため息交じりにつぶやいた。
 山が萌黄から深緑に変わる頃、母は101歳の誕生日を迎えた。80歳の長男を頭に6人の子供たちが集合した。「母ちゃんおめでとう」。それぞれの口から出た言葉だ。耳が遠くなり不可解な顔をしている。
 妹が耳元で「母ちゃんのことよ」とつなぐ。真顔から少し笑顔がこぼれた。「母ちゃんもっと長生きせにゃいかんよ」。「もう、父ちゃんのとこに行きたいけど、よう行かん」と弱気を見せる。
 気の遠くなるような年月を経てきた母は今、幸せに暮らす。
 宮崎県延岡市 川並ハツ子(77) 2022.6.18 毎日新聞鹿児島版掲載

令和版マイホーム

2022-07-27 19:40:05 | はがき随筆
 36歳で建てたマイホーム。二階建て、駐車場、芝生に花壇と当時の一般的設計である。
 ところが今、50~60坪の土地にシンプルな平屋建てがよく売れているとのこと。友人の娘さんが24歳で結婚し一児の母になり、27歳でそのような家を建てた。共働きなので時間は宝と、オール電化に床暖房、駐車場の隅に小さい花壇で十分と合理的な考え方である。
 空き家になった昭和の家が解体され更地になったのをウオーキング中によく目にする。これからのマイホームは、社会や家族の変化に対応できる令和版シンプルな家が増えるのだろう。
 熊本県八代市 今福和歌子(72) 2022.6.18 毎日新聞鹿児島版掲載

パワースポット

2022-07-27 19:32:20 | はがき随筆
 イギリス発祥のフットパスに取りつかれて約10年。歩いて風景を楽しめる、昔からある農村の路地がフットパスである。
 姶良市にある4コースも歩いた。五ケ別府、山田地区の農道を歩くうち、この看板を見つけた。農道を歩いていくと、田んぼが途切れてやぶ状態の所に小道があり、小さな広場になり、朽ちた鳥居があり、そこから竹林の小道を登ると、大きな石に浮き彫りされた座像があるではないか!
 その感動からか、毎月詣でること7年余り、パワースポットになった。その名は茂頭観音である。
 鹿児島市 下内幸一(73) 2022.6.17 毎日新聞鹿児島版掲載

磯遊び

2022-07-27 18:27:57 | はがき随筆
 従弟の家でカラス貝の蒸し焼きをご馳走になった。磯好きの妹は次の潮時を聞いている。
 数日後、妹の誘いの電話に、貝の取れる場所を知っている友と3人高松海岸へ行く事に。遠足前夜のようにわくわくする。
 足取り軽く着いたが、波は荒く引き込まれそうだ。岩に貝がびっしり付いている。その中からお大きい物だけを取っていく。突然の大きな波に膝をぬらす。帰る間際、貝を網に入れ岩でごりごり洗い出す友。付いた貝殻の取り方だと教えてくれた。
 落とし残した貝殻を家で取り除くと、カラスのぬれ羽色の貝が現れ、疲れも吹き飛んだ。
 宮崎県串間市 安山らく(70) 2022.6.16 毎日新聞鹿児島版掲載

私の監督さん

2022-07-27 18:20:37 | はがき随筆
 私の中にもう一人の私がいます。私の監督さんです。私が弱音をはくと「何を言っているのですか」と大声で怒鳴ります。朝のテレビ体操も一緒にします。力を入れて足をあげて、と号令をかけます。窓のガラスに操り人形のように見える自分がおかしくなります。でも、楽しいです。「何といっても年にはかなわないねぇ」と言うと「またそれを言う。さよならの日は神様が決めてくださるのです。生かされている喜びをすぐ忘れるから困ったものです。『ありがとう』をたくさん言えた日が最高の日です」。私の監督さんは今日も張り切っています。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.6.15 毎日新聞鹿児島版掲載

2022-07-27 13:06:52 | はがき随筆
 「ちょっと待って!」。先を飽く妻の足を制した。朝の散歩の山路にただならぬ気配。きょとんとこちらをうかがう目と出くわす。漁師の上川さんの罠にかかったのは若い1頭の雌鹿。危険を感じ取ったのか必死に逃げようとする。かなうはずはない。
 鹿の足が再び自由にもどる時は、すなわち鹿にとどめが刺された時だ。どうすることもできない。私たちは、まるで何も見なかったかのように、言葉も交わさずその場を通り過ぎた。
そして、形の定まらない罪悪感のようなものを覚えながら再びその道を引き返した。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(72) 2022.6.14 毎日新聞鹿児島版掲載


散髪

2022-07-27 12:59:03 | はがき随筆
 これで3回目。夫の髪を刈っている。と言っても丸ごとではなく、頭の下半分ともみあげや前髪などだ。何度が続けて全体が崩れてきたら床屋で揃える。
 初回以降、私は次に備えて、美容院に行ってはじっとプロの技を盗んだ……つもり。
 夫の髪はサラサラして切りやすい。何だか楽しくなってきた。刈られている当人はハサミで髪を引っ張られて痛いだの、櫛を使ってちゃんと長さを揃えてなどと注文の多い客だ。ハサミも腕も違うのだから仕方ない。バリカンで襟足を揃えたら結果オーライ。夫も満足そうだ。
 次もオファーが来るかな。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(65) 2022.6.12 毎日新聞鹿児島版掲載

空にもマスク

2022-07-27 12:41:31 | はがき随筆
 風のある朝、燃やせるごみの収集日。よたよたしながら、やっと持っていった。
 帰りはゆっくりと歩きながらふと空を見上げた。「あれっ」。一瞬立ち止まり、思わずマスクに手をやり確かめた。風に飛ばされたと錯覚した私は、空にもマスクかとおかしくなった。
 雲は形を変えながら流れていく。近ごろなにもかもマスクに見えてくるのは、脳のいたずらか。いや、脳の衰えに違いないと思う年齢だ。「しっかりしてよ」と、気持ちを励ましながらの日々。コロナ対策もしっかりやっているのだが、収束の見通しも見えてこない。
  鹿児島市 竹之内美知子(90) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

ホホホッもあった頃

2022-07-27 12:33:31 | はがき随筆
 赤の広場で立派なロシアの写真集を1000円で売っていた。数冊持って立っている人から真っ先に買った。ツアーの仲間も次々買いだして足りなくなった。彼はどこかへ取りに行きすぐ戻ってきた。後で聞いた話だと、販売しつつ広場を見張っている人だという。思わぬ展開にトホホだったかも? サンクトペテルブルクで夕食後満腹でクルーズ船に乗った。テーブルには食べ放題の本場のキャビアとクラッカー。一生に一度のチャンスを逃してトホホだった。
 そして今、胸が張り裂けそうなウクライナへの侵略戦争。平和への舵取りを早急にと願う。
 宮崎県延岡市 露木恵美子(70) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

長男の帰省

2022-07-27 12:23:11 | はがき随筆
 関東在住の長男が新型コロナ抗原検査陰性の照明を持って、3年ぶりに帰郷した。帰郷に先立ち、長女夫婦と私の4人で温泉旅館1泊の願いに、早速長女が予約を入れてくれ、楽しみにしていた。だが、直前に私が胃腸の具合が悪くなり、温泉旅館はキャンセルに。でも、新阿蘇大橋を渡ってみたいという私の希望で、4人でドライブに出かけ、雄大な根子岳山麓の故郷へ。懐かしかった小学校、旧住居での思い出に子供たちと花を咲かせた。何かと貴重な一日を過ごし、子供たちに感謝するのみ。来年の夫の二十五回忌に元気でまた会えますように。
 熊本市中央区 原田初枝(92) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

若気の至り

2022-07-27 12:17:07 | はがき随筆
 鹿児島中央駅のビル地下に屋台村ができるというニュースに、夫が思い出話をした。
 同じ高校の1年先輩だった夫は当時、学校帰りに地下の喫茶店へよく行ったそうだ。学生服姿で。もちろん喫茶店に行くことは禁止されていた。先生に見つかったら大問題だ。しかもタバコを吸うためだったというからもうびっくり。
 30代で禁煙し、定年まで経理マンとしてきちょうめんな仕事を全うして周りの信頼も厚い夫の青春の一コマがまたひとつ明らかになった。
 長年夫婦をやっていてもまだ新たな発見がある。
 鹿児島市 種子田真理(70) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

コロナ禍の今

2022-07-27 12:10:37 | はがき随筆
 泳ぎ始めて久しい。落ち込んだ時も水に入って泳いだ後は気分も爽快だ。元々私たちは母の胎内で羊水の中にいた。水との相性は良いはずである。
 この2年間は旅行も会食もせず毎日泳いできた。風もひかない。考えながら手足を動かすので脳の老化予防にもなる。泳ぐ仲間も多くいる。コロナ禍でも変わりなく穏やかな日々を過ごすことができて何よりだ。
 一方、世界中で新型コロナと闘っている最中に思いがけずロシアのウクライナ侵攻が始まった。泥沼化する前に一刻も早く終結してほしい。毎日の暗い報道にはもううんざりだ。
 宮崎市 小金丸潤子(71) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

激り落つ

2022-07-27 12:01:04 | はがき随筆
 5月20日付本紙の「毎日ことば」欄は「激り落つ(たぎりおつ)」。愛唱歌「椰子の実」に同じフレーズがあるな、と思いつつ解説を読み進めたら、ズバリ当たっているではないか。
 島崎藤村のこの詩に大中寅二が曲をつけ、東海林太郎が歌って爆発的な人気を呼んだのは昭和11年。耳から入る情報はほとんどラジオだった時代。生まれたばかりの頭に国民歌謡としてしっかり刻み込まれたのは疑うべくもない。第二次世界大戦時の苦労が一度に思い浮かぶが。当方にとってはまさに「激り落つ 幼児の記憶」として、何かにつけてほとばしり出る言葉。
 熊本市東区 中村弘之(86) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載

しつれいしました

2022-07-27 11:54:51 | はがき随筆
 久しぶりに小学1年生の孫息子がやってきました。最近は何でも質問してくるので、ちょっとうるさいのですが、「これはなんですか」とか、敬語を使ってきます。
 座敷で何かやっているようなので見に行くと、蛍光灯から下がっているひもをつかもうと、ぴょんぴょん飛び上がっているのです。見ていると、孫がどすんとおり立った瞬間に「ブッ」とおならが出ました。すると、彼はどぎまぎしながら、「し、しつれいしました」と言ったのです。
 あとで妻に話して、久しぶりに大笑いしました。
 熊本市北区 岡田政雄(74) 2022.6.11 毎日新聞鹿児島版掲載


画家原田泰治

2022-07-27 11:12:29 | はがき随筆
 私たちが忘れかけている日本の原風景。四季の移り変わりや行事の持つ楽しさを描き続けてきた「郷愁画家」原田泰治さんが亡くなった。
 古里の山や川と生活感あふれるどこか懐かしい画文集を手にしたのは30代だった。よく泰治展にも足を運んだ。長野県諏訪市の泰治美術館では本人にお会いし言葉も交わしたが、絵そのままの人柄だった。
 改めて画文集を眺めていると本紙にも「消えゆく地域の文化を守ろう」と掲載されていたが、失われようとしている原風景、文化を次の世代に伝え行くことが大切とひしひしと感じた。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(74) 2022.6.10 毎日新聞鹿児島版掲載