天武天皇系の孝謙上皇即ち称徳天皇の女性の輝く時代の奈良仏教の一強時代、弓削道鏡なる法相宗の僧を天皇にする騒動があり、仏教は貴族の独占物となり堕落した。
天智天皇系の50代桓武天皇は仏教改革を比叡山の最澄・伝教大師に託した。
山家学生式なる聖職者の憲法を制定した。
金持ちが偉いんじゃない、持ち場で懸命に頑張る国民が国宝、無理難題は引き受け、おいしい話は他人に譲る、これが忘己利他(もうこりた)の哲学で仏心。
国民の声を無視し、私利私欲の為に税を浪費するアベノミックスの代議士のお友達集団、他人を忘れ、己を利するは国賊の極み、もう懲りた。